第13話 パパ行かないで! 涙のトラック
引っ越し当日。 業者のトラックがエンジンをかけた。 重低音が腹に響く。これが、終わりの合図だ。
「……じゃあ、行くよ」
玄関先には、マユとタロウが見送りに立っていた。 最後くらい、笑顔で別れたい。そう思ったが、喉が詰まって声が出ない。
「いろいろ……ごめんね。世話になったな。……ありがとう」
俺が頭を下げると、マユが堪えきれずに顔を歪めた。
「……本当は、別れたくなかった」
「えっ?」
「パパたちが『絶対に許さない、追い出せ』って聞かなくて……私には、どうすることもできなかった。ごめんね、カズキ」
彼女の瞳から涙が溢れ出した。 俺は言葉を失った。愛想を尽かされたんじゃなかったのか? いや、謝るのは俺の方だ。俺が全部壊したんだ。
「タロウ、おいで。パパにご挨拶して」
マユが後ろに隠れていたタロウの背中を押した。 タロウは俯いたまま、モジモジしている。 俺はしゃがみ込み、小さな肩に手を置いた。
「タロウ、ごめんな。パパ、行っちゃうけど……ママの言うこと、ちゃんと聞くんだぞ」
別れの言葉を告げ、立ち上がろうとした。 その時だった。
ガシッ!!
「……!」
タロウが、俺の足にしがみついた。 小さな両腕で、痛いくらい強く。
「タロウ? 離して、パパ行かなきゃ……」
「……ヤダ!」
タロウが顔を上げた。 その顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
「パパ、どこ行くの!? 僕たちを置いていくの!? ヤダよ!」
「タロウ……?」
「行かないでよパパァー! 僕も一緒に行くー! ヤダヤダヤダー!!」
子供の悲痛な叫び声が、住宅街に響き渡る。 俺は雷に打たれたように動けなくなった。 嘘だろ? タロウは俺のことなんて、どうでもいいと思ってたんじゃないのか?
「うぅ……っ!」
マユがその場に崩れ落ち、泣きながら叫んだ。
「……タロウはね、カズキのことが大好きだったんだよ!」
「え……?」
「おじいちゃんたちが怖くて言えなかったけど、いつもパパの話ばっかりしてたの! 『パパかっこいい』『パパいつ遊んでくれるの』って……ずっと、ずっと待ってたんだよ!」
視界が歪んだ。
涙が溢れて止まらない。 俺はなんてバカだったんだ。 「愛がない」なんて勝手に決めつけて、一番近くにあった大きな愛を、自分からドブに捨てたんだ。
「パパァー! パパァー!!」
泣き叫ぶタロウを、マユが無理やり抱き寄せて引き剥がす。 このままじゃ一生離れられなくなる。 俺は鬼になって、背を向けた。
「……元気でな!!」
俺はトラックの助手席に飛び乗った。
「出してください!」
トラックが走り出す。 サイドミラーの中で、マユに抱えられたタロウが、手を伸ばして泣き叫んでいるのが見えた。
「うあああああ!!」
俺は声を上げて泣いた。 大の大人が、子供みたいに嗚咽を漏らして泣いた。
「……辛いですね」
ハンドルを握る引っ越し屋の兄ちゃんが、鼻をすすりながらハンカチで目頭を拭っていた。 赤の他人までもらい泣きさせるような、あまりにも悲しい別れ。
俺はトラックの窓から流れる景色を見ながら、後悔の味を噛み締めていた。
失って初めて気づくなんて、俺は本当に、最低な父親だ。
タロウの「パパ行かないで」という声が、いつまでも耳に張り付いて離れなかった。
続く




