第84話 女装男、花ノ宮家当主と再会する。
叔母と花ノ宮樹によって、ドロドロ劇場を見せられた、その後。
オレと香恋は執事に案内され、花ノ宮家のダイニングホールへと辿り着いていた。
「……何というか……すごい部屋だな……」
その部屋は、何といえば良いのか……とても、悪趣味な内装をしていた。
天井からは、ド派手な金色のシャンデリアがぶら下がっており、壁際には、西洋風の鎧甲冑や、剥製の鹿の頭などが飾られている。
端から端まで敷かれている絨毯は血のように赤く、中央に鎮座している巨大な長机、リフェクトリーテーブルの上座の奥には、花ノ宮家の当主である祖父の肖像画が飾られていた。
まったく……何とも、自己主張の激しい家のようだ。
この光景を見るだけで、この家の人間の自己顕示欲の強さがありありと理解できる。
「私たちの席はあそこみたいね」
そう言って、香恋がリフェクトリーテーブルの一番端の席を指で指し示す。
するとそこには、ご丁寧に、オレたちの名前が書かれた名札が並んで置かれていた。
この家で一番地位が低いであろうオレが下座に座るのは分かるが、何故、後継者候補の香恋がこんな端の席に座るんだ……?
そのことに首を傾げていると、こちらの疑問を察したのか。
香恋が、隣から声を掛けてきた。
「言うなれば、私はお目付け役、でしょうね」
「え?」
「花ノ宮家の人間は、貴方のことを家族の一員として認めていないわ。だから、当主に危険が及ばないように、外様の人間は最も端の席に置き――――柳沢くんが変な行動をしないように監視させるために、貴方の飼い主である私と愛莉叔母さんを近くに配置した、って感じかしら。この席の順番は、そういった意図があるのだと思うわ」
「飼い主……オレは犬かよ……」
「まぁ、むしろ、貴方には好都合な席順だと思うわよ。花ノ宮家の人間から忌み嫌われている貴方が、万が一中央の席なんかに付いたら……針の筵状態よ。貴方だって、周囲から暴言吐かれながら食事するのは、流石に嫌でしょう?」
「……そうだな。まだお前と叔母さんと一緒にメシ食っていた方が、百倍マシだ」
そう言って、オレは自分の名札が置かれている席へと座った。
続いて香恋も、オレの隣へと座る。
「ところで、柳沢くんがこの部屋に来たのは……何年ぶりのことなのかしら?」
「五年ぶり、だな。オレが恭一郎に捨てられ、大きな荷物抱えてルリカと共にこの家の門を叩いたのは、10歳のころだった」
「そう……。貴方がこの家の人間から、酷い仕打ちを受けた……あの事件の日以来、ということなのね」
「そういえば、オレが杖でめった打ちにされたあの時、お前もあの場に居たんだっけ。以前、そう言っていたよな?」
「ええ。当時の幼かった私は、ちょうど今、貴方が座っている辺りの机の角付近に隠れていて……血だらけになっていた貴方を、怯えながら、遠くから見つめていたわ」
「そうか……」
目を伏せ、当時を思い返す。
あの時、オレは、花ノ宮家の人間たちから苛烈な暴行を加えられた。
ルリカを背中に庇い、連中からの怒りを一心にその身に受けていた。
『―――――お前の親父が!! 恭一郎が!! 由紀を奪って駆け落ちしたせいで、いったい花ノ宮家がどれだけの損失を被ったと思っているんだ!! この忌子めが!!』
『穢れたネズミの血を引く忌子どもめ!! お前たちには、母親の損失の穴を一生賭けて埋めてもらうぞ!! お前たち兄妹は籠の中の鳥だ!! これからお前たちに一切の自由はない!! 父親の負債をその命をもって返済しろ!! 卑しき簒奪者どもめが!!』
