(更新16)
【サウル】
「若、妃殿下をお連れしました」
爺が奥と共に戻ってきた。
街には既に灯がともり、夜空に星が瞬いている。
従姉上と子猿、二人が姿を消してからだいぶ時が経っている。
まずもって行方不明と知れたのが遅かった。二人は午前中、宿屋を出て早い段階で消息を断っている。
従姉上が研究会を休んでいる事、子猿が王宮に戻っていない事が判ったのは午後の茶の時間。
念の為に宿屋へ使いを出し、事が発覚したのは夕刻。
方々に人を出して行方を探すも判ったのは、二人が第二城壁を通り抜けた姿を誰も目撃していない事。
通り抜けたのか抜けていないのか?それが判れば捜索の範囲は狭まるのだが。
「殿?きっとヴィーシャさんは見付かりますわ」
「従姉上もだが、子猿もだぞ奥。あれは族長の娘だからな」
余が放浪のエルフ達に貸し与えた墓所の森居留地。子猿はその族長の一人娘だ。
行儀見習いで侍女をやらせているが、立場でいえば奥より上という事になる。
奥は族長の何人かいる子供のうち、継承権の無い娘の一人。
子猿は継承権有りの一人娘。
勿論親父に勘当されている放蕩伯爵令嬢より上だ。
「陛下、まことにもって…」
そしてその父親フェレグラン伯は憔悴しきった表情で娘の安否を願っている。
「フェレグラン伯、従姉上が心配ならいい加減勘当を解いたらどうか?」
「は。しかしながら…」
「『万民協和』に一番理解のある伯爵が何故娘の事には頑固でいるかな…」
そういえばフェレグラン伯爵は『万民協和』の支持者、故に奴隷売買を生業としていたドレスデン男爵とは仲が悪かったな。
しかしもどかしい。
時間は刻々と過ぎていく。
いったい何が起きているのか…?
【ヴィーシャ】
意識が完全に覚醒した。それにつれて身体の感覚が戻ってくる。
瞬きをする。
長時間目蓋が開きっぱなしだったせいで瞳がゴロゴロとして痛い。ギュッと目を瞑り、しばらく閉じていた。
その後指を動かす。
拳を握り、開く。何度も繰り返し、力が戻ってくるのを実感する。
首をずらして辺りの様子を窺う。
四方を石壁に囲まれた部屋。
窓は無く扉は一つ。
覗き窓が付いた鉄製の頑丈そうな扉だった。
床は土、所々掘り返した跡がある。
…掘り返した跡の辺りから屍臭が微かに嗅ぎとれる。
そして縛られ猿轡を噛まされて床に転がっているサーラ。
私が起き上がるとサーラはモガモガ言いながら身体を動かそうとする。口に指を当てて静かにしている様促した。
精神魔法で動けないとタカをくくったらしい、私は縛られていなかった。
…で?
誰がこんな真似をしてくれたのかしら?
この部屋は多分地下室だ。
むき出しの土床はおそらく…死体の処理の為かしらね。
この誘拐は組織的なものだ、その組織に不都合な者を監禁したり処分したりする部屋ね、きっと。
…私にとっては都合がいいわ。
覗き窓から外を窺う。見張りらしいヒューマンの男が、こちらに背を向けて腰掛け、眠気覚ましに紫煙を吐いている。
サーラに近付き耳許で囁いた。
「サーラ、今からちょっと驚く様な事をするけど…声を立てては駄目。動くのも駄目よ、いい?」
サーラの頷きを信用して…
…術式を展開した。
柔らかく掘り返された床の土が次々に盛り上がっていく。
「…!!!」
「静かに…大丈夫だから」
まぁ普通パニックになるわよね?でもサーラには堪えてもらわないと。
…さぁて。
何処の誰だか知らないけれど?
死体処理場に死霊術師を監禁するなんて、愚かな事をしたものだわ!
【ガンズ】
ヴィーシャが立ち寄りそうな場所は全て回ってみたが、足取りは掴めなかった。
サーラの行動パターンを俺は知らない。ノラはミーシャと三人で出掛けた事はあるものの、市場を見て回り買い物をした程度で手懸かりになる事では無い。
一旦宿屋に戻って連絡を待つしかないか?
