第21話 空白の時間と、伊豆への招待状
マリカが亡くなってから、俺は深い海の底にいるような気分だった。
部屋に閉じこもり、マユやタロウとの月一回の食事も、しばらく断っていた。
会うのが辛かったし、合わせる顔もなかったからだ。
そんなある日、マユからLINEが入った。
『カズキ、大丈夫? ……。元気になったら、また連絡ちょうだいね!!』
スマホの画面を見つめながら、俺は涙を堪えた。
俺が一番傷つけたはずの妻が、俺の不倫相手の死を悼み、俺の体調を気遣っている。
いつまでも落ち込んでいては、マリカにも、そしてマユにも失礼だ。
俺は深呼吸をして、震える指で返信を打った。
『ごめんね! 良かったら今週にでも、また3人で食事に行かないか?』
数日後。
久々に会ったマユとタロウとの時間は、冷え切った俺の心に温かい火を灯してくれた。
「カズキ、元気になったの?」
「ああ……少しはね! 心配かけてごめん」
タロウは相変わらず元気そうで、その笑顔を見るだけで救われる気がした。
ハンバーグを頬張るタロウを見ながら、俺たちは少しずつ、止まっていた時間を動かし始めた。
食事の最中、マユがふと思い出したように言った。
「ねえ! タロウがさ、3人で海に行きたいって言ってるんだけど……どうかな?」
「海か! ……そう言えば、何年も海なんて行ってないよな」
俺の脳裏に、幼い頃のタロウの記憶が蘇る。
「確か……タロウが生まれてから一回しか行ってないよな!? タロウが、まだ3歳くらいの時だったかな?」
「うん! 確かそのくらいだったと思う」
「そうか……もうそんなになるか」
仕事に追われ、なんとなく行けていなかった海。
そして最近起きた家庭崩壊。
もう二度と、家族3人で海に行くことなんてないと思っていた。
「たまには、息抜きしないとな! ……じゃあ、行くか!?」
俺が努めて明るく言うと、マユは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあさ~、来週の週末あたりどう? 予定入ってる?」
「いや、特に予定はないよ」
「じゃ、決まりね!」
マユがタロウの方を見て、指でOKサインを作る。
「やったー! パパ、ありがとう……楽しみだな~!」
タロウの歓声が、ファミレスのボックス席に響いた。
数日後、マユから詳細が送られてきた。
そこには「伊豆の旅館」の予約完了メールが添付されていた。
(……え? 泊まりなのか!?)
まさか泊まりがけだとは聞いていなかった。日帰りのドライブ程度だと思っていたのに。
家を追い出された身で、同じ部屋に泊まるのか?
一瞬戸惑ったが、つい勢いでOKしてしまったし、何よりタロウのあの喜ぶ顔を裏切れない。
(……ま、いいか!)
俺はスマホを握りしめたまま、苦笑した。
不思議だ。
マリカを失ってから、明日が来るのが怖かったはずなのに。
今の俺は、来週の伊豆の海を、心から「楽しみ」に思っていた。
続く




