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第17話 余命半年の嘘、そして真実の愛


「……じゃあ、私もう行くね」


 喫茶店を出ると、マリカは逃げるように駅の改札へ向かおうとした。


 その足取りはおぼつかない。


 俺は居ても立ってもいられず、彼女の細い腕を掴んだ。


「待てよ! マリカ、お前……本当に大丈夫なのか?」


「放してよ。関係ないでしょ」


「関係あるだろ! その痩せ方、ただ事じゃないぞ。……本当のことを言ってくれよ!」


 俺が強く問い詰めると、マリカは抵抗をやめ、深くため息をついた。


「ハァ…!」


 そして、観念したように近くのベンチに座り込んだ。


「……カズキには、敵わないな…」




 彼女はバッグから一枚の紙を取り出し、俺に渡した。


 それは、大学病院の診断書だった。


 そこに書かれていた病名は――「膵臓がん ステージ4」。


 「えっ…?」


 頭が真っ白になった。


 文字が読めるのに、意味が理解できない。


 ステージ4? マリカが? まだ若いのに?


「……もう、手術もできないんだって。余命は、あと半年くらいかな」


 マリカは遠くを見つめながら、まるで他人の話のように言った。


「嘘だろ……?」


「嘘じゃないよ。だから、会社も辞めたの。社長と寄りを戻したなんて、あれも全部嘘」


 俺は言葉を失った。


 あの日、電話で彼女は言った。『社長の愛人に戻る』と。


 俺はそれを信じて、彼女を軽蔑し、恨んだ。


「なんで……なんでそんな嘘ついたんだよ!」


「だって……言えないじゃない」


 マリカの声が初めて震えた。


 彼女は俺の方を向き、瞳に涙を溜めて微笑んだ。


「私が『死ぬ』なんて言ったら、カズキはどうした? きっと、全てを投げ打って私の看病をしたでしょ?」


「当たり前だろ! 愛してるんだから!」


「だからよ! それが嫌だったの!」


 マリカが叫んだ。その頬を涙が伝う。


「カズキには、帰る場所があるじゃない。マユさんと、タロウ君がいるじゃない。私みたいな『もうすぐ死ぬ女』のために、カズキの人生をこれ以上壊したくなかった。だから……私を嫌いになってほしかったの。軽蔑して、忘れてほしかったの」


 俺は崩れ落ちそうになった。


 なんという女だ。


 自分の命が尽きようとしている恐怖の中で、彼女はずっと俺の幸せだけを考えていたのか。


 俺に嫌われる役を演じて、独りで死の恐怖と戦っていたのか。


「……バカ野郎……」


 俺はマリカを抱きしめた。


 折れそうなほど細い肩。冷たい体温。


 俺はこの温もりを、もうすぐ失うのか。


「なんで……なんで一人で抱え込むんだよ! 俺は……俺は……!」


「ごめんね、カズキ。……会いたかった。本当はずっと、会いたかった……」


 マリカが俺の胸で声を上げて泣いた。


 阿佐ヶ谷の夕暮れの中、俺たちは人目も憚らず、子供のように泣きじゃくった。


 この瞬間、俺の中で確信が変わった。


 ただの浮気相手じゃない。


 自分の命よりも相手を想う、この魂の繋がり。


(ああ、やっぱりそうだ……。マリカこそが、俺の『ツインレイ』だったんだ)


 悲しすぎる真実が、俺たちの愛を永遠のものに変えようとしていた。




続く

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