第85話 女装男、親族の晩餐会に参加する。
――――――花ノ宮家当主、花ノ宮法十郎。88歳。
元々小さな外資系企業だった花ノ宮家を日本有数の巨大財閥へと成長させ、一代で巨万の富を築いた、この東北の地域を牛耳る影のドン。
表では、いくつもの企業を束ねるグループの代表取締役をしており、裏では、暴力団との繋がりを見せる……まさに、光と闇の顔を併せ持つ男。
オレとは、5年前に顔を合わせたきりだったが……昔見た時と、あまり変化はないように見えるな。
とはいっても、変化が分かるほど、よく知った人間というわけでもないのだが。
正直に言うと、オレとあの爺さんは、今まで一度も会話したことがない。
5年前この屋敷に訪れ、世話になりたいと花ノ宮家に告げて、叔父から杖でぶっ叩かれた……例の事件が起こった、あの日。
あの爺さんは、床に血だらけで倒れ伏すオレを一瞥しただけで、何も言わずに目の前から去って行った。
ただひとつ、理解できたこと。それは、あの老人の目つきが恐ろしいということだけだ。
祖父がオレに向けたあの目は……人を人とも思っていない、冷たい目をしていたのを、オレは未だに覚えている。
あんな底冷えのするような暗い瞳を、人ができるものなのかと、驚いたくらいだ。
「………」
祖父の乗った車椅子を上座に置くと、メイドは一礼をして、ダイニングホールから去って行く。
その直後。親族一同は皆同時に席を立ち、法十郎に向けて、深く頭を下げ始めた。
「「「お疲れ様です、お爺様!!!!」」」」
その軍隊のような規律の取れた動きに驚きつつも、オレも彼らを見習って、遅れて席を立ち、頭を下げる。
すると、その光景を見て、法十郎は小さく頷き、静かに口を開いた。
「うむ。皆、息災で何よりだ」
その声を聞いて、全員、頭を上げて、静かに席へと着席する。
何というか……これは本当に家族の夕食の場なのかと、疑いたくなる光景だな。
まるで、会社の議会の始まりでも見ているかのような気分になってくるぜ……。
「……今宵は月に一度の親族が集まる晩餐会の日。そして、後継者候補である、五人の孫たちの成果報告を聞く日でもある。……先に、報告会を始めるとしよう」
そう言って祖父は小さく息を吐くと、右側の上座に座る、香恋の兄、樹へと視線を向ける。
「花ノ宮宗助の子息、第一後継者候補、花ノ宮樹。成果報告を」
「はい」
樹は優雅な所作で席を立つと、ニコリと、祖父に対して柔和な笑みを浮かべた。
「私が束ねている花ノ宮家グループ子会社は、変わらず、順調な成長を遂げています。中でも花ノ宮家が所有する自動車メーカーの売上高営業利益率は、先月に比べて2,5パーセントも上がっております。上場企業としてましては、他の追随を許さず、飛ぶ鳥を落とす勢いで快進している様子であるかと。今からお渡しする資料をご確認ください」
そう言って樹は、背後にいる自身のメイドへと視線を向ける。
するとメイドは一礼して、数枚の紙を抱えて、法十郎の元へと歩いて行った。
「ご当主様。こちらが、樹さまの成果報告書でございます」
「うむ」
法十郎は、メイドが持ってきた数枚のプリント用紙を受け取ると、眼鏡を外し、事細かく資料に目を向けていく。
そして、一通り確認し終えた後。祖父はフッと、小さく笑みを浮かべた。
「ほう、流石は我が家の長兄。花ノ宮樹だ。素晴らしい成果だ。褒めてやろう」
「有り難い御言葉です」
「やはり、樹の第一後継者候補としての座は揺るがないな。今後も、我が家の長兄としての責務を忘れずに、励むように」
「はい」
そう言って頭を下げると、樹は静かに席を着く。
次に、法十郎が視線を向けたのは……香恋だった。
「花ノ宮宗助の子息、第二後継者候補、花ノ宮香恋。成果報告を」
「はい」
香恋は席を立ち、凛とした様子で、まっすぐと法十郎を見つめる。
「私が経営している花ノ宮女学院は、今年度、輝かしい原石とも呼べる女優が二人、入学致しました。一人は、みなさまもご存知だとは思いますが……月ドラに出演していた、新進気鋭の若手女優、月代茜。そしてもう一人が、無名の天才女優、如月楓。如月楓の方は、無名にも関わらず、学園主催の市民センターで行われたロミオとジュリエットの舞台で主演を務め、めざましい功績を残しました」
「めざましい功績とは、いったい何のことだ?」
「今からお渡しするこちらの記事の切り抜きを、ご覧ください。……玲奈、お願いできる?」
「畏まりました。お嬢様」
香恋の背後で直利不動で立っていたメイド、玲奈は、その言葉にコクリと頷くと、一枚の用紙を持って法十郎の元へと歩みを進めて行った。
「こちらでございます、ご当主さま」
「うむ。受け取ろう」
その紙に目を通して、法十郎はほうと息を吐く。
「花ノ宮女学院の生徒が、若手の登竜門である雑誌、ゲイノウビジョンに載ったのか。これは何年振りの快挙だろうな。素晴らしいぞ、香恋!」
「ありがとうございます」
香恋は笑みを浮かべて、深く頭を下げる。
そんな香恋に対して、前の方に座る彼女の兄、花ノ宮樹は、嬉しそうに拍手の音を鳴らした。
「凄いな、香恋! 流石は我が妹だ!」
「……ありがとうございます、お兄様」
「やはり、私が講師として雇った、柳沢恭一郎の力が大きかったのではないのかね? ん?」
その言葉に、香恋は一瞬顔を強張らせ、向かいの席に座る愛莉叔母さんは、不快げに小さく舌打ちをした。
「む? 柳沢恭一郎、だと……? いったいどういうことなのだ、樹よ?」
