第26話 ユカが突然世界一周をキャンセル
いよいよ明日は出発だ。
部屋の隅には、パンパンに詰まったスーツケースが並んで出番を待っている。準備も万端、必要な買い出しもすべて終わらせていた。あとは明日、朝一番で家を出るだけだ。
「いよいよ明日だね」
寝る前、俺たちはソファに並んで座り、軽くワイングラスを傾けてくつろいでいた。ユカも嬉しそうで、二人で船旅の計画を語り合いながら、最高の時間を過ごしていた。
その時だった。
静かな部屋に、突然ユカのスマホの着信音が響いた。画面を見たユカは少し不思議そうな顔をして電話に出たが……次の瞬間、明らかにその顔色からサッと血の気が引いていくのがわかった。
「……え? お母さんが?」
声が震えている。俺は直感的に『何かやばいことが起きた』と悟った。
電話を切ったユカは、うつむき加減で少し涙ぐんでいた。
「……実家のお父さんから。お母さんが、倒れたって……!」
「なんだって? 今すぐ行くのか?」
俺は思わず身を乗り出した。
「いや……今日はもう遅いし、今からじゃ動けないから明日の朝一番で帰る!」
パニックになりかけながらも、ユカは必死に自分を落ち着かせようとしているようだった。
「お母さん、大丈夫なのか?」
「わかんない……とにかく行かないと……」
そこでユカはハッとしたように俺を見て、すがるような目で言った。
「カズキ、本当にごめん! 急なんだけど私、行かないと……!」
「だから……船旅は、1人で先に行ってて! 私も実家の様子を見て、お母さんが落ち着いて行けそうなら、途中からでも絶対合流するから。ほんっとうにごめん!」
両手を合わせて頭を下げるユカに、俺は静かに首を振った。
「そんな理由なら、しょうがないよ。とにかく今は、お母さんの無事を祈ってるから。来れるようになったら、どこからでもいいから来てくれよな。待ってるからさ」
「……カズキ、ごめんね。ありがとう……」
その後は、俺もユカにかける気の利いた言葉が見つからず、ユカもソファーの端でずっと考え込んでいるようだった。グラスに残ったワインも、すっかり忘れてしまっていた。
俺たちはその日は早めにベッドに入ったが、隣でユカが不安そうにしている気配を感じて、俺もなんだか寝付けなかった。
――そして、いよいよ出発の朝。
外はすっかり明るくなっていたが、部屋の中にはどこか慌ただしい空気が漂っていた。
ユカは俺よりも早く起き出し、旅行鞄ではなく、実家に帰るための荷物をバタバタとまとめていた。
俺は自分のスーツケースを引き、玄関に向かった。ユカを残して先に出るのは少し気が引けたが、仕方ない。
「じゃあ、先に行くけど、あとは頼むぞ! ちゃんと戸締りしてから出かけてな」
俺は努めて明るい声を出した。
「お母さんのこと、すごく心配だろうけど、きっと大丈夫だよ! なるべく早く合流出来るといいけどな」
ユカは玄関まで見送りに来て、少しだけ無理をして笑ってくれた。
「そうだね! 色々ごめんね、ありがとう……。気を付けていってらっしゃい!」
ユカの不安げな笑顔を背に受けながら、俺は一人、大きな船が待つ港へと歩き出した。
続く




