暗殺者②
「ありがとうございますぅ…」
あれから、何度かゾンビに絡まれては助けられるを繰り返し、当初合った殺意はどこかにやったのか、純粋に礼を言ってくる女暗殺者。
「あ、私はエリ…あっえっと、アサシンちゃんとお呼びください」
呼ばねえよ。なんだその呼び名。というか本名?明かしかけたぞこの暗殺者。などとつっこむ気にもならず、ため息をつくクェード。
「それで、アサシンちゃんさん、なんでうちの師匠の命狙ってたんですか?」
横から、アムが質問を投げる。なんだその呼び名。
「ええとそれはア…あっ だめですだめ! 依頼者とか依頼内容を明かすわけないじゃないですか!」
依頼者を明かしかけたぞこの暗殺者。何度目か、目の前の女暗殺者を半眼で睨むクェード。その目つきに思わず悲鳴を上げ、恐怖に震える彼女に、暗殺者にすら怖がられんのか、と自分の面の悪さに自虐が沸くも。
「あっあ…お礼としてこの身を差し出せ的な…!?」
「そういうのはこれ以上増えて欲しくねえかな」腐汁まみれた自分の身体をかばい、警戒する彼女にそう呟き、それに苦笑するアムを軽く蹴ってゾンビの対処を促す。
「恩着せがましくするつもりはねえ。ただ俺の命狙ってんならゾンビの制御ぐらいできるようになってからこいよ、アサシンちゃんさん」
こちらも、迫ってきたゾンビに蹴りを入れて対処する。彼女はその言葉よりも、自分に付着したゾンビの体液をなんとかしようと奮戦していた。先ほど使っていたハンカチはもう使い物にならないぐらい汚れているようだ。お気に入りだったのになんて呟いたりもしている。
「湧き、踊れ、水の、奔流」
ため息と同時に呪文を口から吐き、現状に対し集中を欠いている彼女と、それにまたもや迫るゾンビに対し、魔術で放水を行う。
「あばばばば」
水を顔にぶつけられ苦しむ女暗殺者と、水の勢いで転倒するゾンビたち。
「これで多少は洗い流せただろ」
若干嘲りながら、言葉をかける。我ながら性格が悪い、などと考えたりもするが、相手は一応敵である。敵のはずだ。
「た、助かりますう」
素直か。冷や水をかけられたことよりも、ゾンビの腐汁を洗い流したことに感謝を述べる、自分を殺しに来たはずの暗殺者の女に何度目かの呆れ顔を見せる。
「本当にあんた暗殺者かよ。なあ、アサシンちゃんさん」
そんな皮肉の言葉を投げたりもするが、彼女は言葉を返さない。というか。
「…あっ 私? あっそうだった! アサシンちゃん…私!」
「自分の名乗った偽名ぐらい覚えとけよ!?」
思わず大声でつっこみを入れるクェードであった。
「私もぅ、天職は司書だと思ってるんですけどねえ…本好きですし。 休日はずっと本読んでるんですよぉ。 でも家業がこれでえ…王都の図書館に内定もらったのでそっちに就こうとしたら親に最後でいいからってえ この依頼を…」
墓地に座りながら身の上を話し始める彼女と、同じく疲弊で休憩がてら、座って話を聞くアム。
おい、暗殺者。それだと図書館行けば会えるぞ暗殺者。話していいのか暗殺者。そんな言葉を飲み込みながら、大分数の減ったゾンビの残りを蹴り倒す。アムの修行にはスタミナ関連も加える必要があるなと、メニューを考える余裕すらできていた。
「でもよく親を説得できましたねー」
暗殺家業の身の上話を聞いているアムが腕を組みながら話を促す。なにか思うところでもあるのかね、とやたら整った顔の彼の家庭を想像する。特に興味もなかったので聞く機会を失っていたが。
「苦労しましたよー。 兄がすでに継いでるので、なんとか。 後継者の兄に何かあったときのためにも私も稼業にしておけ、みたいなポジションなんですけどね。 お貴族様の政敵とか、お嬢様につく悪い虫を秘密裏にあれやこれやするのがメインで割と由緒正しい家系で。 一応表向き貴族の位も得てますし、下級貴族ですけど。 あっ詳しくは言えませんよやだなーもうあははは」
もうほとんど詳しく言ってんだが。と思うが、彼女の軽い口を止める意味よりも話を聞く方が都合がいいので言葉には出さない。しかし…
貴族付きの暗殺者。お嬢様につく、悪い虫。どことなく、その意味を反芻する。何か…つい最近、そんな話があったような。例えば、自分に言い寄る同行者の領主令嬢とか。
「あ、そういえばアリシアお嬢様が見えませんけど何処へ」
「あの父親の差し金じゃねえかッ!?」
無意識に答えを差し出す彼女。アリシアの父親、あの自分に対し殺意満々に襲いかかってきた領主の顔を思いだし、叫ぶのであった。
術補足
奔流
呪文魔術。空気中の水分を集め、または水を生み出し放水する。集落にこれを使える術士がいると農業や開拓に便利。




