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いつか捨てられるその日まで〜愛されない妃のはずなのに夫の過保護が止まりません  作者: 北館由麻
第三章 愛のない結婚の終わり

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悪しき力の正体・2

「あの……あなたは王太子妃様ですか」


 ルナリアが寝かされている部屋へ食事を運んできた女性は、辺りをはばかるように小声で問うた。

 上体を起こし、スープを口に運んだルナリアは、その女性をまじまじと見つめる。


「ええ、そうよ。あなたは、もしかして目が見えないのかしら?」

「はい。生まれつきです」

「そう。ザスリンによく似ているけど、ご家族?」

「はい。ザスリンの姉です。似ていると言われたのははじめてなので、とても嬉しいです」


 ルナリアのほうを向いて笑顔を見せたザスリンの姉は、微妙に視線が合わないこと以外は見えていないとは思えないほど給仕もスムーズだった。

 

「あの……起き上がれるのでしたら、今すぐここを出たほうがいいです」


 ザスリンの姉は、ルナリアに茶を渡す際に声を潜めて言った。


「そうね。でも、どうやって?」

「秘密の通路があります。そこを通るとキルギードへ出ます」

「キルギードって隣の国の……?」

「ええ。日が暮れると信徒が集まってくるので、その人混みに紛れてしまえば脱出は簡単です」


(信徒……? 夜に何かの集まりがあるのね。噂に聞く邪神を信奉する教団かしら)


 ルナリアは急いで食事を口に運ぶ。


「ねぇ、あなたはトレヴァー様の剣がどこにあるかご存知ないかしら」

「剣……あの血なまぐさい剣のことですか?」

 

 ルナリアが一瞬息を呑んだのを、ザスリンの姉は敏感に感じ取ったようだ。

 すぐに肩をすぼめて頭を下げた。


「すみません。ザスリンが何かひどいことをしたのですよね」

「あなたは悪くないわ」

「いいえ、ザスリンは母と私を助けるためと言っていますが、私にはわかるんです。あの子には特別な力がある。でもそれは悪しき力なのです」


 ザスリンの姉は苦しそうに顔を歪めて言った。


「私は目も見えず、魔法も使えない。母は足が悪いので外で働けない。それがあの子にとって足かせになっているのは事実で、申し訳なく思います。だけど私はあの子にこれ以上力を使わせたくない」


 おずおずと差し出された白い手を、ルナリアは両手で握る。


「でも私がいなくなったとわかれば、逃がした犯人としてあなたが真っ先に疑われるわ」

「よいのです。私ならどうとでも言い逃れできますから」


 ザスリンの姉はルナリアの手を力強く握った。水仕事のせいか皮膚は荒れてガサガサしていたが、温かい手だった。


「ぐずぐずしている暇はありません。行きましょう」

「ええ」


 食事のおかげか体中に力がみなぎったように感じる。

 立ち上がったルナリアは、ザスリンの姉に手を引かれ、足音を立てぬよう部屋を出ていった。




 

 魔剣はトレヴァーにあてがわれた部屋に抜き身のまま鎮座していた。

 さすがにジェレルの血は拭ってあったが、異様な存在感があり、手に取るのがためらわれた。それにルナリアがこの剣を持てるかどうかもわからない。


「急いで。そろそろあの二人も食べ終わります」


 ザスリンの姉の声にうなずき、意を決して魔剣に手を伸ばす。

 剣の柄を握ると、一瞬ビリッと腕に衝撃が走った。

 

(お願い……!)


