(更新10)
【ヴィーシャ】
「いらっしゃ…わわわっ!」
侍女姿のエルフが元気よく私達に声を掛け…そして転んだ。
…なんで何もないところで転べるのかしら?
サーラと云うこのエルフ、前に手伝いで来た時もよく転んでいたわね。
「大丈夫ですかサーラ先輩」
リリアがサーラに手を差し伸べる。気遣っている様に見えるがリリアの目は冷ややかだ。
「サーラ先輩、あまり慌てないで下さい」
「運ビ方ハ私達ガヤリマス、先輩ハ注文ヲ」
…先輩の面目丸潰れじゃないのかしら。
「エヘヘ、失敗しちゃいました」
私とノラの席に注文を取りにくるサーラ。
「サーラさんは『土歩き』が苦手なのだな」
「ノラ、『土歩き』って?」
「あぁ主人、土歩きとはエルフしか言わない言葉かな。我等は森の中だと地面を歩かない、森から出ない者は自然と下手になる」
「森の中だと…樹の枝を伝うからかしら?」
「そう、元々我等の足は地面を歩く用になってないからコツがいる」
見ているとサーラはまた転びそうになっている。急に呼び止められて振り向いたとたんだわ。
「…土歩きがどうの以前に彼女の場合注意力散漫じゃないかしら」
呼び止めた客はサーラを抱き起こし、彼女の謝る姿に鼻の下を伸ばしている。
「ああいう女性って、男性に人気が出るな?」
「…わざとやる娘もいるわよ、サーラは天然みたいだけど」
世の男共はコロッと騙されるみたいね。ザップなんかどれだけ騙されている事やら…
────────
前回は参加しなかったダンジョン探索、続けて休むのもよくないわ。
「今回も五~六階層くらいまで行こうや」
今回もミルズというミノタウロスが参加する。他にも二人、ライカンの新人冒険者が参加。
「新人の訓練の一環なんだ、よろしくしてやってくれ」
ザップが小声で念押し、それくらい協力するわよ。
「ヴァンパイアの御嬢様、よろしくお願いいたします」
…ライカンって未だに主従を引きずっているのが結構いるのよね、いい加減そういう感覚捨てて欲しいわ。
「…まぁ、気負わず適当にね」
親や親類からの躾で主従の感覚が身に付いてしまっているから、ここで咎めても仕方無い。
「ここが一階層だ。ここらにゃあ魔物も少ないからな、取り合えず雰囲気に慣れてくれ」
二人のライカンはあちこちを物珍しそうに眺めている。
ミルズは二回目だけあって落ち着いていた。
ザップは二人に、ここはこうだとかあれはどうだとか説明…
…楽しそうねザップ。
おのぼりさん相手に小遣い稼ぎで観光案内してるみたいよ?
二階層から魔物との戦闘をこなし、宝箱をいくつか開けながら先へ進む。
実戦訓練という事でガンズやエドは出来るだけ手を出さない様にしている。
私達は慣れているから余裕があるけれどミルズ達新人はなかなか協力して戦えない。
「常に味方の行動に注意して、連携を考えるんだ」
この面子では唯一教官として彼等に接してきたエドは一戦毎に指導していた。
「…暇だな」
いつもの様にしんがりのガンズにしてみれば前に出て戦闘する機会が無い。
「暇とか言わない、貴方でしょ新人の訓練を思い付いたのは」
「まぁそうなんだが、今は実質歩いているだけだからな」
「…貴方が前に出ると一人で全部片付けるでしょ?我慢しなさい」
私達の話が聴こえたのだろう、エドがガンズに交替しましょうと言った。
「いいのか?」
「えぇ、一度くらいガンズさんの腕前を皆に見せておきたいですから」
よし!と自慢の籠手を撃ち鳴らしてガンズが前に出ていった。
…満面の笑顔だわ。
その後起こった戦闘は…まぁ解るわよね、三人が真っ青になっていたわ。
────────
「ヴィーシャさん、預かり物があるんですが」
預かり物?
厨房から料理長が一通の封筒を差し出した。
……招待状?
差出人の名はドーラン子爵夫人。
…誰だったかしら?
「なんだいそりゃ?」
ザップが覗き込む。
「…子爵夫人からの招待状、何かパーティーを開くから来て欲しいって」
「そいつぁ優雅だねぇ。ヴィーシャも貴族御令嬢だもんな、そういうお誘いも来るか」
思わず溜め息を付くとザップを睨んでやった。
「…こういうの、ホント面倒。兄にでも出せばいいのに」
私は勘当の身なのだから招待状など送られても困る。
「大体、エスコート無しで出れると思う?」
「エスコート?なんだそりゃ」
「介添人よ。要は付き添いね、女性独りでパーティーには行かないものなの。ザップ、貴方やる?」
「おいおい、勘弁だぜ。ヴァンパイア貴族の集まりだろ?貧民街生まれのビーストマンが行くとこじゃねぇよ、ガンズ連れてけ」
「…貴方正気?」
ヴァンパイア貴族の集まりにオーガ?
