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第14話 愛人という名の絶望

 トラックが走り去った後の新居は、死んだように静かだった。


「……狭いな」


 荷解きを終えたワンルーム。


 手を伸ばせば壁に届きそうなこの空間が、今の俺の全てだ。


 コンビニの弁当を一人で食べる。味がしない。


 ふとした瞬間に、タロウの「パパ行かないで」という泣き声が耳に蘇り、箸が止まる。




「ごめんな……タロウ、マユ」


 失って初めて気づいた家族の温もり。


 後悔の念が、夜毎に俺を押しつぶそうとしていた。


 そんな孤独な日々の中で、俺の心はまだ弱かった。


 寂しさに負けて、マリカに救いを求めてしまったのだ。


(マリカ……元気にしてるかな?)




 スマホを取り出し、LINEを開く。


 だが、そこには「メンバーがいません」の文字。


 アカウントが削除されていた。


 背筋が凍った。


 慌てて電話をかける。


『プー、プー、プー……』


 話し中のツノ。何度かけても同じだ。着信拒否されている。


 会社に電話するわけにもいかない。家も知らない。


 俺とマリカを繋いでいた糸は、あまりにあっけなく切断されていた。


「嘘だろ……?」


 俺はまた一人ぼっちになった。


 前の会社に頭を下げて再雇用してもらい、死んだように働く日々が続いた。




 季節が変わり、3ヶ月が経ったある日。


 見知らぬ番号から着信があった。


「……もしもし?」


『……カズキ?』


 心臓が止まりそうになった。


 マリカだ。でも、その声は以前のような艶やかさはなく、枯れたように弱々しい。


「マリカ!? お前、どうしてたんだよ! LINEも消えてるし……!」


『ごめんね』


「俺、離婚したんだ。今は一人暮らしだよ。やっと自由になれたんだ。会いたいよ、マリカ」


 俺は必死にまくし立てた。


 だが、返ってきたのは、俺の心を粉々に砕く言葉だった。




『……私ね、まだあの会社にいるの』


「え? クビになったんじゃ……?」


『う、うん。……私ね、実は……社長の愛人なの』


「……は?」


 言葉の意味が理解できなかった。


 社長? 義父のことか?


『結婚してるっていうのも、全部嘘。左手の指輪も、社長に「しとけ」って 言われてただけのダミーなの』


「な……えっ…はっ…?」


『あの日、全部バレて社長に呼ばれたわ。「カズキとはもう絶対に会うな。会社に残るか、辞めるか選べ」って』


 マリカの声が震えている。


『私……一人で生きていくのが怖くて……会社に残ることを選んだの。社長の女に戻ることを選んだのよ』


「待てよ! じゃあ俺たちは何だったんだよ! ツインレイじゃなかったのかよ!」


『……ごめんね』


 彼女は泣いているようだった。


『カズキとの時間は、本当に幸せだった。夢みたいだった。……でも、もう会えない。さようなら』


「おい待てよ! マリカ! 話を聞かせてくれ! マリカ!!」


 プツッ。 ツー、ツー、ツー……。




 電話は切れた。


 俺はスマホを握りしめたまま、呆然と立ち尽くした。


 ツインレイ? 運命の相手?


 笑わせるな。


 俺はただの「愛人の暇つぶし」で、彼女は「金のために自由を捨てた女」だったんだ。


「……ハハッ」


 乾いた笑いが出た。


 俺もマリカも、結局は金と孤独に負けた、弱い人間だったんだ。


 たった一つの淡い恋が、音を立てて崩れ去った。




続く

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