「仕方無いノラ、戻ろう」
食堂にはザップ達が居た。俺達同様方々探していたが、見付からず先に引き揚げて来た様だ。
「……そっちは?駄目か?」
ザップの目にも焦りの色が見える。
「さっぱりだ。親御さんの家にも居なかった」
何も出来ない歯痒さ。重い空気が俺達を包む。打つべき手が無い。
「取り合えず二人とも夕食にして下さい」
チャル女史がリリアとマイラを使い夕食を運ばせる。さすがに女官長、腹が据わっている。
「陛下の方でも探していますから、じきに連絡が入りますよ」
と、俺達を励ましてくれる。
遅い晩飯を食う。ノラは喉に通らない様だ、しきりに扉の方を見ては溜め息を付き、食が進まない。
「ノラ、しっかり食え。何か判った時に動けなくなるぞ?」
ノラに無理矢理でも食わせ、休ませないといけない。
そんな時。
「…御免下せぇ、ザップさんはおいでで?」
みすぼらしい姿の子供が扉を開けた。
「猫じゃねぇか、スキン姐さんの使いか?」
ザップの元に寄ってくる子供。身のこなしに隙が無い、裏街の子供らしい。
「へい。スキン姐さんからの伝言でして…ドレスデンの野郎の使いが現れた、と」
「ドレスデンだぁ?」
「へぇ、使いの言う事にゃ、娘っ子二人を預かってると。王様と公爵様?って御方と交渉したいって話でさ」
俺達は交互に顔を見合わせた。
話に聞いたドレスデンという奴がヴィーシャとサーラを捕まえたという事か?
「オイラじゃあ王様に会えませんで連絡して下せぇ」
俺は帰ろうとする子供を掴んで持ち上げた。
「いいや、陛下に直接伝えるんだ、その方がお前の雇い主の益になる。ザップ、連れていくぞ」
「お、おい待てって旦那、俺達を置いて行くんじゃねぇよ!」
俺は猫と呼ばれた子供を肩に乗せると、真っ暗になった街を走り出した。
【ザップ】
「ドラス!ヴィーシャの居場所は判ったのか?」
ちくしょうめ!ぬかったぜ、ドレスデンの野郎ヴィーシャとサーラを拐いやがったのか!?
俺はドレスデンの立ち寄る様な場所をしらみ潰しに当たってみたが、めぼしい場所ははずれだった。
…もう少し気を付けとくべきだった。
後悔しても遅い、いやまだ後悔する場面じゃ無ぇ。
「ザップ殿、手の者に探らせておりますが…王都には居ないかもしれません」
「おい、それじゃあ…」
王都だけでも広大だ。これで街の外となったら…
ドラスと共に夜の街を駆ける。
スキンは陛下とドレスデンとの間に立って仲介役だ、この場合当てに出来無ぇ。俺達は交渉とは無関係、相手にされねぇだろう。
城門の方からリザードマンが走り寄ってくる、ドラスの部下だな。
「ザップ殿、郊外にドレスデンの所有する屋敷がありました。何人か居る様です」
そこか?それとも違うのか?ええい、くそっ!
「ドラス行くぞ!おいそこの!案内しな!」
俺達は城壁の外へ駆け出した。
【サウル】
「…つまり、従姉上と子猿はドレスデンめが拐かした、そういう事だな?猫とやら」
「へ…へぇ…」
「大儀であった。猫よ、貴様はスキンの元に一旦戻れ。あぁそうだ、戻る前に飯を食っていけよ?用意させるからな。それからスキンにはドレスデンが交渉の条件などを伝えてくるはずだ。貴様はそれを余に知らせよ」
「余?……余ってなんでやす?」
「…余は国王である俺の事だ」
まぁ浮浪児が『余』なんて一人称知らんか。
「爺、衛兵にはこのガキが戻って来たら即座に通せと伝えよ。それから叔父貴を連れてこい」
「若、口が悪い。ガキではなく御令嬢と呼びなされ」
ぬ?女だったのか?