悪目立ちも甚だしいわ。
「だからいいんじゃねぇか。二度と招待状なんか来なくなるぜ?それにガンズの旦那はあれで礼儀作法を心得てら、俺なんかより恥かかずに済む」
言ってる事あべこべじゃない?
まぁねぇ、『救国の英雄』だものね。以前居た処では王様に可愛がられていたみたいだし、礼儀作法は解ってるわよね。
ガンズは妃殿下と話をしていた。ミルズの為に下働きの後釜を探して欲しいらしい。
「ガンズ?」
「どうしたヴィーシャ?」
「パーティーの招待状貰ったんだけど」
「パーティー?あぁ、晩餐会とか舞踏会とかいうアレか。旨い物があったら土産に頼む」
「そうじゃなくて、エスコート役をお願いしたいんだけど?」
キョトンとした表情でガンズが言う。
「俺か?このなりで?門前払いだろ」
「服くらい作りなさいよ!」
「服…服なぁ。仕立てる時間あるのか?」
「多分大丈夫よ、ノラにも作らせるわ」
それまで黙って聴いていたノラがギョッとした顔になった。
「ま、まて主人!私は作法など…」
「日頃私の『従者』を自認してるんだから来なさい」
オーガと山だしエルフを連れて行けば二度と招待状なんか来ないわ。
────────
パーティー当日、二人を連れて馬車に乗る。
…ここまでなんとかこぎ着けたって感じ?
まずガンズとノラの服を仕立屋に注文。
ノラはまだしもガンズの図体は特注でないと無理。サイズを測るのにも一苦労。
次に礼儀作法のお勉強。
こちらは逆にガンズはまだしもノラが無知。会釈の仕方から叩き込む。
最後は兄様の屋敷で馬車を借りる。
…父上が居た!
父上のお説教で丸一日潰れたわ…勘当してるなら説教なんてやめてほしい。
なんとか馬車を借り受けて、戻ってみればガンズが乗れない。大き過ぎ。
「俺は歩くからいいよ」
…で、ドーラン子爵邸までの道程で巡回中のゴル部隊長にバッタリ出くわす。
「ぶっ!ぶわっはっはっはっはっは!」
…同族からみれば『タキシードを着たオーガ』なんて見世物以外の何者でも無かった。
「ひぃひっひっひ!おま、ガンズ!俺を笑い死にさせる気か?」
「…貴公子みたいだろ?」
「ぶぶぶぶぶっ!」
済まし顔でポーズを取るものだから、ゴル部隊長は道端にうずくまってしまった。
そんな感じで、子爵邸に乗り込んだ。
…御招待されたというより乗り込んだ、が適切な表現よ。この場合。
「お招きに与りました、フェレグラン息女ヴィーシャですわ。こちらはエスコートと従者」
呆気にとられている案内役を置いて、先に進む。
私達が会場内に入ると案の定、辺りのざわめきが大きくなった。
「ヴィーシャ嬢、御手を」
ガンズの手を取り会場内を闊歩する。
流石にガンズは慣れている。背の高さもあって立ち振舞いが美しいわ。
ノラは姿勢良く静かに歩く事だけに集中している。顔が真っ青だわ。
会場内はほぼヴァンパイアしか居ない。居てもライカンの従者くらい。
立食形式のかたくないパーティー、軽い食事といきましょう。
「し、主人、無理。喉に通らない」
「なんだノラ、旨いぞ?」
「ガンズさん…慣れているな?」
「先王陛下に鍛えられたからな」
ラムールの王様って酔狂だったのかしら。
「ようこそ御出で下さいました、嬉しゅう御座いますわ。ドーラン子爵夫人と申します」
中年の女性が私達に挨拶をした。
「不躾に招待状などお送りしまして申し訳御座いません。ですがフェレグラン家の御息女ヴィーシャ様は時の人、是非御近づきになりたいと常々思っておりました」
美しい女性、というより『男好きのする女性』ね。
「初めましてドーラン子爵夫人、フェレグラン伯爵息女ヴィーシャですわ。御招き頂き感謝します。こちらは友人のガンズ殿」
この場合ノラは従者なので紹介しない。
「御紹介に与りましたガンズと申します、この度はヴィーシャ嬢の介添役という名誉を賜りました」
「まぁ、御立派な男振り。今噂の陛下掌中の大隊のお方?」
「いえ、以前籍を置いておりました。今は遊学の身で御座います」