「いや、これは報告が遅れて失礼しました、お爺様。私は、独自の伝手を使って、柳沢恭一郎殿を花ノ宮女学院の講師として雇い入れたのですよ。可愛い妹への手助けのために、ね」
その言葉に、勢いよく席を立ち、過剰に反応する者がいた。
上座付近に座る、杖を持った口ひげを生やした男……叔父、花ノ宮幸太郎だ。
「樹! 貴様、気でも狂ったのか!? 花ノ宮女学院の講師として、柳沢恭一郎を雇い入れるなど……おかしなことだろう!! 彼奴めは、我らが一族に莫大な被害をもたらした賊なのだぞ!? そんな汚らしい男を、我らの土地の上を闊歩させるなど……言語道断!! 後継者として、あるまじき行いだ!!」
「フフフ……叔父さん、柳沢恭一郎が花ノ宮由紀と駆け落ちした事件など、とうに昔の話でしかないのですよ。二十数年前の話など、私たち孫世代には関係のない話です。それに、彼が花ノ宮家に負い目を感じているならば、利用しない手はないでしょう? あの俳優はまごうことなき天才役者。講師として雇い入れるには、十分な理由だと思いますが?」
「き……貴様ぁぁぁぁぁぁぁッッ!! お父さん! こやつは気が狂っているとしか思えません!! 我が娘、アリスこそが、最も相応しい後継者かと……!!」
「落ち着け、幸太郎。確かに、柳沢恭一郎は我が家に牙を向いた、許されない罪人だ。だが……樹の言う通り、利益を優先するのならば、話は別。この家の理念は、どんな手を使ってでも金を手に入れること。ワシは、樹の敵を内側に入れるやり方には好感触を覚える。否定することはしない」
「なっ……!!」
叔父、幸太郎は法十郎のその決定に呆気に取られたように口をパクパクとさせる。
そしてその後、叔父は、樹ではなく……何故かオレに対して鋭い目を向けてきたのであった。
(えぇ……それは流石にとばっちりじゃないスかね、叔父さん……)
確かにオレはあの男の息子ではあるが、両親が駆け落ちした件の責任をこちらに持って来られても困る。
オレ自身は、この家には、何の損害も与えていないのだし。
「それにしても、樹は妹思いのようだな。ライバルである後継者候補の香恋に手を貸すとは……。香恋よ、兄の助力に感謝し、次からは自力で成果を掴めるように精進するのだぞ。分かったな?」
「………はい。頑張りたいと、思います……」
そう言って香恋は、悔しそうに下唇を噛みながら、席へと付いた。
……権力争い、か。どうやら香恋は、今回は兄貴にしてやられたみたいだな。
兄妹間で相争うとか……本当、ドロドロしていて昼ドラでも見ているような気分になってくるぜ。
オレとルリカの平穏な兄妹の暮らしを、こいつらに見せつけてやりたいところだ。
「それでは、次、花ノ宮幸太郎の子息、第三後継者候補、花ノ宮有栖、報告を」
「はぁい。アリスが経営しているアイドル事務所とぉ、アパレル会社はぁ―――――」
そして、次の報告は、先程オレをナンパしてきた……花ノ宮有栖の番となった。
だが、その後の後継者候補たちは、樹と香恋に比べれば、そこまで目立った功績は無い様子だった。
その光景から見て……どうやらこの後継者争いは、樹と香恋の一騎打ちだということが、推測できた。
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「……うむ。これで、後継者候補たちの報告は全て聞き終えたな。皆のもの、ますますの活躍を期待しているぞ」
そう言ってコホンと咳払いをすると、法十郎は、一族全員を見渡し、静かに開口した。
「晩餐会を始める前に、今宵、お前たちに報告せねばならぬことがある」
「報告、ですか? 何でしょうか、お父さん?」
幸太郎のその言葉に、法十郎は頷くと……何故か、オレのことを見つめてきた。
「皆も気になっているであろう。親族一同が集まるこの席に、何故、忌子である柳沢楓馬がいるのかということを」
その瞬間。親族たち全員の、悪意の込められた視線が、オレに降り注いでくる。
その光景に思わずゴクリと唾を飲み込み、額から汗を流していると……テーブルの下で、香恋がギュッと、オレの手を握りしめてきた。
「………大丈夫よ。貴方は一人じゃない。私も愛莉叔母さんも、何があっても貴方の味方だわ」
そうポソリと、小声で呟く香恋。
彼女のその手の温もりが、凛とした変わらない表情が、とても頼もしく感じる。
オレは彼女の横顔に小さく頷きを返し、覚悟を決めて、再び法十郎へと視線を向けた。
「―――――――柳沢楓馬」
「……はい。何でしょうか、ご当主様…‥」
「お主は、恐らく、我ら一族のことを良くは思っていないことだろう。ワシらは今までお主を散々、忌子と呼び、蔑んできたのだからな。今更、親族と思うことはできまい」
「……」
「だが、お主の母、花ノ宮由紀は、ワシにとって愛すべき娘だったというのは事実だ。そして、その愛すべき娘の血を、お主が半分受け継いでいることもまた事実」
そう口にし、法十郎はその深海のような漆黒の目をギラリと輝かせ、オレを凝視すると……驚くべきことを口にした。
「―――――――柳沢楓馬。これからお主を、我が孫として……第6代目花ノ宮家後継者候補として認めよう」
その言葉に、ダイニングホールにいる全ての人間が……唖然とし、ポカンと、呆けたように口を開けてしまったのだった。
第85話を読んでくださって、ありがとうございました。
次回は近いうちに投稿する予定です!
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