第3話 終わりの始まり、白のアルファード
翌朝。
目が覚めた瞬間、頭の中で工事現場のような音が響いていた。
ガンガンと脈打つ頭痛。こみ上げる吐き気。
「……うっぷ、飲みすぎた……」
昨夜、数年ぶりに再会した幼馴染と、深夜2時過ぎまでちゃんぽんで飲み明かしてしまったのが運の尽きだった。
睡眠時間は3時間。口の中はまだ酒の味がする。
「水飲んでシャワー浴びれば、なんとかなるか」
俺は這うようにして起き上がり、冷水をガブ飲みした。
プロのドライバーとして、本来なら絶対に休むべきコンディションだ。
だが、この時の俺は「少し寝たし、これまで何年も無事故無違反でやってきた」という慢心があり、自分を正当化してしまった。
相棒である10トントラックに乗り込み、エンジンをかける。
体に響くディーゼルの振動で、無理やり気合を入れた。
「よし、行ける」
横浜へ向かう首都高速道路は、いつものように大渋滞だった。
ノロノロ運転。延々と続く赤いテールランプの列。
単調なリズムに、強烈な睡魔が襲ってくる。
あくびを嚙み殺し、ガムを噛み、大音量でラジオを流す。
それでも、まぶたが鉛のように重い。
意識が泥の中に沈んでいくようだ。
(ダメだ……一瞬だけ……数秒だけ……)
フッ、と意識が飛んだ。
ドガンッ!!!
腹の底に響くような、鈍く、重い衝撃音。
シートベルトが胸に食い込み、俺は現実に引き戻された。
「――ッ!?」
一瞬で血の気が引いた。
慌てて前を見る。
俺のトラックのフロントが、前の車にめり込んでいた。
相手は――純白のアルファード。
しかも、車高は低く改造され、ピカピカに磨き上げられている。見るからに高そうな、最新モデルだ。
「……終わった」
最悪だ。よりによって、一番金がかかりそうで、厄介そうな相手だ。
ドアが勢いよく開き、男が二人降りてきた。ダボッとした服、首元には太いゴールドのネックレス。
「おいコラァ! テメェどこ見て運転してんだ!!」
「首がいてえぞオイ! 新車だぞコラ!!」
怒号が飛び交う中、俺は震える手で警察に電話をした。
到着したパトカーと救急車。
俺は酒の臭いを消そうとマスクを二重にして対応したが、体内から湧き上がるアルコール臭は隠せなかった。
「運転手さん、怪我は?」
若い警察官が近づいてくる。俺は息を止めて答えた。
「だ、大丈夫です。前方不注意で……」
しかし、警察官は鼻をひくつかせ、鋭い視線を俺に向けた。
「……運転手さん。かなり酒臭いですね?」
心臓が止まるかと思った。
「い、いえ! 飲んだのは昨日です! 今朝は飲んでません!」
「残ってりゃ同じですよ。検査します」
突き出された検知器。拒否権はない。
俺は祈るような気持ちで、震える息を吹き込んだ。
ピーッ。
無機質な電子音が、俺の人生の終了を告げた。
「……真っ赤っかですね。基準値を大幅に超えてます」
警察官の声が遠く聞こえる。
アルファードの男たちが、「おい、コイツ飲酒かよ! ぶっ殺すぞ!」と怒鳴っているのが聞こえる。
「現行犯逮捕となります」
ガチャリ。
冷たい金属の感触。人生で初めての手錠。
罰金50万円。免許取り消し2年。会社は即刻解雇。
そして、あの高級アルファードの修理代と慰謝料は、飲酒運転のため保険が一切下りず、全額自腹。
たった一夜の深酒と油断。
それだけで、42年間積み上げてきた俺の人生は、跡形もなく崩れ去った。
留置場の冷たい床で、俺は震えていた。
ここにあるのは、底なしの絶望だけだった。
「……死にたい」
初めて、本気でそう思った。
続く




