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第18話 九州の空に消えた奇跡、最期の「ごめんね」


 マリカが入院してから、俺は祈るような気持ちで毎日のようにお見舞いに通い詰めた。


「余命半年」——


 宣告されたその残酷な期限は、もうとっくに過ぎている。


(……もしかしたら、奇跡が起きているんじゃないか!?)


 少しずつだが、以前より元気になっていくマリカの笑顔を見て、俺は本気で期待していた。このまま病魔に打ち勝って、また二人で笑い合える日が来るんじゃないかと。




 だが、運命は嘲笑うかのように俺に試練を与えた。


 どうしても外せない九州への3日間の出張。俺は後ろ髪を引かれる思いで、彼女に告げた。


「マリカ! 俺、明日から3日間、出張で九州に行ってくる。……何かあったら、すぐにLINEしてくれよな!」


「いいよ、お仕事頑張って。待ってるから」


 その時の彼女の穏やかな声が、最後になるなんて思いもしなかった。




 九州に降り立ってからも、俺の心は常にマリカが入院している病室にあった。そして出張3日目の昼。ポケットの中のスマホが、激しく震えた。


 マリカからのLINE。


 そこには、一言だけ綴られていた。


『カズキに会いたい!』


 ドクン、と心臓が跳ねた。


 これまで弱音を吐かなかった彼女が、初めて見せた剥き出しの渇望。


「……マリカ!!」


 俺は上目遣いに上司を見やり、事情をまくし立てた。許可を待つ間もなく、俺は九州の空を飛び越え、なりふり構わずマリカの元へと走り出した。




 病院に辿り着き、肩で息をしながら病室のドアをこじ開ける。


 そこには、マリカのお母さんと友達が立ち尽くし、静かな、けれど深い悲しみの混じったすすり泣きが部屋を満たしていた。


 一瞬で理解した。……ただ事じゃない。


 酸素マスクを付けたマリカは、深い眠りの中にいた。


 お母さんが、震える声で俺を招き入れた。


「カズキさんの名前を……ずっと呼んでいるの……! カズキさん……お願い、マリカの手を握ってあげて……!」


 俺は膝から崩れ落ちるようにして、マリカの白く細い手をそっと握りしめた。




 その瞬間、彼女の瞼が、奇跡のようにわずかに動いた。


「マリカ……! 俺だ、俺だよマリカ! まだ死ぬんじゃないぞ! お前は死なないんだ……マリカ!!」


 俺の叫びに呼応するように、マリカが酸素マスクの奥で、掠れた声を絞り出した。


「カズキ……! 会いたかった……。……ごめんね……。本当は、カズキと……幸せになりたかった……」


「……私、……私ね、カズキに会えて……本当に幸せだったよ。……ありがとう……カズキ」


 それは、道徳や理屈をすべて脱ぎ捨てた、彼女の剥き出しの本音だった。


「家族の元へ帰れ」なんて嘘じゃない。最後まで俺の隣で生きたかったという、命懸けの告白だった。


「俺も……! 俺もマリカを愛してるんだ! 一緒に生きよう、マリカ……! マリカッ!!」


 俺は彼女の手を、温もりが逃げないように必死で包み込んだ。


「マリカ! うっ、うっ……マリカ……! ありがとう、マリカ……!」


 俺の腕の中で、マリカは静かに、本当に静かに息を引き取った。


 その閉じた目蓋から、一粒の涙がゆっくりとこぼれ落ち、頬を伝った。


 それは彼女の、この世界に残した最期の愛の証だった。




 悲しすぎて、そこからの記憶は断片的にしか残っていない。


 ただ、マリカを失ったという底なしの喪失感だけが、俺の魂を真っ黒に塗りつぶしていった。




続く


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