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いつか捨てられるその日まで〜愛されない妃のはずなのに夫の過保護が止まりません  作者: 北館由麻
第三章 愛のない結婚の終わり

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悪しき力の正体・3

 ザスリンの姉は目が見えないとは思えぬ速さで森の館の内部を進んでいく。

 この館はルナリアの想像よりも広く複雑な構造をしているようだ。まるで迷路のようだと思いながらザスリンの姉の背中を追う。

 ただ、ひとつ気がついたことがある。

 この館は平屋建てのようだ。地下階が存在する可能性はあるが、地上部分は平屋が続いている。


(森って……ここはたぶんフォガムの森ね。樹海だから滅多に人が立ち入ることはないけど、用心深く目立たないように建てた館なのだわ)


 何か人目を避けなければならない事情があるのだろう。

 例えば、邪神に(くみ)する勢力の本拠地である――とか。


(だとしたら、邪神が近くにいるかもしれない)


 怖くないといえば嘘になる。

 だが、ルナリアの手には魔剣が握られている。

 鞘がないので抜き身のまま持ち運ばなければならない。目立つし、危険だ。その代わりいつでも構えて振り回すことができる。


(なぜ私は持つことができたのかしら。ジュヌ王のおかげ?)


 不思議な夢を見たので楽観的に考えてしまうのだ、とルナリアは自省する。魔剣を持つことで無敵になれるわけではない。

 それにこれはジェレルを刺した剣だ。あの瞬間、剣を握っていたのはトレヴァーだが、彼の意志よりも剣の意志がはるかにまさっていた。魔剣が意図的にジェレルの胸を刺したのだ。


(この剣はどういう剣なの? ジェレル様もどうして抵抗しなかったの?)


 疑問と不満が同時に湧き上がってくる。


(本当にこの剣で邪神を封じることができるのかしら? 思いどおりに剣を扱えなかったらどうなるの?)


 ルナリアはザスリンの姉の背中を見ながら苦笑した。

 急に思い出したのだ。――『紅の秘宝』を宿した乙女は、邪神を封じる際に命を落とす運命だということを。


(私はここで死ぬかもしれない。ダーラウを死の街にした首謀者を見つけることもできず、邪神を封じることもできず……)


 そう思ったら急にジェレルと最後に交わした言葉はなんだったかと気になり始めた。

 険悪な関係のまま、もう二度と会えなくなるのは嫌だ――と胸の中が騒がしくなる。

 まだ何も伝えていない。

 だからもう一度ジェレルに会わなければならない、とルナリアは強く思うのだった。




 目が覚めたらいつものように起き上がり、身支度をしてできる限り迅速に外へ出ようと思う。

 たどり着きたい場所まで、どれくらいの時間がかかるだろう。そう考えながら、夜の闇に紛れて馬を走らせるのだ。

 

 どこまで行けるだろうか。

 馬を早駆けさせると、傷口が開いて出血するかもしれない。そうなると馬上で気を失い、落馬し、命を落とす危険性が高まる。

 

 ジェレルは夢の中で首を横にふった。

 身体は万全とは言いがたい。むしろ重症なのだ。

 この身体で何ができるというのか。苛立ちがジェレルの全身を駆け巡った。


(どうする?)


 目が覚めたらできるだけ早くルナリアのもとへ向かわなければならない。たとえ身体がどうなろうとも、一刻も早く彼女をトレヴァーから引き離す必要がある。

 

 なぜ?

 理由は一つ。気に入らない。ただそれだけだ。

 

 とにかくルナリアの無事を確かめ、彼女を守らなくてはならない。

 その使命感が、ジェレルをこの世に繋ぎ止めているのかもしれなかった。


 ふいにドアをノックする音がしたので、ジェレルは首を動かした。

 夢の中なのに、やけにノックの音がはっきり聞こえてきたのが不思議だった。夢の中と外を分けるドアが存在しているのだろうか、と訝しむ。


「ここにいるだろうと思った」


 ジェレルの前に、不敵な笑みを浮かべた魔道士ユージーンが立っていた。


「夢の中にまでわざわざ会いにきてくださるとは、緊急事態ですか?」

「いや、お前は目が覚めたら忙しくなるだろうと思ってな。今のうちに話しておきたいことがある」


 ユージーンはベッドの傍らにあった椅子に腰かけた。

 ジェレルが実際に眠っている場所は、王宮内の普段使われていない特別室なのだが、今見えている風景は自分の寝室にそっくりだ。だがよく見ようとすればするほど細部がぼやけていく。

