(更新17)
【サウル】
…夜が明けた。
スキンを介してドレスデンとの会見の取り決めを行い、余は交渉の場を設けた。
場所は東門の離宮、光神教の神殿を奥の為に改築したものだ。
奥はこの離宮を使っていない。光神教が使っていた云々という理由ではなく、単に広過ぎて嫌なだけらしい。
狭い所で寄り集まるのは元々リザードマンの習性なのだが、ドラゴニュートも生活習慣がそれに染まったそうだ。
今、余の他にこの場には叔父貴、フェレグラン伯爵、そしてガンズが居る。
双方四名づつでの会見とした。ガンズに関しては叔父貴が希望した…なんでだ?叔父貴の考えなど余の理解の範疇外だからよく解らん。
「御待たせしましたわ陛下」
仲介役のスキンが猫を伴って入ってくる。その後ろにドレスデンとその取り巻きが続く。
「まず始めに男爵、いえ元男爵から陛下に御注意がありますわ、元男爵は自ら『錠』を掛けたそうでございます」
「保険ですよ陛下、これで無理矢理私から『客人の居場所』を引き出せない様にね」
『錠』とはまた古典的だな。
戦乱の時代、ヴァンパイアはドラゴニュートとだけ覇権を争っていた訳では無い。
同族同士での戦いにおいて、負けた側が心に秘匿すべき事柄を精神魔法で引き出させない為に『錠』は生まれた。
無理矢理に引き出そうとすれば『錠』の掛かった者の心臓が速やかに止まる。
従姉上と子猿の居場所に関する情報に、ドレスデンは『錠』を掛けた。
仮にここで取り押さえ逮捕したとしてもドレスデンの心臓は止まる。
交渉を成功させない限り二人は見付からない、そうなれば最悪二人の骸と余は対面する事になるだろう。
…全く。古典的だが有効だ。
「では不肖私スキンがこの会見の立会人を務めさせていただきますわ」
「うむ。ではドレスデンよ、貴様の要求を訊こうか」
速やかに済ませたい。
「…では陛下、私の要望は二つでございます。客人二人に要望二つ、よろしいでしょう?」
「妥当だな」
「まず一つ。私に掛かった逮捕命令の取り消し、無論罪状そのものを取り消して頂くのですから男爵位の取り消しも無効になりますな?」
ほぅ?一つの要望に見せ掛けて二つぶちこんできたぞ?
奴隷の違法売買の事実そのものを白紙にしろという訳だ。
「私は国を離れて遊学し見聞を広めたいと常々願っておりましたので、陛下にとっても悪い話ではありますまい?」
自分から国外退去する。厄介払いになるのだから捕まえるなという事だ。
爵位に拘るのはアレだな?外国での待遇面を期待しているのだ。
いくら東側諸国が『魔族排斥』の風潮が高くても、余所の貴族に手荒い真似事は出来ぬ。国際問題、戦に発展する可能性が出てくる。
「次の一つは、公爵様にお願い事があります」
「僕?なんだい?魔法を教えて欲しいとか?でも国を出るんだよね?魔法を覚えるのは結構時間が掛かるものだよ、国外旅行する暇があるかなぁ?だいたい…」
「叔父貴!」
ピタッと叔父貴の口が閉まった。
見ろ叔父貴、ドレスデンが引いてるぞ?人の話は最後まで訊いてから喋ってくれ。
「…あ、あぁ失礼。公爵様にお願いしたいのは魔法の手ほどきではありません」
ちょっと調子を狂わせたが、気を取り直したドレスデンはいつもの気障ったらしい顔に戻して言った。
「公爵様の所有されております『培養器』なるものを一つお譲り願いたいのですよ」
「ドレスデン、何故貴様が叔父貴の所有物を知っている?」
『培養器』だと?
今は叔父貴の玩具でしかない物だが、改良出来ればかなり有用な代物だ。
こやつ、誰から訊いた?培養器の存在は余の他にガンズと従姉上くらいのはず、従姉上から訊き出したのか?