過去、オレを杖で叩いた、叔父……花ノ宮幸太郎の言葉が、頭の中で反響する。
花ノ宮家の人間たちは基本的にオレとルリカを忌子と呼び、蔑んでくる。
それは、財閥の社長と婚約していた母さんを恭一郎が奪って、駆け落ちしてしまったことに起因する。
恭一郎が母さんと駆け落ちしてしまったせいで、花ノ宮家は、婚姻関係を結んでいた財閥との関係が悪化してしまい、大きな損失が産まれてしまったそうだ。
だから、オレとルリカは……母方の親族たちに深い憎悪を抱かれている。
政略結婚なんて時代錯誤なこと言わないで、恋愛結婚くらい許してやれよ、と、言いたいところだが……そんな普通の理屈が、この家の連中に通じることはけっしてない。
花ノ宮家の人間にとっては『金』が全てなのだ。
家の利益に繋がることがまず第一であり、人の感情など一切考慮しない。
言うなればこの家の人間は、人の情を忘れた金の亡者そのもの……と言って良いだろう。
「……あれれぇ? 香恋さぁんじゃあ、ないですかぁ」
その時、二つ奥の席に座った巻き髪ツインテールの少女が、そう、隣に座る香恋へと声を掛けてきた。
そんな彼女の姿に、香恋はあからさまに眉間に皺を寄せる。
「………まさか、貴方が私の隣の席になるとはね……。ついていないわ」
「何でそんな酷いことを言うんですかぁ? アリス、香恋さんのこと別に嫌いじゃないのにぃ」
そう言ってウルウルと瞳を潤ませる、アリスと名乗る少女。
知らない顔だが……この少女も、花ノ宮家の人間なのだろうか。
首を傾げながらツインテールの少女の顔をジッと見つめていると、こちらの視線に気が付いたのか。
彼女はニコリと微笑み、オレに笑顔を向けてきた。
「あれぇ? その人、誰ですかぁ? あっ、もしかして、香恋さんの彼氏さん、とかですかぁ? わぁお、おめでとぉうございますぅ~」
「……はぁ。彼氏じゃないわよ。彼は――――」
「でもでも、うちの学校でぇ、アリスを好きだって言ってくれている男の子の方がぁ、何倍もかっこいいですよぉう? 香恋さん程度だったらぁ、やっぱり、あんまりかっこいい男の子は寄って来な……」
そう言って途中で言葉を止めると、アリスは無表情でオレの顔をジッと見つめ始める。
そして、ぽそりと、小さく呟いた。
「…………は? レベル高すぎじゃね?」
「え?」
……ん? 何だ、今の声?
さっきまでの甘ったるい声とは全然違うドスの効いた声が、彼女から聴こえてきたんだが……? 空耳か?
その豹変ぶりに困惑していると、アリスは先程までの可愛らしい笑みを浮かべ、再度、口を開く。
「堅物の香恋さんにしては、随分と、かっこいい彼氏さんですねぇ~。羨ましいですぅ~」
「……はぁ。だから、その人は別に、私の彼氏というわけではな――――」
「あのぉ、私ぃ、花ノ宮有栖という者ですぅ。よろしくお願いしますねぇ」
そう言って彼女は席を立つと、オレの背後へと周り……その豊満な胸を、オレの肩へと押し付けてきた。
「ちょ、は? え、何!?」
動揺の声を漏らすオレを無視して、有栖はオレの手をギュッと握り、耳元に、熱い吐息をかけてくる。
「……アリスぅ、人のものって、奪いたくなっちゃうんだぁ。どうかなぁ、彼氏さぁん? 香恋さんから乗り換えて、アリスにしない? アリス、こんなかっこいい男の人、初めて見ちゃってぇ、胸のドキドキが止まらないの。ねぇ? 聴こえるでしょぉう? 胸の音ぉ……」
「いや、あの、当たってる! 背中にでかいの当たってるから!!」
やべーぞ、この女……肉食系すぎて、童貞のオレには大分刺激が強すぎるんだが!!
