(更新18)
「たましい…?」
「そう!魂だよ、ドレスデン。培養器は生物の肉体を完全に造り出せる。欠損としては哺乳類に必ずある臍、これが無いけれど臍の緒が無いんだから仕方無いよね?」
始まった。周囲の迷惑を顧みない叔父貴劇場の開幕だ…
「まぁ、お臍が大好きって人がいるのか知らないけど、いるのかな?そういうマニアックな人?まぁいいや、そんな訳で卵生、卵胎生の生物の場合は完璧だし胎生でも臍以外大丈夫。でも培養器に出来る事はそれまで。肉体を造る事は出来ても魂は造れない、だから…」
「叔父貴、息継ぎしろ」
別に止めやせんが、ドレスデンが理解する時間をやれ、叔父貴。
「すぅ…はぁ……で、だからこのままでは」
叔父貴が容器に手を掛けると丸い容器がクルリと回転し、中の液体が床にぶちまけられる。
…一緒に入っていた女の身体ごと。
「…生きているとは云わない。見てごらんドレスデン。この通り、ピクリとも動かないだろう?」
「で、では…」
「まぁ待ちたまえドレスデン。確かにこのままではこの身体は生きていない。魂を入れないといけない訳だが、僕は死霊術を得意とするリッチだ。ゾンビやスケルトンを造る事は朝飯前、その作業は『仮の魂』を死んだ肉体に植え付ける事から始める訳だね」
「息継ぎ、言われんとせんのか叔父貴?」
「すぅ…はぁ……だからこの肉体にも『仮の魂』を植え付ければ生きて動ける様になる。長期間同じ『仮の魂』が入っていれば肉体に定着してちゃんとした魂になる。そこはドレスデン、君が落ち延びた場所にいる死霊術師に頼めばこの問題点も解決と言う訳だ」
「な、なんだ。それならば何の問題も無いではないですか公爵様。一体何を躊躇っていたのですか?私には…」
「論より証拠、見ていてごらん」
叔父貴はドレスデンの言葉を遮ると魔法を展開する。
余と皆の前で、生きていない女に魂が入る。
…ピクリと女の指が動いた。
そして、その口が開く。
「ぅう……ふ…ふぎゃあ…ふぎゃあ……」
育ち切った女の口からまさか産声を聞くとは…余も思わなかった。
「こ、これでこの女は完全に生きている訳ですな公爵様?……お、おい、立て女!」
なんだドレスデンはまだ解らないのか?
余でも気が付いたぞ?
「無理言っちゃ駄目だよドレスデン、立てる訳無いだろう?産まれたばかりの赤ん坊が」
叔父貴の言葉がドレスデンの頭に染み込むまでしばし。
「産まれた…ばかりの…赤ん坊?………!」
「やっと解ってくれたかなぁ?僕が躊躇した訳が」
つまり仮のものであろうとも、肉体に魂が入った段階でこの女は『産まれた』のだ。
「ドレスデン、これが僕が躊躇した理由だよ。産まれたばかりの赤ん坊じゃあ奴隷って商品には向かないだろ?これは肉体的に完全で筋肉もついているけど、立ち方も歩き方も『知らない』んだ。言葉も『知らない』それどころかご飯の食べ方さえ『知らない』よ?…そういうのが好きって人…いるのかな?まぁ、いても商売として成り立つ程居ないんじゃないかな?」
ドレスデンはしばし固まっていたが、叔父貴の言葉に最後の抵抗を試みる。
「…公爵様、しかし…ならばそれらを教えれば、教育すればこの女は、培養器で造った者は商品になるのですね?」
商魂逞しいと言うべきか、あほと言うべきか。
「気が長い事言うなぁ、ちょっと考えようよ。こんな大きな赤ん坊だよ?おっぱいをあげる乳母が何人必要なんだろう?まぁそれはともかく、今から数ヶ月は手足をパタつかせる以外出来ないし、そこから見よう見まねで掴まり立ち、で、歩ける様になるのは一年後?それより精神的に成熟するには色々な経験が必要だから」
叔父貴が頭の中で計算する。
いやドレスデンの顔色を見れば理解してるのが判るぞ?それ以上の説明が必要か叔父貴よ?