「友人から小耳にはさんだのですよ。その友人は今何処にいるのやら?連絡のしようがありませんが」
友人?…ヴェラ・ドーランか?何故奴が…
…中庭で余と叔父貴が話しているのを聴いていたか。油断も隙も無い。
「で?参考までにドレスデンよ、培養器を手に入れて何に使う?」
「陛下がお気に懸ける程の事にはなりません。私の商売は御存知でしょう?」
ニヤニヤと笑いながらドレスデンが続ける。
「『商品の仕入』は大変でしてね、『仕入人』は危険な仕事です、命懸けと言っていい。経費も掛かります。しかし」
ドレスデンは叔父貴に向き直った。
「公爵様の培養器があれば商品を『造る』事が出来る。少なくとも仕入人の危険は減りますな。それに人気の出そうな商品を量産する事も可能でしょうから」
…奴隷を造る?
ドレスデンの扱っていた奴隷は危険作業をさせるものではなく、愛玩用と言うべきもの。
美人美形を培養器で量産…同じ顔がゴロゴロと?
余は少数種族の人口増加に使えないかと考えた。
我国では不必要だが他国ならば兵の増員に使えるかもしれん。
…まさか商売目的に利用する事を考える者が居たとは思わなかった。
「う~ん、まぁ培養器は余ってるからあげるのはいいんだけど。どうかなぁ?」
叔父貴は思案顔だ。
別に倫理的な事で渋っている訳ではあるまい。叔父貴自身、倫理を無視した研究や実験をごく普通にやっているからな。
「何か問題でも?余っているという事でしたら是非とも一基お譲り頂きたい」
「う~ん、でもねぇ…どうかな~…」
「伯爵令嬢の安否よりそのカラクリの方が大事でしたか?それとも使用法が気に入りませんか?」
「いやいや、培養器と姪っ子なら姪っ子を取るさ、僕もそこまで非道じゃないよ。それに他人にあげた物をどう使おうともその人の自由だもの…でも……う~ん」
叔父貴が言うと信頼に欠けるな。しかし何を迷っている?何か言いたげだが。
その時。
「公爵様、お耳を…」
ガンズが叔父貴に耳打ちをする。
「…ほぅ……それもそうか」
ガンズが何か提案したのだろう、叔父貴は納得したらしくドレスデンを見た。
「うん、現物を見れば判るだろう、今持ってくるよ。ガンズ君済まないがこの卓片付けてくれるかい?」
どうやらこの場に培養器を持ってくるつもりらしい。
ガンズが会見の為に用意した卓を脇に片付けると、叔父貴は懐から何やら取り出した。蝋?チョークか?
「はい、ちょっとごめんよ。退いて退いて」
床に何やら描き始める叔父貴。魔法陣らしい。
やがて描き終えると叔父貴は言った。
「大きな物だから転移させるからね?この転移陣を踏んだり中に入ったりしないでくれよ?じゃあ、ちょっと取ってくる。あっちにも転移陣描くから少し待ってね?」
言うなり叔父貴の姿が消えた。自分の研究室に跳んだらしい。
…やがて。
目の前に大きな容器とそれを支える様な土台からなる『培養器』が現れた。そして叔父貴も。
培養器の透明な容器の中には満面にたたえられた液体と、それに浮かぶ様に女性の裸体が入っている。
この女、叔父貴の『服』の一つだな。
「やぁ、御待たせ。ドレスデン、君が欲しがっている培養器がこれだよ。中に入ってるのは君に云わせれば完成品って事になるね」
「…素晴らしい、素晴らしいですな公爵様。これは無から生まれた産物な訳ですな?」
「まるっきり無から生まれちゃいないよ、そこまで便利じゃない。でも出産で生まれたものじゃない事は確かだね」
「まぁそれはそうでしょうとも。材料が必要な事くらい私にも解ります。しかし公爵様?先程は何を躊躇っていたのですか?」
それはね、と叔父貴は口を開く。それはドレスデンにとってとても残念な知らせだ。
「これには魂が無いんだ」