いくらかのやり取りを終えると、今宵は是非お楽しみ下さいと子爵夫人は言い残し他の客に挨拶をしに行った。
大きく目を見開いたノラがガンズを見ている。
「驚いた…ガンズさん、よくあんな風に受け答え出来るものだ」
「…貴公子みたいだろ?」
ポーズをまたつけるガンズを見て吹き出してしまう。
「ホント、貴公子ね、次も招待状がきたらまたお願いするわ」
ガンズは口許をにやつかせ、食事の皿を手にする。
「さ、ヴィーシャ嬢どうぞ」
「ありがとうガンズ殿いただくわ」
「普段の二人からは想像出来ない、ザップさんが見たら顎を外すぞ?」
それから暫くの間、ワインを片手に楽しませて貰った。
「失礼。フェレグラン伯爵の御息女様で御座いますか?」
若いヴァンパイアの男性が声を掛けてきた。
ノラがその顔を見て眉をひそめる。
「私、ドレスデン男爵と申します。御父上には御世話になっております」
「フェレグラン息女ヴィーシャですわ、ドレスデン男爵。父に若い友人がいたとは。頑固者で御迷惑をおかけしておりましょう?」
「いえいえヴィーシャ様、御父上の御指導、いつも感謝しております」
ドレスデン男爵はその後すぐ友人に呼ばれていった。
「…ノラ?」
「あれは『人狩男爵』…奴隷売買の元締めだ」
「…知ってるわ、ノラが嫌うのは解るけど顔に出さない様にね」
さて、そろそろ帰りましょうか。
────────
「パーティーですかぁ!いいですねぇ、私も呼ばれてみたいです」
翌日。
食堂で皆に昨夜の話をするとサーラが羨ましがった。
「…王宮でもパーティーはするでしょ?」
「裏方ですもの、忙しいだけです」
「そりゃそうだな」
「私もドレスを着て踊ったり御飯食べてみたいですよ~」
そんな夢見るサーラの後ろにリリアが…
「サーラ先輩、仕事して下さい」
「っひゃあ!」
バタバタと厨房へ向かうサーラに溜め息をつくリリア。
「…全く、なんであの人が王宮付きでいられるのかしら」
「そういう事言うものじゃないわよリリア」
それにサーラは王宮付きじゃなくて陛下付き、陛下のお気に入り。
そう言ってやるとリリアが目をむいた。
「なんで?なんでですか?」
「さぁ?でも陛下は気に入った相手に仇名をつけるのよ『子猿』とかね」
「……仕事します」
リリアが厨房へ行った後、また昨夜の話に戻った。
ちなみにガンズはまだ寝ているらしい。
「それにしてもガンズさんは凄い」
「そりゃガンズの旦那がいた大隊はラムールの近衛みたいなもんだったんだろ?礼儀作法なら仕込まれてるさ」
「でも見てみたかったですね、ガンズさんの貴公子姿」
「ところでヴィーシャ殿、昨夜のパーティーはどちらでした?」
ドラスが訊いてきた。そういう事に興味なさそうだと思っていたけど。
「ドーラン子爵邸、主催者は子爵夫人よ」
「ほぅ、確か未亡人でしたね」
詳しいわね?…私が疎いだけかしら。
「未亡人だったのか。それでは彼奴が居たのも頷ける」
ノラが腹立たしそうに顔を歪める。
「誰だい?」
「ドレスデンだ!あの奴隷屋め、きっと子爵夫人を狙っているに違いない」
ノラにとっては憎い相手だわね。
あの男がいなければノラが人狩にあう事もなかったかもしれない。
「ふ~ん、ドレスデンね…」
ザップが目を細める。気の無い返事だけど。
そういえばこの前もドレスデンを気にしていたわ。
「おはよう」
ガンズが起きてきた。
「聞きましたよガンズさんの貴公子振り」
「止せよエド、俺なんかよりドラスの方が得意だろ?」
「いえ、私は公式の場には出ませんから」
ガンズがやって来たのを見ていたらしい、またサーラが顔を出した。
「ガンズさんエスコートされてたんですって?見てみたかったです!」
…盗み聞きしていたらしい。
「なんだ、そういうのが好きか?」
「はい!憧れますよ~」
「ふ~ん…では御嬢様、御手をどうぞ」
ガンズが昨夜のノリで手を差し出す。
「わ!嬉しいですわガンズ殿」
お互いウケを狙っての行動に皆が口笛を吹いたり笑ったり…
「先輩!」
「っひゃあ!」