 ルナリアは思い切って剣を持ち上げた。

 意外にも魔剣は軽々とルナリアの手に収まった。


「先を急ぎましょう」


 気配で魔剣を手に取ったことを察したのか、ザスリンの姉はそう言ってルナリアを急かした。





 アレシアの乗った馬車は、木立の向こうに小さな館が見えるところで止まった。

 ウェイロンが用心深く馬車のドアを開け、素早く周囲を見回し、馬車から降りる。そしてすぐにアレシアへ手を差し伸べた。

 アレシアはその手を取らずに馬車から降り、辺りを眺める。


「あれはノクタリス男爵の館では?」

「さすがアレシア様、ご明察です」


 ウェイロンは(うやうや)しく頭を下げ、おどけて見せた。


「どうするつもり?」

「ノクタリス男爵の館から秘密の通路を通った先に集会場があるそうです。そこへ忍び込もうと思ってね」

「えっ、それならあなた一人で行けばいいじゃない」


 アレシアは馬車に戻ろうとしたが、ウェイロンに腕をつかまれ、仕方なく振り返る。


「何よ」

「俺一人では入れないんだ。貴族のお嬢様が一緒じゃないと、ね」

「どういうこと?」


「邪神を信奉する教団の話を聞いたことはありませんか」


 ウェイロンが囁くような声でそう言った。

 途端にアレシアの背筋が寒くなる。

 貴族の間でひそかに広まっているという邪神信仰のことはアレシアも聞いたことがあった。


「待って。その集会場へ忍び込んで何をするつもり?」

「そうですね……ひと暴れしましょうか」

「やめてちょうだい!」


 後ずさりするアレシアに、ウェイロンは微笑んでみせる。


「冗談ですよ。俺がそんな無茶をするわけないでしょう。商談相手が減るようなことはしません」


 アレシアが疑うような視線を向けると、ウェイロンは肩をすくめた。頭に巻いた布から顔の輪郭に沿うように垂れた明るい栗色の髪が揺れる。

 ここまで来てウェイロンと別行動を取るなら、単なる無駄足になってしまう。


「もうっ! わかったわ。行けばいいのね? 行くわよ。行きますとも!」


 半ば投げやりにそう言ったアレシアを、ウェイロンはまぶしそうに見つめた。




 

 アレシアはウェイロンと同じ黒いローブを羽織り、頭をフードで覆った。

 ノクタリス男爵の館に向かって黒いローブの人影が列をなしている。アレシアとウェイロンは、あっという間に黒い集団の一部に溶け込んだ。


 心細さと好奇心が入り交じり、アレシアの胸の内はざわついている。黙っているのがつらい。

 隣を歩くウェイロンを横目で見ると、意外にも真面目な表情で物思いに(ふけ)っているようだ。


「舞踏会でもないのに、どこからこんなに集まってくるのかしら」


 アレシアは小声でつぶやいた。

 ウェイロンが微笑を浮かべてアレシアを見る。


「秘密の舞踏会かもしれないですよ」

「こんな真っ黒なローブをつけたまま踊るの?」

「仮面舞踏会みたいで面白いじゃないですか」

「気持ち悪いわ。仮面舞踏会なら招待客は貴族と決まっているけれども、こんな格好では相手の身分もわからない」

 

 そう言ってからアレシアはハッとした。

 ウェイロンが自嘲気味に頬を歪める。


「確かに、下賤の者がアレシア様とダンスをするなんて、恐れ多いことです」

「誤解しないでちょうだい。私はダンスが下手な人とは踊りたくないだけよ。貴族なら幼い頃にダンスを習うでしょう?」

「そうですね。貴族のたしなみですから」


 涼しい顔でウェイロンは返事をした。

 その後、人差し指を唇に当ててアレシアに合図をする。

 二人は大きな館の正面玄関に到着し、屈強な門番にその場で立ち止まるよう指示された。

 前を歩いていた男女が館の内部へ姿を消すと、アレシアとウェイロンが呼ばれた。


「お名前は?」

「アレシア・ランフォードですわ」

「ランフォード伯爵家のアレシア様ですか。これはこれは、ようこそお越しくださいました。こちらの殿方は?」

「わたくしの護衛です。過保護なので、どこにでもついてくるのよ」

「左様でございますか。素敵な殿方なので恋人かと思いましたが……」


 ノクタリス男爵家の使用人たちも全員漆黒のフードをかぶり、表情はほとんど見えない。今、話した相手は初老の男性で、ウィンスレイド王国内の貴族を熟知しているようだった。

 あやしまれずに済み、アレシアは胸を撫で下ろす。人目を引く容姿のウェイロンもフードのおかげで黒い集団に溶け込んでいた。


(胡散臭い集会への潜入は成功ね)

 

 薄暗い館内の灯りはすべて蝋燭(ろうそく)だ。ほのかに甘い香りが漂っている。

 館の奥へと続く通路を進むと、広間に出た。突き当たりの壁には骨董品のコレクションが並んでいて、広間のあちこちに古い時代の馬具や食器が陳列されている。

 その壁の一部がぽっかりと開いていて、地下へ向かう階段が続いていた。


 ウェイロンがアレシアに手を差し出す。


「お嬢様、足元にはお気をつけて」


 アレシアは片手でドレスの裾を持ち上げ、空いているほうの手でウェイロンの手を握った。

 彼の手は大きく、皮膚が硬い。思ったよりゴツゴツしているのは、武器を扱う仕事のせいだろう。

 今のアレシアには、その手の温かさと無骨な感触が、何よりも頼もしく感じられた。


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