アリスの胸の感触に顔を真っ赤にさせていると、隣の席に座っていた香恋が、呆れたようにこちらにジト目を向けてきた。
「………相変わらずモテモテね、柳沢くん。貴方には、女子を誘惑するフェロモンか何かでも出ているのかしらね」
「へぇ、君、柳沢くんって言うんだぁ~。……ん? 柳沢……?」
そう言ってアリスは一旦オレから離れると、キョトンとした顔で首を傾げる。
「もしかして、貴方……柳沢恭一郎の息子の、柳沢楓馬……?」
「は、はい。そうですが……」
そう答えると、アリスはあからさまに大きなため息を吐く。
「…………なんだ、例の忌子か。じゃあ、手は出せないな」
「へ?」
「何でもなぁい。ごめんねぇ、私ぃ、貴方とは仲良くお喋りできないのぉ。貴方とお話しているところ見られたら、パパに怒られちゃうからぁ。それじゃあね~バイバイ~」
そう言って、アリスは自分の席へと戻って行った。
その突然の様子の変化に目をパチクリとさせて驚いていると、隣から香恋が身を乗り出し、オレの耳元に小声で話しかけてくる。
「……彼女は、花ノ宮有栖。私と貴方の従姉妹に当たる存在よ。父親は……花ノ宮幸太郎。子供の頃の貴方を……杖で叩いた男よ」
「なるほど、な……」
叔父は、親族の中でもオレを最も毛嫌いしていた。
だから、その娘が、オレの名前を聞いて態度を一変させたのも、当然のことと言えるだろう。
「しかし……花ノ宮家の人間はどいつもこいつも、キャラが濃いな……」
しかも、胃もたれしそうな感じの、面倒臭そうなタイプが勢ぞろいだ。
こんな連中の血を、自分とルリカが少しでも受け継いでいる事実を考えると、何だか変な気分になってくるな。
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その後、ダイニングホールにはぞくぞくと花ノ宮家の親族たちが集まって行った。
室内に入るや否や、皆、オレの姿を確認し、表情を強張らせる。
そして決まって、近くにいる親族たちとヒソヒソと、こちらを見つめながら陰口大会をし始める。
まぁ、オレがこの家の敷居を跨げば、こうなることは分かってはいたとはいえ……当然、気分は良くないな。
面と向かって言われるのも疲れるが、遠くからこちらを奇異の目で見つめられるのも、なかなかに応えるものだ。
「………クスクス。随分と居心地が悪そうねぇ、ドブネズミ」
向かいの席に座った愛莉叔母さんが、そう、オレに対して嘲笑の声を向けてくる。
オレはそんな彼女に対して、引き攣った笑みを返した。
(……まぁ、付き合いが長い分、この人から向けられる嫌味の方が、数倍はマシといえるかな)
他の叔父叔母は怒らせれば手が出てくる可能性があるが、愛莉叔母さんは不思議と、オレとルリカに対しては今まで一度も暴力は振ってこなかった。
たまにオレに土下座を強要してくる時はあるが……まぁその点を除けば、彼女は、割と会話が通じる部類の人間ではある。
今のところ、オレが知っている花ノ宮家の親族の中では、この人はかなりまともなタイプであるといえるだろう。
―――――とはいっても………一番まともそうなのは、間違いなく今隣にいる、香恋だと思うんだけどな。
「………」
チラリと、隣に座る香恋の横顔を見つめてみる。
その様子に、特に、変化は見られない。
いつものように凛とした表情で、彼女は、周囲の光景を静かに眺めていた。
――――――そして、数十分後。
ダイニングホールの席は全て埋まり、親族一同全員が晩餐会の席へと付いた。
皆、先ほどまでの喧騒が嘘かのように、静かに口を噤んでいる。
何というか、会場内に緊張感が漂っているような……そんな気配が感じられた。
「……うむ。全員揃っておるな」
その時。ダイニングホールの扉が開き、車椅子に乗った老人が室内に姿を現す。
メイドに車椅子を押されて、室内に現れたその老人は……五年前に一度顔を合わせたきりだった、花ノ宮家当主である祖父、花ノ宮法十郎だった。
みなさま、第84話を読んでくださってありがとうございました。
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