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第2話:森の中の石板キッチンと、異世界初のガパオ炒め

フレイムボアの死骸は、俺の足元で動かないまま横たわっていた。真っ赤な血がゆっくりと地面に染み込んでいく。微かな血の生臭さが鼻をつき始め、俺は意識をハッキリさせるために深呼吸をした。


よし、パーキン……。お前はこいつを仕留めたんだ。今やこいつは恐ろしい魔物なんかじゃない。夕食のための立派な『食材』だ。


ナイフの代わりになりそうな道具を探して、俺は辺りを見回した。幸いなことに、近くの大きな木の根元に、スレート(粘板岩)のような鋭い石の欠片が落ちていた。それを拾い上げて泥を払い、親指で刃の具合を確かめてみる……。まあ、なんとか使えそうだな。


俺はイノシシの死骸のところに戻り、その横にしゃがみ込んで、もう一度深呼吸した。


「よし、やるか……」


鋭い石の先端がフレイムボアの皮膚に触れた瞬間、奇妙な感覚が頭の中を駆け巡った。


【 スキル『解体 (Lv.1)』が発動しました 】


すると突然、体が本能に従って勝手に動き出したのだ。まるで、今まで何百回、何千回とこの作業をこなしてきたかのように。このイノシシの関節、腱、筋肉の繊維の場所が手に取るように分かる。握りしめた粗削りな石の刃が的確に皮膚を切り裂き、肉に毛が混ざらないよう、燃え盛る炎のような赤い毛皮を慎重に剥ぎ取っていく。


俺は、程よく脂が乗ったもも肉とロース肉だけを選んで切り出した。内臓やその他の部位は、保存する容器もないし綺麗に処理する時間もないため、とりあえずそのままにしておくことにした。


「『解体』スキルって、めちゃくちゃ便利だな……」

俺は、手の中にある見事に切り分けられた真っ赤な肉の塊を見つめながら呟いた。スーパーで売られている豚肉よりも、ずっと美味しそうに見える。


だが、肉と蒼色のワイルドガパオだけでは『ガパオ炒め』と呼ぶには物足りない。タイ料理の神髄は、なんといってもその刺激的な辛さにあるんだ!


俺は豚肉をその辺にあった大きな葉っぱの上に一時的に置き、再び周囲の探索を始めた。植物に意識を集中させ、【食材鑑定】のスキルを発動させる。


10分ほど歩き回ったところで、奇妙な細長い形をした真っ赤なベリーのような実がぶら下がっている低い茂みを見つけた。


【 涙の雫唐辛子ティアドロップ・チリ:強烈な辛味を持つ野生の果実。汁を絞って目にすり込むと、一時的な失明を引き起こす恐れがある。血行を促進する薬としてよく使われる。 】


「ビンゴ!」

俺は満面の笑みを浮かべ、それを十数個ほどもぎ取った。


さらに少し離れたところで、地面から少し顔を出している木の根を見つけた。硫黄に似たツンとした匂いを放っている。


【 ロックガーリックの根:独特の強い香りとピリッとした辛味を持つ地下茎。抗菌作用がある。 】


役者は揃った!唐辛子、ニンニク、ガパオ、そして豚肉……。これで俺のキッチンの準備は万端だ。足りないのは……火とフライパンだけ。


俺は元の場所に戻り、表面が平らで滑らかな大きな石を一つ見つけ出した。水筒の水で綺麗に洗って……あ、忘れてた。水筒なんて持ってないんだった。仕方なく、巨大な葉っぱに溜まっていた露を探し歩き、それを使って石をピカピカになるまで洗い上げた。


火に関しては……ライターもなければ魔法も使えない。俺にできるのは、ボーイスカウトで習うような古典的な方法だけだ。枯れ枝と落ち葉を集めて山にし、柔らかい木の窪みに硬い木の枝をこすりつける……。


かなり長い時間こすり続けた。額には汗がにじみ、両腕はもう力が入らないほどパンパンに疲労しているのに、うっすらと煙が立ち上るだけだった。


「クソッ……。ドキュメンタリー番組じゃ、もっと簡単そうにやってたのにな」

俺はハアハアと息を切らしながら愚痴をこぼした。


ふと、傍らに積まれた『フレイムボアの毛皮』が視界に入った。そういえば、こいつの名前は『炎の毛のイノシシ』だ……。もしかして、この毛は燃えやすいんじゃないか?


そう思いついた俺は、毛を一掴みむしり取って落ち葉の山の上に乗せ、再び力一杯、木の枝を擦り合わせた。


ボワッ!!


小さな火花が赤い毛に飛び火した瞬間、それは勢いよく燃え上がり、明るいオレンジ色の炎となったのだ!


「おっ!上手くいった!さすがはファンタジー世界の魔物だな、最高だ!」

俺は興奮して叫び、慌てて枯れ枝をくべて、焚き火が十分に燃え盛るようにした。


先ほど洗っておいた平らな石を、即席のかまどとして組んだ二つの石の上に架け渡す。石が焼け焦げるように熱くなり、熱気が立ち上るまで待った。


「よし……。異世界支店、タイ料理店オープンだ!」


俺はさっきの鋭い石を使って、イノシシ肉をほどよい粗さのミンチ状に叩き切った。それから豚の脂身を切り取り、熱々の石板に擦りつける。


ジューーーーーッ!