「…うん、やはり精神の成熟には十五~十六年は必要だ。その後だね、この女を君の商品に出来るのは。そんなに時間が掛かったらオバサンだなぁ、う~ん、エルフならその程度の加齢は大丈夫だろうけど、エルフって売れ行き悪いんだろ?君の商売。結局手間は同じだし」
ドレスデンは力が抜けて、モゾモゾ動く女の姿をした肉の塊の前に膝をついてしまった。
いや、そこまで落ち込むのか?…落ち込むか。大儲け出来ると踏んで従姉上と子猿を誘拐したのだから。
「…そんな、それでは…何の役にも…」
思い描いていた未来図が、ただの絵になってしまった様だな、ドレスデン。
流石に毒気が抜けるか。叔父貴劇場恐るべし。
しかしドレスデンの要望はこれで一つ駄目になってしまった。
ざまをみろ…と言いたいところだが、交渉をどうにかせんといかん。
このままでは従姉上と子猿、どちらかしか返さないぞコイツ。
「…解りました公爵様、培養器は諦めましょう…ですが一つ目の要望は叶えてもらいます。…そう、エルフの侍女の方をお返ししましょう」
まぁ、そうなるだろうな。
ドレスデンにしたら従姉上の方が人質としての価値が高いのだから。
実際には子猿の方が余にとって価値の高い人質だ、族長の娘だし。
「ま、待ってくれ!では娘は、ヴィーシャはどうするつもりだ!」
今まで黙っていたフェレグランが顔色を変える。
頑固者め、余の交渉が不利にならぬ様控えていたが…従姉上を取り返す材料が今のところ見当たらない。それに気付いてとうとう我慢出来なくなった様だ。
「あぁ、フェレグラン伯爵様、そういえば私の客人を勘当なさってましたよねぇ?となると…価値がありませんか?元々御令嬢には御父上へ口利きをお願いしたいとは思っておりましたけれど」
参ったな、今のフェレグランの一言のせいでドレスデンの正気が戻りおった。
調子付かせると面倒になるが。
「頼む!ドレスデン男爵!娘を、ヴィーシャを返してくれ!」
「さて、どうしますかねぇ?私の要望をまさか高潔なフェレグラン伯爵が聞いてくださるとも…」
いかんな、ドレスデンのペースに呑まれてしまうぞ。
その時、ドヤドヤと物音が近付いてきた。
何事かと思う間も無く扉が大きく開かれる。
現れたのは武装したリザードマンの集団、その中央に立つのは。
「奥!?」
「良かったですわ、まだ交渉が終わっていませんわね?間に合いましたわ」
呆気にとられたドレスデンと取り巻き達をリザードマン達が取囲む。
「…奥よ、如何した?交渉の場を乱すのは礼に反するぞ」
「殿、御叱りは後程。皆様に是非御紹介したい方々をお連れしましたわ…さ、どうぞ!」
ザップとか云うビーストマンを先頭に、リザードマン達に護衛され、扉から現れたのは。
「ヴィ、ヴィーシャ!おぉ…娘よ、無事だったか!」
「子猿!従姉上!」
「全く失敗したぜ、ドレスデンの隠れ家に着いたら二人が出て来るところだった。見せ場無しだ、なぁドラス。でも間に合ったみたいだぜ?」
ふらつきながらもドレスデンを睨み従姉上が言った。
「…なるほど?…なるほどね…貴方が黒幕だった訳ね?私に精神魔法を掛けたのも貴方ね」
「ま…まさか…『拘束』の魔法を自分で解いたと言うのか…?」
精神魔法の『拘束』か、道理で従姉上が捕まる訳だ。
従姉上が『拘束』を解けたのは…『抵抗』だな?ドレスデンの様な山だしが知らんのも無理は無い。王族とごく一部のヴァンパイアにしか伝わっておらんからな。
「さてさて、ドレスデンよ?余に要望が有ったらしいが、貴様は交渉材料を失った様だな?…奥よ、ドレスデンめを縛に付かせよ」
「御意で御座いますわ殿。さ、皆の者、取り押さえよ」
リザードマン達がドレスデンの取り巻きに縄を掛ける。
だがドレスデン本人はそれを振り払い、余の前に走り寄った。
「こうなれば仕方無い、陛下!『血族の闘い』を申し込みます!よもや拒みませんでしょうな?」
これまた古風な!ドレスデンは懐古趣味だったのか?
『血族の闘い』…要は睨み合いだ。
ヴァンパイア同士での決闘ではまともにぶつかると双方共に大怪我をする。ほぼ相討ち状態だ。
そこで生まれたのが『血族の闘い』お互いの精神力、魔力を瞳にこめて睨み合う。勿論精神魔法も当たり前に使う。
だから敗者は勝者の言いなりになる。
獣のマウンティングと同じだ。
ドレスデンにとって起死回生、大逆転の一手だと云える。余に勝てば全てをチャラに出来るのだからな。
そして『血族の闘い』は名誉を賭けた闘いでもある。誰も手出しは出来ない。
「よかろう、ドレスデンよ。余の前に平伏すがよい」