 

 その中でユージーンのくっきりした輪郭は、明らかに異物が入り込んだように見える。はたしてユージーンの実体はどこにあるのか、と気になった。

 冗談めかして尋ねようとしたジェレルだったが、ユージーンの表情が硬いので目を見張る。


「珍しいですね。師匠がそんなふうに真面目な顔をなさっているのは」

 

「そりゃあ、僕も真剣に考えざるを得ない状況だよ。国王陛下は毒矢で重症。王太子は魔剣が刺さって出血多量。王太子妃は行方不明。この惨状を引き起こしたのは、なんとウィンスレイド開祖ジュヌ王の直系子孫にあたるトレヴァーだ。謀反人を捕まえなければならないが、アイツがおとなしく捕まるとは思えない」

 

 国内最強の剣士と呼ばれるだけあって、トレヴァーは強い。

 しかし謀反を起こすような野心を持っていたとは――俄かに信じがたい。


「本当にトレヴァーなのでしょうか。義を重んじるティンバレン家のたった一人の跡継ぎのふるまいとは思えません。魔術で別の人格に支配されている可能性はありませんか?」

「魔術か……。その可能性はある。だが、そうだとすれば、それができる人間は限られている」


 ユージーンが眉根を寄せ、小さくため息ついた。


「誰ですか?」

「いつかジェレルには話さなければならないと思っていた。私が何者で、どこから来たのか……」


 ベッドに横たわったままジェレルは天井を見た。すると突然天井が猛スピードで遠ざかり、ジェレルの視界には夜の星空が広がった。

 ユージーンを見ると、彼も驚いたように頭上の夜空を見上げていた。


「私に話してもいいのですか? あなたの命が危うくなるかもしれないというのに」

「もう大方の人間は気がついているさ。私が記憶を操る魔法を使える理由は、緑の魔女レナーテが私の母親だからだよ。もはや公然の秘密だな」


 ジェレルは何も言えず、ただユージーンを見つめた。

 しばらくそうしていたが、いたたまれなくなり頭上に広がる暗い夜空へ視線を移動した。それからためらいがちに口を開く。


「では、あなたは……私の異母兄(あに)ではありませんか?」


 ジェレルの言葉に、ユージーンはふき出した。


「ああ、そういう噂もあったな。まさかジェレルから問いただされるとは思っても見なかったが」

「違うのですか?」

「もしそうだったらどうする? ジェレルにもしものことがあったら、僕が王位継承者になるのか。いやいやまっぴらごめんだね」


 ユージーンはそう言ってひとしきり笑った。この口ぶりからすると的はずれだったらしい。

 つられてジェレルの表情も緩んだ。


「私は残念です」

「そうだな。僕がジェレルの異母兄だったらどんなによかっただろう。だが、違う。僕の父親は国王陛下ではない」


「では、トレヴァーに謀反を起こさせた人物と、あなたの父親に関連がある――ということですか」

「まぁ……認めたくはないが、そう。僕の父親は禁忌の魔術に手を染めた男だ」

「禁忌の魔術――死霊使いのことですか?」

「もう想像はついているだろう? 僕の父親はノクタリス男爵だよ」


 ジェレルはユージーンの青白い顔を見つめた。

 冗談をいう口調と何ら変わりなかったが、ジェレルは衝撃とともにその事実を受け止めた。ユージーンの告白には多くの意味が含まれている。

 

「あなたは死霊使いになれる――ということですか?」


 ジェレルの一番の懸念はこれだった。なぜならウィンスレイドでは死霊使いの術はすべて、使用した時点で死罪と定められているからである。

 

 死霊使いは邪神の封印を解く者の筆頭――とこの国では古くから伝えられてきた。

 地下、あるいは神域のどこかに彼らの集落があると噂されているが、ノクタリス男爵が死霊使いだとすれば、彼らは邪神の復活までどこかでひっそりと暮らす民ではなく、むしろ堂々と貴族の世界で地位を築き、人目も(はば)らず王宮内にも出入りしていたということになる。


 ユージーンの視線は下に向けられている。

 ジェレルはユージーンの返事を待った。

 大きなため息の後、ようやくユージーンが口を開いた。

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