臭いが垢臭くて解らなかったぞ。戻って来たら風呂に放り込むか。
暫くして叔父貴が現れた。
「サウル!ヴィーシャが拐われただって?…あ!ガンズ君、他のお友達も一緒だね」
叔父貴、注目すべきはそこじゃない。
「叔父貴、ドレスデン男爵が人質交渉をしたいそうだ。余と叔父貴を相手に」
「僕?なんで?交渉するならフェレグランとだろ?」
そこだ注目すべきところは!
「普通ならそうだ。余に対して子猿、フェレグラン伯に対して従姉上。これなら交渉の据わりがいい」
子猿は族長の娘、政治的に余が担当し、従姉上は父親が担当する。
ドレスデンはフェレグランと犬猿の仲と言っていい。一斉摘発に関与はしてないが意趣返しを考えたのかもしれぬ。
ところが『公爵様』ときた。王都に居る公爵など叔父貴しか居らん。
…何故叔父貴を?
ドレスデンは叔父貴の事を解っておるのか?交渉相手としてこんな面倒臭い者の存在を余は知らんぞ?
まず話が長い。他人の話を聞かない。話が横道に逸れて元に戻らない。
最近ガンズがいい話し相手になったと言っていたが、よく叔父貴の話に付き合っていられるものだ。
あのガキが『公爵』と『伯爵』を間違えた?有り得ない事でもないが、あのガキは使いが出来るだけの頭はあるに違いない。
…解らんな?
【ヴィーシャ】
「むうぅうぅ!…むむぅう!」
「うるせぇぞアマっ子!静かにしねぇか!」
サーラがもがき苦しんでいる物音で、見張りが覗き窓から様子を見る。
薄暗い部屋でサーラが縛られた身体を無理矢理動かして暴れている。
私は俯せに転がったまま待った。
「ったく!なんだってんだ?」
ガチャガチャと鍵を開け、見張りがサーラに近寄った。私に背を向けて。
「……襲え」
私の命令で、部屋の暗がりに潜んでいたもの達が、一斉に見張りを押し包む。
「ぅわっ!なんだ手前ぇら?」
この部屋は人狩達が拐った者達を一時的に保管する場所だったらしい。
そして『売り物』にならない者を『処分』して床に埋めていた。
私が仮の魂を植え付けた事で、この者達は自ら復讐を遂げる。
「ぎいゃ…ぐぇ…」
断末魔を上げる喉を食い破り、腕や腹に牙を立てるゾンビ達。
「さ、縄を解いてあげるわサーラ」
「も、もがもが…はぁ、酷いですよ」
サーラは早くほどいて欲しかったと言うけれど、この娘の場合面倒を起こしそうだったからね。
見張りの始末をつけたゾンビ達を引き連れ、階段を上がる。
旧い家。
元は農園の邸宅だったのだろう、部屋数は少ないが広い間取りの構成の様だった。
玄関近くの部屋から人の気配がする。
「……拘束せよ」
ゾンビ達を部屋になだれ込ませ、私達はその後を追う様に中へ入った。
「ぅわわっ!」
「な?なんだこいつら!?」
部屋には三人。ゾンビ達がかたまって押さえつける。
「…こんばんわ、ちょっといいかしら?訊きたい事があるのだけど?」
私の姿を見て男達が驚きの声を上げる。
「…私達をここへ招待してくれた方はどなた?」
「ぐぐっ…グガガガァ~!」
バキバキと音を立てて獣化を始める男達。その内の一人の顔を平手で叩く。
ぐるり、と背中向きに首が捻れる。
一撃で絶命した仲間を見て呆気に取られた男達は獣化が途中で止まってしまった。
一人が気を取り直し獣化を完了させる。
ゾンビ達を振り払い私に向かって踏み出す、その直前に私は鼻面を握りしめて潰した。
獣化したライカンの弱点は口呼吸が出来無い、鼻面を潰してしまえば…
「…カッ……カハッ……」
…窒息するわ。
残りの一人はまだ獣化を解いていない。
その彼に訊いてみる。
「…さて。貴方は?無駄な努力をしてみるのかしら?」




