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第6話 氷の美貌と、屋上の共犯者


「みんな、聞いてくれ。今日から働くことになったカズキ君だ」


 義父の声がオフィスに響く。


 数十人の社員が一斉にこちらを見た。そに含まれているのは、歓迎ではなく「値踏み」するような視線だ。


「私の娘の旦那だ。今日から私の車の運転と、雑用をやってもらう。みんな、仲良くしてやってくれ」


 俺は愛想笑いを浮かべて頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします……」




 屈辱だ。


 ここは俺の職場じゃない。「飼い主」の監視下にある檻だ。


 居心地の悪さに身を縮こまらせていると、ふと鋭い視線を感じた。


 社長室の傍らに、一人の女性が立っていた。


 黒髪のロングヘア。切れ長の瞳。陶器のように白い肌。


 派手ではないが、空間を切り裂くような冷たい美貌。




 社長秘書、沢田マリカ。


 それが、俺と彼女の最初の出逢いだった。


「社長からの指示です。この書類、年代別に整理してください」


 午後、資料室で作業をしていると、マリカが入ってきた。


 声は冷たく、事務的だ。


「あ、はい。わかりました」


「……手際が悪いですね。私も手伝います」


「す、すみません……」


 取り付く島もない。


 彼女はテキパキと仕事をこなしていく。静まり返る室内。息が詰まりそうだ。


 俺みたいな「ただの運転手」なんて、眼中にないんだろう。


 気まずい時間が流れる。


 ため息をつきたいのを堪えていた、その時だった。




「ねえ」


 マリカが手を止めた。


 振り返った彼女の指には、細いタバコが挟まれている。


「ここ、禁煙なの。……屋上、行かない?」


「え?」


「タバコ、吸うでしょ? 顔に書いてあるわよ」


 さっきまでの冷徹な表情が消え、悪戯っぽい少女のような瞳で俺を見ている。


「あ、はい! 吸います!」


「じゃあ決まり。サボりに行きましょ」




 屋上の風は強かった。


 彼女は手慣れた仕草でタバコに火をつけ、紫煙を吐き出す。


その横顔があまりに綺麗で、俺は言葉を失った。


「……意外ですね。マリカさんがタバコ吸うなんて」


「そう? 会社では猫被ってるからね。ストレス溜まるのよ」


 彼女はクスリと笑った。


 その笑顔の破壊力に、俺の心臓が跳ねた。


「カズキさんだっけ? 社長の娘さんと結婚して、幸せ?」


 不意打ちの質問。


 俺は答えに詰まった。


「あー……まあ、それなりに」


「嘘つき。目が死んでるわよ」


 図星だった。


 彼女は俺の目を覗き込み、ふわりと甘い香水の匂いをさせた。


 距離が近い。


「私ね、わかるの。あなたみたいな、現状に満足してない人の目」


「え……?」


 マリカはタバコを揉み消すと、俺の耳元で囁いた。


「ねえ、カズキ。性欲、ある?」




 俺は吸っていたタバコを取り落としそうになった。


「は……!? な、何だよ急に!」


「ふふっ、冗談よ。顔真っ赤」


 彼女は楽しそうに笑い、背を向けた。


「そろそろ戻りましょ。またサボりたくなったら誘ってね」


 ドアの向こうに消えていく背中を見送りながら、俺は立ち尽くしていた。


 冗談?


 いや、あの瞳は獲物を狙う肉食獣のそれだった。


 退屈で死にそうだった俺の日常に、劇薬が一滴、垂らされた瞬間だった。




続く

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