第86話 女装男、後継者候補になる。
「―――――――柳沢楓馬。これからお主を、我が孫として……第6代目花ノ宮家後継者候補として認めよう」
その言葉に、ダイニングホールにいる全ての人間が……唖然とし、ポカンと、呆けたように口を開けてしまったのだった。
驚き、声を失った全員の様子に法十郎はふむと頷くと、続けて再度、口を開いた。
「柳沢楓馬。お主には、父、柳沢恭一郎がこの家に与えた損害を返済する責務がある。違うかの?」
「そ、損害……ですか?」
「そうだ。由紀が南沢財閥との婚約破棄で産まれた負債は、おおよそ、四億六千万。お主の父は、この花ノ宮家に五億近い甚大な損失を与えたのだ。そうして、その損失と引き換えに産まれたのが……お前だ、柳沢楓馬」
法十郎はそう口にすると、ギロリと、深淵を見ているかのような深い漆黒の瞳でオレを睨みつけてくる。
オレはゴクリと唾を飲み込むと、その瞳を真っ向から見つめ、静かに開口した。
「父の負債を返済する義務が私には、ある、と……その件については理解しました。ですが、私を後継者候補にする件と、そのお話は、いったいどういう関係があるのでしょうか……?」
「クククッ……。何、簡単な話だ。これは、お前がこの世に産まれてしまった負債を、自身の生の責任を、自分の手でもって返済してみせろ、という話にすぎない。この家に五億の利益を与えてみせたのなら、ワシはお主を、次代の後継者候補として認めよう。そんな大金を産み出せる人間であれば、忌子だろうとも、当主の座に付けてやる。私情によって当主の座に付けないほど、ワシは愚かではないからな。全ては、この家のため……金のためだ」
「………」
「無論、この誘いを断り、後継者の座から降りるのは自由だ。だが……その時は、貴様の妹に未来はないと思え」
「え……?」
「ククッ、まさか、未だにこのワシから逃げられるだなんて、そんな甘い考えを抱いていたのではないだろうな、柳沢楓馬。由紀を逃がした時のように、二度も同じ失敗を侵すほど、ワシは愚鈍ではないぞ」
そう言って法十郎は、ポケットの中からいくつかの機材を取り出し、それを机の上へと叩きつけた。
そして、目を細めて……オレへと邪悪な笑みを向けてくる。
「これは、盗聴器と監視カメラだ。お主ら兄妹の生活はこの家に来てから始終、監視させてもらっていた」
「なッ――――――」
「な……んですって!?」
オレが驚いたのと同時に、香恋が机を叩き、自身の祖父へと驚嘆の顔を向ける。
そんな香恋の様子に法十郎はフッと鼻を鳴らすと、机の上で手を組み、目を伏せた。
「安心すると良い、香恋。お主たちの秘密は誰にも話していない。ワシはどの候補者にも肩入れをするつもりはないからな。学院の利益を産むためならば、存分に、好きにやれば良い」
法十郎は……オレが花ノ宮女学院で女装して、如月楓として女優活動をしていることを……知っていた、というのか……!?
知っていて、この爺さんは、黙っていたのか……!?
まるで、全てこの老人の手のひらの上で踊らされていたような、そんな不気味な気配がする。
困惑するオレと香恋を無視して、法十郎は続けて口を開く。
「………そう、お主たちを監視して、ワシは、柳沢楓馬が利用価値のある人間であることを理解したのだ。ワシの血を引いており、金を産む可能性のある人材であれば、ワシは忌子であろうとも平等に後継者として迎い入れよう。クク、クククッ」
そう言って、老人は、オレと香恋に嘲笑の笑い声を向けてくる。
……オレは、花ノ宮家を……いや、この老人を、甘く見ていたのかもしれない。
オレは高校を卒業したら、ルリカと共にこの家から逃げて、海外にでも逃亡するつもりでいた。
父と母が逃げられたのだから、オレと妹も逃げることができるだろうと、そう思っていた。
だが………この男が存命中は、恐らく、絶対に逃げることはできないだろう。
オレは、花ノ宮法十郎という男の姿を見て、そう、確信を抱いてしまった。
「お、お父さん!? や、柳沢楓馬を後継者候補に据えるとは、しょ、正気なのですか!?」
叔父はハッと我に返ると、血相を掻いた様子で席を立ち、法十郎にそう叫び詰め寄って行く。
だが法十郎はそんな息子の姿に意にも返さない様子で、ただジッと、オレと香恋を見つめていた。
「……幸太郎。ワシはな、お前も含めて、息子たちにはほとほと呆れ果てていたのだよ」
「は?」
「ワシの息子だというのに、どいつもこいつも、人の目をしている、凡百なる者ばかり。羊を働かせ、金を稼ぐことなど、羊飼いであれば誰だってできることだ。だが……ワシが欲しているのは、ワシのように、人を飼う、人飼いだ。人飼いは、自分以外の他者など道端の石ころにしか見ていない。心を殺した怪物のような人間にしか、人飼いは務まらないのだよ」
「何を……何を言っているのですか? お父さん……?」
「ワシは五年前、この家に世話になりたいとやってきた、ある小僧の目を見た。その小僧は、杖で叩かれようが、罵詈雑言の暴言を吐かれようが、一切、気にも留めていなかった。その小僧にとっては、周りの人間など、ただの獣にしか見えていなかったのだろうよ。ククッ、まさに、傲慢なる怪物よ。ワシの因子が少しでもその小僧の血に残っていると、その時に感じ取ったわい」
何だ……このジジイ。言っている意味が、マジで分からない……。クスリでもやってんのか?
