目的
歓声の先。
王都の城下大通りに面した酒場の3階から階下の外を眺める。サウマ協会支部長に労いを兼ねてと、現状の確認のため誘われたのだ。
窓の外では日が落ちかけたこの時間、人通りの多さを狙ったものか。騒がしくそれが闊歩していた。
なんでも、近々ある祭りの告知を兼ねて大々的に繰り返しているらしい。ビラを撒きながら軽装の兵士たちと楽士が喧しく練り歩いていた。
「しかし君も簡単に信じたものだね」
サウマの言葉に何が、と問いかけるも、すぐさま理解して返す。
この目の前で飲んでいる男が王都協会支部長であるという証明は言葉以外では一度もされていない。
だが、自分の名と身分、師のことを知っている術士なら限られるし何よりも、“どうでも良かった“からだ。
「別に、あんたが騙りでも良かったからな。巻き添えを避けるならあの術を使う以外にない」
支部長を名乗る男に騙されたという名目で情状酌量を狙うさ、と返す。
「リスクに立てなくなるほどの術を使ってかね。それが私の狙いなら暗殺も拉致も簡単に出来たな。襲撃者が君を無力化するのは案外簡単かもしれないな」
やけに突っかかってくる男を軽く睨む。
「街を巻き込むなつったのを守ってそこまで言われるか」
「もう少し賢いとは思っていたさ」
それは立ち回りか、それとも術の未熟さを言っているのか。
不毛な言い合いだ。この食事が奢りじゃなければさっさと襲撃者探しに戻っていたかもしれない。そう思いながらクェードはテーブルに置かれた肉料理をつまむ。
「…あんたは襲撃者について何か分かってるのか?」
肩をすくめ、否定のジェスチャーを返してくるサウマ。
「ただ、最近治安が悪化していてね。お陰で支部長である私すら戦闘経験者として駆り出される始末さ」
あの興行が治安の悪化の一因を買ってんじゃねえのか、なんて悪態も吐きかけるが、黙る。先の試験興行の観客の民度を思い出しながら。
「魔物が出るのは稀だが、そうか2回も襲われたか」
宿と、裏通りの2回のことか。その言葉には特には答えない。試験での大熊の暴走は不自然だが証拠もなく、推測でしかないからだ。それをその責任者に問うてもかわされるだけだろう。
治安の悪化というが、理由はあるのか?そんなことを聞いてみる。自分の襲撃とは関係は薄いだろうが。今はどんなものでも情報は仕入れるべきだろう。それぐらい襲撃者についての手がかりがない。
「それこそ、あれさ」
目下で行われる官憲によるビラ配りに目をやる。
「うちの国のクソ…いやバカ…放蕩…いやよそう。どこで聞かれてるかわからないからね。…うちの国の、第一王子の誕生日で警備のバランスが崩れているわけさ」
なるほど。クェードは納得する。この優男から反吐がでかけるほどの逸材、その王子とやらが暗殺を恐れ、しかし生誕祭を地味にする選択肢はなく、人目を増やすという意味での臨時の警備はともかく、王室警備をそんな輩で増やすわけにもいかず。警護の熟練、経験者は中央に集中され、質の悪い警備は他に回される。しかも今回は王の年齢的にも即位が近いだろうとされ、さらに広く大きな祭りにするつもりらしく、余計な負担が街の治安に陰をさしたというわけだ。
それだけ聞いてもタチが悪さを感じるが、よっぽどなのだろう。ただ祭りで警備が厳重になる以上の不満を抱えてる様子だった。
ただそれは為政者の周りや立場のある人間が頭を抱えてるだけで飲食業や商人には祭はありがたいのか、酒場は賑わいを見せている。
「そりゃあ、祭りの記念でこの時期は酒税免除だからね。安く飲めるとクズどもには好評さ」
おいおい、と呆れる。意外と口の悪いサウマにも、何も考えてなさそうな政策にも。酒税って結構な規模の税収だろう。それを期間限定とはいえ無税にしてその皺寄せはどこにいくのか。この国に住んでいるわけではないクェードにはあまり関係ないが、それもよくない。外国人にしか手放しに褒められないのだ。皺寄せで他の税金を上げられて困るのはこの国の民。
「案外、王室に何かしようとしてるやつが俺の存在を邪魔に感じているのかね」
考えもなく、口から漏れる言葉。
はは、随分と大きく出たな。そこまで自分を高く見積もるか、とサウマは笑うが、目は据わっていた。
伝書士、クェード・フレアス。彼が心当たりのある、恨まれる理由。表では無名な彼の名前を知るもの。先の宿への襲撃で姿を一才見せずに消えてみせた技。
「魔族か…」
世界の裏側に住まうもの。魔王の臣下たち。世界最強の精神生命。生者の恐怖と欲を喰らう者。
恨まれる理由に心当たりは?とサウマが問いかける。
「数えきれねえよ」
何分伝書士が運ぶ魔術成果物は魔族に取っても利となるものも多く、狙われることがあるし、術士が魔族に関わりを持ったり、こともあろうにクェードを生贄や実験に使おうとしてきたやつもいた。それらを一人残らず倒してきたから自分はここに在り、また命を狙われる理由にもなる。巻き込むのを避けるとなると戦い辛い相手を差し向けてくるのも、クェードの戦い方をある程度知ってると思われる。
しかし、魔族がこの国に何を企むのか。
魔族は生者の恐怖や欲を食う。精神世界に存在する彼らは生者の放つこの生気を好んで受け、力に変える。この国の王子が強欲や色欲を見せるならおあつらえ向きだし、平民であるクェードにはその即位を止めることは不可能。そもそもクェードはこの国に義理もない。
なら魔族の目的は。
…恐怖か?
その考えに至り、この国を恐怖させるものが王子の即位ではないかとも思うのであった。




