第22話 伊豆の太陽と、夜の波音
そして、いよいよ出発の当日。
マユとタロウが、俺のマンションまで車でやって来た。
ここから先の運転は、もちろん俺の役目だ。
「じゃ、タロウ! 海に向かって出発だ~!」
「しゅっぱーつ!!」
助手席にマユ、後部座席でウキウキとはしゃぐタロウ。
俺たちは伊豆の海へ向かって、車を走らせた。
今日の伊豆は日差しが強く、絶好の海日和だった。
俺たち3人は、かなり日焼けするまで思いっきり波と戯れた。
太陽の下ではしゃぎ回るタロウの笑顔を見ていると、俺の心に巣食っていた嫌な記憶や黒い感情が、嘘のようにスーッと晴れていく気がした。
海でたっぷり遊んだ後は、マユが予約してくれていた旅館へ。
広いお風呂で潮と汗を流し、待ちに待った夕食の時間だ。
「うわぁ……なんだこれ!」
部屋に運ばれてきたテーブルを見て、俺は思わず声を上げた。
そこには、見たこともないような巨大な『タカアシガニ』が、テーブルを占領するようにドーンと置かれていたのだ。
「すごーい! カニさんおっきい!」
タロウも目を丸くしている。結局、この巨大なタカアシガニだけで、3人ともお腹がはち切れそうになるほど満腹になった。
夜も更け、遊び疲れたタロウは布団に潜り込むと、あっという間に寝息を立て始めた。
部屋には、俺とマユの二人きり。
静かな波音を聞きながら、俺たちは酒を飲み交わし、久しぶりに色んな話をした。
ふと、グラスを見つめていたマユが、真剣なトーンで口を開いた。
「ねえ、カズキ……」
「ん?」
「私とタロウと、3人で暮らさない?」
思わず、持っていたグラスを落としそうになった。
俺はてっきり、マユは実家でご両親と一緒に、安定した生活を送っているものだとばかり思っていたからだ。
「えっ……? 実家の両親はどうするんだ?」
「ん~、なんかさー。実家の生活も、最近なんだか疲れてきちゃってさ」
マユは少し寂しそうに笑った。
「最近、パパも年なのか、すぐに怒るのよ。……なんだか、家にいても気が休まらなくて、疲れちゃって……」
(親父さんが……)
社長である義父の顔が浮かぶ。俺を追い出したあの厳格な人が、家でマユに当たっているのだろうか。
「そうなのか?……」
「うん。それに、タロウと二人だけで家を出るのも不安だし……。だから、 カズキが一緒に暮らしてくれたらいいなあ、なんて考えてたんだ。タロウも、絶対に喜ぶと思う……!」
マユの瞳が、すがるように俺を見つめていた。
だが、俺の中でまだ整理がついていない。不倫をして家族を裏切り、すべてを壊した俺が、こんなにあっさりと「父親」に戻っていいのか?
「……急に言われても……即答はできないよ」
俺が目を逸らすと、マユはスッと俺の隣にすり寄ってきた。
ほんのりとお酒の匂いと、マユの甘い香りが鼻をくすぐる。
「すぐにとは言わない。……考えといてね。……ねえ、……ねえ、……ねえ、カズキ」
「いや、だから俺は……んっ!?」
俺が言葉を紡ごうとした瞬間、マユの柔らかい唇が、俺の口を塞いだ。
「マ、マユ……っ」
抵抗する間もなく、俺はそのまま畳の上へと押し倒された。
波音だけが響く夜の旅館で、俺たちは、空白の時間を埋めるように激しく互いを求め合った。
翌朝。
俺たちは少し寝不足の頭を抱えながらも、もう一度海へ出て少しだけ遊び、渋滞を避けて早めに家路についた。
俺のマンションの前に車を停め、別れ際。
助手席のマユが、窓越しに俺を見て、少し色っぽい微笑みを浮かべた。
「カズキ、昨日の話……考えといてね!」
「……ああ。考えとくよ」
俺は大きく頷き、手を振るタロウとマユの乗った車が見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
続く




