悪しき力の正体・8
「ここはどこなの!?」
アレシアは兵士たちが居並ぶ古めかしいホールの真ん中に立っていた。
隣には武器商人のウェイロンと魔導士のユージーンが、アレシアと同じ黒いフードをつけて佇んでいる。
そこへ大股で近づいてきたのは王宮護衛隊の隊長のティオだった。
「皆さん、お揃いのフードがお似合いですね」
「ティオはジェレルのそばにいなくていいのか?」
ユージーンは肩がこったらしく首を左右に倒しながらフードを脱ぐ。
それを見て頬を緩めたティオが律儀に答えた。
「殿下のお使いで、この一帯を調べています。樹海が厄介ですが、人が歩いた跡は確認できたので、しばらくすれば何か発見できると思います」
「そうか。こちら側からのルートもあるはずだ。見つかるといいな」
フードを脱いだユージーンは王都で見かける青年たちと何ら変わりない。
魔導士のローブが彼の体の一部となっていることを少し気の毒に思いながら、アレシアもフードを脱いだ。
それにしても、古い館だ。床板が時折ギシッと鳴る。
調度品のデザインが美しく、長い年月使い込まれてきたであろうことは、アレシアでなくとも一目瞭然だった。
「ねぇ、ここはどこなの?」
「ティンバレン大公別邸ですよ。トレヴァー卿の住処です」
アレシアはフードを脱ぐと古い館のホールをきょろきょろと見回した。
今彼女たちのいる場所は玄関ホールのようだ。外はすっかり夜更けで、燭台に灯りがついているが、建物が古いためかそれほど明るく感じない。
玄関の正面に飾られている大きな肖像画がアレシアの目に留まる。
「あれはジュヌ王? ジェレル様によく似て……えっ!?」
アレシアは肖像画に異様なものが刺さっているのに気がついた。
その視線を追うように、ウェイロンは振り向く。
「あれは……!」
絶句するウェイロンに、ティオが「気がつきましたか」と声をかけた。
「ウィンスレイド王国開祖のジュヌ王に矢を放った不届きものがいるようです」
アレシアは両手で口元を覆う。
ジュヌ王の胸に、黒羽の矢が深々と刺さっていた。
「どうしてこんなことができるのかしら?」
「アレシア嬢、あれは絵だから、ちょうどいい的になっただけですよ」
ユージーンが暢気な口調でそう言った。
彼の言うように、矢が刺さっているのは生身の人間ではないのだから大騒ぎする必要はない。
しかしこの館の一族はジュヌ王の直系子孫。誰が射たのかわからないが、彼らの先祖の肖像画に矢を突き立てる行為は常軌を逸している。
「トレヴァー卿の仕業か。ところでトレヴァー卿はどこにいる? ルナリア様は?」
ウェイロンの問いを、渋い顔で受けたティオは静かに首を横にふった。
「この館の周辺をくまなく探しましたが、見つけられませんでした。樹海の奥に連れ去られたのではないかと思います」
「そうか。やはりノクタリス男爵の館がすべてに繋がっているようですね」
ウェイロンがユージーンに話しかけると、ユージーンは「そうだな」と応じた。
「うーん、あの集会から脱出したのは早まったか……」
「あれはいったい何をしたのよ?」
ユージーンが短い杖を振りかざした途端、猫背の中年男の顔や首の肉が垂れ下がり、骨が剥き出しになった。突如、集会場内がパニックになったことをアレシアは思い出していた。
「僕もほんの少しなら時空を操る魔法を使えるのさ。少しだけ彼の時間を早めて未来の姿をお披露目してあげたんだ」
「『歩く死体』と言っていたけど、死体がしゃべっていたわ」
「じゃあ、『歩くおしゃべりな死体』だな」
ウェイロンが茶化すように割り込んできたので、アレシアはキッと睨みつけた。
ユージーンはまたもや「うーん」と唸った。
「僕もはじめて見た。生きているのとほとんど変わらないように見えた。だが、あの男が僕の想像する人物だとすると、この数年の間、どうやってあの状態を維持してきたのか不思議だ」
「あの男の目星がついているのか。さすがは稀代の魔導士様」
「うん、まぁ……見つけたのはジェレルだ。たぶんジェレルはあの男を以前から知っていた」
アレシアは訳がわからず、首をかしげた。
「いったいなんの話?」
「アレシア嬢。ここから先は命の保証はない。ジェレルはこれまで誰も成し遂げたことのない大それたことをやろうとしている」
「何よ、大それたことって……」
「神を滅ぼす」
「……えっ!?」
アレシアはしばらくぽかんと口を開けて呆けていた。
しかしユージーンだけでなくウェイロンもティオも顔をこわばらせ、思いつめた表情をしている。
「だめよ、そんなこと。許されないわ。神を冒涜するなんて、そんなこと……!」
そう言ってから、アレシアは改めてユージーン、ウェイロン、ティオ三人の顔を順に確認した。
急に不安になったのだ。
アレシアがこれまで疑いもせず信じていた神を、彼らは滅ぼす算段をしている。長い間慕ってきたジェレルがその首謀者なのだ。
(邪神は神の中でも異端だわ。けれども神であることは間違いない。月の女神と結ばれるはずだったのに、ジュヌ王と月の女神が親しくなってしまったから、邪神と呼ばれるようになってしまったのよ)
邪神に同情してしまうのは、自らが似た境遇にいるからだろうか、とアレシアは考える。
(でもそれが原因で邪神は300年おきに復活し、人間を苦しめ、また封印される——これを繰り返しているのね)
なんとも滑稽に思えるし、哀れにも感じられる。しかしそう思うことこそが、神への冒涜なのかもしれない。
アレシアはいっそのこと、ジェレルを恨んだ。
そうでもしなければ、千々に乱れる心を立て直せそうにないのだ。
ユージーンがジュヌ王の肖像画を仰ぎ見た。そして静かに言った。
「神ならば何をしてもいい、と?」
「それは……」
アレシアはユージーンの問いに答えられなかった。
彼らの決意は固い。アレシアが何を言ったところで、彼らは神に挑むことをやめたりはしない。
「あなたたちはもう後戻りできないのね」
「憐れむのはやめてくれ。僕たちは崇高な理念のために神を討伐すると決めたわけじゃない。ただ、邪神を封じる宿命を背負って生まれてくる子をこれ以上増やしたくないだけだよ。何事かを成さずとも、人は誰でも、大切にされて生きていくべきだ」
「それって……十分、崇高な理念よ」
「まぁ、今現在そういう世の中ではないとしたら、そうかもしれないな」
アレシアは小さくため息をついて、目を閉じた。
「ここから先、わたくしは必要なさそうね」
「そうだな」
答えたのはウェイロンだった。
「伯爵家のご令嬢を巻き込んでしまい申し訳なかった。だが、あなたのおかげで『主』と『尊師』と呼ばれる人物の正体を確かめることができた」
「あの女が誰だか気づいていたの!?」
「この色男が気がつかないはずがない」
ウェイロンが口を開く前にユージーンが返答する。
「ご協力ありがとうございました」
「あなたのためじゃないわ。ジェレル様のためよ」
アレシアはウェイロンを正面からキッと睨みつけた。
ウェイロンは何もかも見透かすような笑みを浮かべていた。
その顔を二度と見るものかと思いながら、アレシアは彼に背を向けた。