「……目…」
何故か愛莉叔母さんが、向かいの席からオレを睨みつけるようにして鋭い眼光を向けてくる。
その視線に顔を向けると、何故か彼女はそっぽを向くようにして法十郎の方へと視線を向けたのだった。
「ということで、ワシは、柳沢楓馬を第6代後継者候補として、認めることとする。良いな? 皆の者?」
どう見ても、親族たちは認めたくない様子だったが……当主である祖父の言葉に異を唱える者はおらず。
皆、ただ押し黙って、オレの顔を睨みつけてくるだけだった。
「うむ。反対もないということで、柳沢楓馬には今日よりこの花ノ宮家の一員となってもらう。だが、何の実績もない楓馬を、そのまま後継者という飾りを付けて世に放つのも、我が花ノ宮家の名に傷が付くというもの。楓馬には、後ろ盾が必要だ」
「……後ろ、盾……?」
「本来であれば、お主には、フランスの旧家、シャストラール家の令嬢との婚約がなされていた。だが、シャストラール家の令嬢は何故か、この婚儀に乗り気ではないようでな。だから、新たな名家の婚約者を、楓馬には用意しなければならないだろう」
「………こ、婚約者……!?」
「あぁ。その内、こちらでそれなりの格のある家の人間を用意するとしよう。では……ワシからの報告は以上だ。晩餐会を始めよう。皆の者、存分に今宵の食事を味わうが良い」
そう口にすると、法十郎は手を鳴らして、晩餐会の始まりを告げる。
だが……誰も、突然のオレの候補者入りに困惑しているだけで、目の前の食事に手を出す者は一人もいなかった。
無論、事の問題であるオレも、意味が分からずに呆然とし、混乱してしまっていた。
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午後八時半。
晩餐会はお開きとなり、オレは周囲の陰口から逃げるようにして、人気の無いバルコニーへと出ていた。
空には三日月が浮かんでおり、周囲からは夏の到来を告げるような、虫たちの鳴き声が聴こえてくる。
涼し気な夜風は、色々あって混乱している頭を冷やすには、丁度いい塩梅だった。
「……まったく。予想外のことばかり起こったわね」
背後に視線を向けると、そこには、香恋の姿があった。
彼女は手すりに寄り掛かるオレの隣に立つと、同じようにして月を眺め出す。
「お爺様は、貴方に役者の才能があることが分かって、後継者候補として認めたのでしょうね。はぁ……。財閥の次期当主を決める戦いに、役者を参加させるなんて……気が狂っているとしか思いようがないわ」
「どう見ても気が狂っているだろ、あの爺さんは。むしろ、オレを候補者に据えて、遊んでいるように見られるぜ? あれは、人をオモチャにして遊ぶ、生粋のサディストと見た」
「………それで、どうするの? 五億稼いで、花ノ宮家の当主を目指すの? そうなったら、私と貴方は敵同士になるわね。私、敵には容赦しないわよ?」
「目指すわけねぇだろ! ただの高校生に五億なんて稼げるか! オレは、前に言った通り……当主にはお前になって欲しいと考えているよ。お前が当主になれば、オレとルリカの安全が保障される。オレにとって、それ以外に望むことはない」
「……………つまらないわねぇ。そこは、当主目指して下剋上くらい狙ってみなさいよ。みんなから嫌われる忌子が、トップに踊り立つだなんて……とても面白そうじゃない?」
「あー、お前もあのジジイと一緒でサディストなんだったわー。もうやだこの家。ドSしかいない……」
そう言ってシクシクと泣いていると、香恋が月を見つめながら、ポソリと呟く。
「……これから貴方がどう生きるのか。それは、私には分からないけれど……。けっして、後悔しないように生きなさいよ」
「はぁ? いきなりなんだよ?」
「きっと、私と一緒に花ノ宮家の当主を目指す道を歩めば、貴方は後悔することになる。私は、そういう女だから。花ノ宮香恋という人間は、周りの人を、不幸にしてしまうのよ」
「自分に協力しろって言っておいて、如月楓という偽りの女優を作った癖に、今更何言ってんだよ? もう、オレとしては、お前に当主になってもらえなければお先真っ暗闇なんだが? あの爺さん、地獄の果てまで追ってくるぞ、きっと……」
「………私に協力するのは構わない。ただ、状況が変わってしまったのよ。私は、元から貴方を花ノ宮家に深く関わらせるつもりは無かった。如月楓として、高校三年間を鮮やかに彩るだけの、花になってもらうつもりだった」
そう言って香恋はオレの目をまっすぐと見つめると―――悲し気に、微笑んだ。
「ごめんなさい、柳沢くん。貴方はこれ以上、こちら側に踏み込んで来ないで」
「え…?」
「花ノ宮家のことは私が何とかするから。貴方は、如月楓として、女優活動に励みなさい。そして、願わくば、柳沢楓馬として、もう一度―――――」
そう、何かを言いかけた香恋は、頭を横に振った。
そして彼女は、何も言わずに、そのまま……バルコニーから去って行った。
次章から、個別ルートで物語を進められたら良いなと、考えています。(もしかしたら、変更するかもしれませんが……!)
第86話を読んでくださって、ありがとうございました。
最近のこの花ノ宮家編は、面白くないんじゃないかと、とても不安でしたが……何とか、終わらせることができました!!
これも、読んでくださったみなさまのおかげです!
ありがとうございます!
最初は、穂乃果ルートで進めて行こうと考えていますが、みなさんが一番見たいヒロインのルートは、ありますでしょうか?
ありましたら、コメントで貰えると、嬉しいです!