脂が熱せられる音が響き、透き通ったラードがゆっくりと溶け出して石の表面をコーティングしていく。その香ばしい匂いが、たまらなく食欲をそそる。


俺は石の柄の部分を使って、『涙の雫唐辛子』と『ロックガーリックの根』を一緒にすり潰した。そして、それを一気に石板のフライパンへと流し込む。


ジューッ!!バチバチッ!!


煮えたぎる油に唐辛子とニンニクがぶつかり合い、ガパオ炒めを作る時特有の、あの強烈に鼻を突く匂いが辺り一面に爆発するように広がった。


「ゲホッ、ゲホッ!うあっ、辛っ!ゲホッ!」


俺は煙にむせて涙を流しながらも、口元は大きく笑っていた。これだ!これこそが本物のガパオ炒めの香りだ!作っている本人がくしゃみをしないようなガパオ炒めなんて、香辛料が足りていない証拠だからな!


香ばしい(そして鼻が痛くなるほどツンとする)匂いが十分に引き立ったところで、俺はミンチにしたイノシシ肉を一気に投入し、炒め始めた。綺麗な木の枝の先を使って、素早くかき混ぜていく。熱を通された肉は次第に薄茶色に変わり、肉汁が染み出してニンニク唐辛子オイルと混ざり合い、石板の上でグツグツと煮え立っている。


最初心配していたイノシシ肉の獣臭さは、涙の雫唐辛子の刺激的な辛味とロックガーリックの根の強い香りで完全に消し飛んでいた。残っているのは、俺の胃袋をさらに激しく鳴らす、ヨダレが出そうなほどの食欲をそそる匂いだけだ。


そして、いよいよ最後の工程だ……。


俺は『蒼色のワイルドガパオ』を手に取り、その葉をちぎって、石板のフライパンに大きな一掴み分、どっさりと入れた。


ザァーッ!!


ガパオの葉が熱に触れた瞬間、その独特の豊かな香りが爆発し、肉とスパイスの香りと一体になった。俺は葉が少ししんなりする程度にサッと二、三度炒め合わせると、肉に火が通り過ぎて固くならないよう、すぐに石板を焚き火から下ろした。


調味料一切なしの、超野性味あふれるフレイムボアのガパオ炒め……完成だ!


色付けの黒醤油シーユーダムもなく、味付けのナンプラーやオイスターソースもない。滲み出た油と、ミンチ肉の間に混ざる奇妙な水色のガパオの葉っぱがあるだけで、見た目は少し野蛮かもしれない。だが、その香りは……パーフェクトだ!


俺はためらうことなく、即席の箸にした木の枝を使って、ニンニク唐辛子オイルとガパオがたっぷり絡んだ大きな肉の塊を口に運んだ。


「あむっ……熱っ!」


口でフーフーと息を吐いて熱を逃がしてから、噛みしめ始めた。


最初の食感は、歯を押し返すような弾力。思っていたほど硬くはなく、噛むほどに奥深い甘みが感じられる。それに続いて、涙の雫唐辛子の脳天を突き抜けるような超ド級の刺激的な辛さがやってくる。そして最後には、蒼色のワイルドガパオの涼やかで芳醇な香りが口いっぱいに広がり、豚肉の旨味をさらに一段上のレベルへと引き上げているのだ!


「うまっ……めちゃくちゃ美味えっ!」


俺は我を忘れて叫んでいた。荒々しく、ガツンとくるパンチの効いた味だ。肉本来の持つ自然な塩気と、ハーブの辛味と香りが、調味料の不足を驚くほど見事に補っている。俺はガツガツと、次から次へと肉を口に放り込んだ。疲労も、異世界に迷い込んだ戸惑いも、綺麗さっぱり忘れてしまっていた。


タイ料理ってやつは……本当に魂を癒やしてくれますね。


【 スキル『料理』が Lv.2 に上がりました 】

【 バフ効果を獲得しました:炎の温もり(低級の寒冷耐性)持続時間4時間 】


頭の中でシステム音が静かに鳴ったが、そんなことはどうでもよかった。今はただ、目の前にあるガパオ炒めを平らげることの方が重要だ。


石板のフライパンからガパオ炒めを綺麗に平らげた後、俺は満足げにお腹をさすりながら、大きな木の根元に背中を預けた。満腹感が押し寄せ、次第にまぶたが重くなってくる。


木漏れ日が赤みを帯びたオレンジ色に変わり始め、夕暮れ時が近づいていることを知らせていた。森の気温は下がり始めているはずだが、俺は全く寒さを感じていなかった。きっと、さっき食べた料理のバフ効果のおかげに違いない。


見上げた空には、見慣れない星々が瞬き始めていた……。


俺の異世界での初日は、わけの分からないまま始まり、イノシシから生き延びて、激辛のガパオ炒めで勝利を祝うことで幕を閉じた。


「明日は……どんな奇妙な食材が、料理されるのを待ってるんだろうな?」


俺は一人で小さく微笑み、今夜の安全な寝床を探すために立ち上がった。パーキンの異世界スローライフは……まだ始まったばかりだ。

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