第19話 白い煙と、叶わなかった願い
マリカが息を引き取ってから、世界は色を失ったモノクロ映画のようになった。
俺の記憶は断片的だ。
泣き崩れるお母さんを支えたこと、医師による死亡確認、そして……冷たくなったマリカが白い布を被せられ、病室を出ていく瞬間。
気がつけば、俺は葬儀場にいた。
「……和樹さん。来てくれて、ありがとう」
喪服姿のお母さんが、深々と頭を下げた。
俺は言葉が出なかった。
本来なら、ここにいる資格なんてない。俺は彼女を「日陰の身」にした不倫相手だ。
親族席に座ることも許されない、ただの参列者。
祭壇には、マリカの遺影が飾られていた。
少し前の、ふっくらとして健康的だった頃の写真。
あの笑顔が、俺の胸を鋭いナイフで抉る。
(なんでだよ……。なんでお前がそこにいるんだよ……)
お経が響く中、俺はずっと下を向いていた。
涙はもう枯れ果てていた。ただ、鉛のような重りが腹の底に沈んでいるだけだった。
出棺の時。
棺の中のマリカは、花に埋もれて眠るように綺麗だった。
もう二度と、その瞳が開くことはない。
もう二度と、「カズキ」と呼んでくれることはない。
「……うぅ……マリカ……ッ!」
俺は声を押し殺して泣いた。
棺の蓋が閉じられる音が、この世の終わりの音のように響いた。
焼き場へ向かうバスを見送り、俺は煙突から立ち上る白い煙を見上げていた。
あの煙が、マリカなのか。
あんなに温かかった彼女が、空へ消えていく。
「……さよなら」
俺はその場に崩れ落ちそうになる足を、必死で支えた。
数日後。
俺は抜け殻のように、オフィスのデスクに座っていた。
再雇用してもらった会社で、山積みの書類とパソコンに向かう。
周りの社員たちが電話をかけたり、談笑したりする日常の音が、今は騒音にしか聞こえない。
キーボードを叩く指が止まる。
ふとした瞬間に、マリカの最期の言葉が蘇るのだ。
『本当は、カズキと幸せになりたかった……』
その言葉が、俺の心臓を握りつぶす。
「約束」なんて綺麗なものじゃない。
彼女は生きたかったんだ。俺と一緒に、未来を見たかったんだ。
なのに俺は、彼女を救えなかった。
奇跡を信じて期待しただけで、結局は何もできずに見送っただけだ。
「……くそッ……」
モニターの文字が滲んで見えない。
悔しさと、どうしようもない無力感。
俺の半身をもぎ取られたような痛みが、いつまでも消えない。
定時になり、逃げるように会社を出た。
自宅に帰ると、冷たい暗闇が俺を待っていた。
コンビニ弁当のゴミと、マリカとの写真が入ったスマホ。
俺はスーツのまま、ネクタイも緩めずに床に座り込んだ。
「……マリカ、会いたいよ……」
答えは返ってこない。
ただ、圧倒的な「孤独」だけが、俺を取り囲んでいた。
続く




