必殺
サウマ・ロップス、術士協会支部長を名乗る男は手際よく、手に持った杖で霧の狼たちを討ち倒す。
「この杖には呪紋が仕込んであってね」
精神生命を直接殴ることのできる杖。便利なもんがあるんだなと感心するも、殴打だけでは仕留めきれないのか、狼の数が減ることはなかった。一方でクェードは取れる手段を駆けつけた助っ人に制され対応にこまねいている。確かにこの街の人間、それも協会の重役なら破壊を伴う術は止めるか。
「安心したまえ、伝書士。術士協会が"許可"しよう。習得しているのだろう? 使うといい、"賢者"の弟子よ」
「あんたは」どこまで知っているのかと言いかけ、止める。協会支部長なら当然知っているか。クェードは権力構造には疎いが、全世界の術士を統制する機関の王都支部の長だ。"術士の祖"のことは知っているだろう。
その物言いには若干反骨心が芽生えるも、内心の舌打ちに抑え、剣を抜いて、唱える。
「…破刃王よ、その力を我が剣に」
それを唱えた瞬間、がくん、と空気が震えるのを感じる。恐震現象、と呼ばれるものだ。魔力格差。あまりにも自己と違いすぎる魔力に対して、本能的に恐怖を覚え、時に嘔吐、心臓麻痺。最悪死にも至る生理現象。その凶悪な魔力が、魔術を付与した剣から発せられる。
魔導魔術。高等呪文魔術の分類。世界の裏側に潜み住む悪魔…魔族の力を借り受ける"最低な手段"。これが、法術を不得手とするクェードの、精神生命に対する奥の手であった。
「破刃剣」
術が完成を見せ、クェードの剣が淡い、青い光を纏う。見た目が大きく変わるわけではないが、その力を察知したのか狼たちが警戒心を強め、距離を空ける。だが。無駄だ。
クェードが、剣を狼に向かって振るうと、攻撃は完了した。空間、距離を無視して狙った対象に必殺の剣撃を与える、"魔王の力を借りた術"だ。生命の在り方に差別なく、絶命たらしめんその攻撃を受けた静狼は苦悶の表情を浮かべかき消え、今度の霧散はそのまま虚無へと変わっていく。先のサウマによる殴打を受けて動きの止まっていた狼にも致命の一撃を与え、倒していく。防御や在り方すら無視する必殺の剣。これは準禁呪指定を受け、使用には協会による許可を要する術である。その問答無用な殺傷力も理由の一つだが、魔王の力を借り受けるという点が不都合なのだ。
その時が訪れるまで猶予がないため、若干の焦りを感じるも、流石の威力である。次々と狼どもを絶命させ、1匹残らず片付ける。そして。
「…っ!」クェードの体が悲鳴を上げる。自らの剣による恐震と、術の発動による魔力消耗が重なり、足が脱力し、腰を落とす。必殺の技ではあるが、協会の許可なく使うことが許されず、また使用後に疲弊のリスクが伴う。襲撃がどのように行われるかまだはっきりしてない中、追撃を許すこの状況はまずいが。そんな様子のクェードにサウマは手をかざして呪文を唱える。それは治癒の法術であった。完全とは言い難いも、疲弊が緩和され立ち上がる力を回復したクェードは一応の礼を述べる。
「いやいやしかし、治安の悪化もここまで来たかね」
今までクェードがしてきたように彼もまた、ため息を吐く。
王都に着いた時点、あるいは伝書物の依頼を受けた時にすでに始まっていたのかもしれないが。伝書士クェード・フレアスへの再三にわたる襲撃。後に"巨狼事件"と称されるものの、その一端であった。
術補足
破刃剣
魔導魔術。魔王・破刃王の力を借り、得物にその魔力を付与する。振るえば狙った対象のみを距離や堅さを無視して切断できるが、数秒後術者の魔力と体力を奪い効果が切れるためリスクの大きい術。




