2回目の襲撃
協会による宿泊先の手配は迅速だった。先の騒ぎへの負い目もあるのだろうが、一介の伝書士に警備の行き届いた協会専用の宿が借りられるのは僥倖だ。しっかりとした石造りの建物に呪紋により結界が張られている。クェード自身はそれらの術を得意としないし、どういうものかまではわからないが。どうやら隠匿封じの結界で、姿を隠す術の発動を阻害するようだ。これなら姿を隠しての襲撃はできない。用意された部屋は二つ。クェード師弟と、女性の同行者アリシアのためのものだろう。内装は共通で、整っておりその場で生活できる最低限の設備も部屋の中にあった。これは保護を目的として外出を避けるという意味が強い。見た目の煌びやかさはないもののホテルといって差し支えないものだ。その二つを当然のことのようにクェード夫妻と奉公人アムそれぞれの部屋と解釈したアリシアが男部屋に付いて入ってくる。
「ささ、アムは隣の部屋に」
呆れ顔のアムの背中を押して追い出そうとするのを半目で眺めながらため息をつく。
「言っとくが俺はここには泊まらないぞ」
その言葉に疑問の眼差しを向けてくる二人。あくまで相手の目的が自分なら、より安全に二人を保護するためにもクェードは他の場所にいた方がいい。二人を人質をとるという可能性もあったがここの警備を突破して襲撃を目論める相手なら同じことだろう。そうでないことを願い、自分はより狙われやすい場所で迎え撃つ。
そういう事情を説明するも納得していないアリシアを宥める。こういうことはあまり言いたくないのだが。
「…早く帰れたら、おとなしく待ってた方の部屋に泊まるから」
寝所を一人で独占したいアムの方はさして興味を持ってなかったが、アリシアの方というと言質を取ったからかテンションも高めに絶対ですわよと確認を繰り返す。
早く帰れたらな。警戒された状況での襲撃のセオリーといえば日の出の直前だが。深い夜が明け、その日一番の日の明かりを受ける、もう今日という夜は終わり、新しい日を迎える。それはもっとも油断を誘うタイミング。有名な歴史上の奇襲もそうやって行われたと聞く。
そうやって帰りが朝以降になれば二人を買い出しを名目に追い出して寝床につくつもりだ。もっとも襲撃があるとも、明朝とも限らないが。
アリシアを落ち着かせ、宿の外に出た頃には日が落ちかけ、街は夕暮れに染まっていた。とりあえず人の目が減る深夜まで酒場なりで時間を潰すか。と思案しながら、襲撃を誘うようにわざと人通りの少ない道を通ったりするが露骨すぎたか、新たな襲撃は来ない。
徒労か。そんなことも頭に浮かぶが、これも油断の一つになるだろうと考えを振り払う。
そもそも、自分を狙う理由。心当たりはある。相手に関しては思い至らない。クェード、という名を知るもの。恨み、或いは警戒。”邪魔者”という理由。わざとらしく竜牙兵を差し向けてきた。
伝書士。よくつけた名前だ。術士協会所属の配達員。その役割は術研究成果物や資料、触媒の協会間、或いは協会と個人への融通。そして。
クェードが歩く、裏通り。影も多く、死角も多い。そこに、それが沸き上がる。先の、竜牙兵のように。
(早いな…そうまでしてこの街から追い出したいと見える…が)
霧と共に現れた狼が6体。クェードに向かって音無く威嚇しながら距離を図ってくる。"静狼"という魔物だ。霧の体を持ち、音無く獲物に襲いかかる厄介な狼。襲いかかってきた一体を蹴り飛ばすが、霧らしく"霧散"し、体を再構成して立ち上がる。
精神生命。そう分類される魔物。代表と言えば幽霊か。物理的な攻撃は効かず、逆に物理を伴って生物の精神体へ攻撃してくる不公平なヤツだ。魔術の効力によっては魔力が通り、殺傷たらしめるものもあるが。
(面倒くせえ相手だ)
だが、今回の襲撃場所や状況はクェードに取って都合が良かった。自分がこういった類いの、精神生命に対抗出来る術はそれなりに周囲に対し破壊を伴うものが多い。宿の中で使うと被害が大きくなるし、アムやアリシアを巻き込みかねない。もっとも、取れる手段の中には騒ぎを作らず穏便に済ませられるものもあったが、それらは極力使用や、人目を避けたいものであった。クェード自身出会って数日しか経ってない二人に対し、そこまで気を許していない。
「魔にて散らせ 大いなる砲火」
威嚇段階であることにつけいり、早々に片付けるために呪文を唱える。アムの目がないことが幸いだ。この術はとにかく派手に破壊を伴う。裏通りの、家屋が少々巻き添えになることは心苦しいが、自分の命を天秤にかけては背に腹はかえられない。
古代呪文であり、これが使える術士ははごく僅か。あの師の元で学んだ必殺の呪文。その詠唱を終えようとしているクェードに向かって、声がかかる。
「街中で、その術は勘弁願いたいかな」
その声に意識が取られ、術を中断することになった。
声の先、気配無くクェードの後ろに佇むその声の主は、30代後半か。茶髪、目は碧か。自分と違って美男子と言えるだろう、優男。ただその雰囲気は重く、穏やか。
「戦闘中に失礼。伝書士、クェード・フレアス。挨拶に伺おうとしてはいたのだがね」
「あんたは…」
未だ健在の敵、静狼を警戒しながら、意識を男に傾ける。
「私はサウマ・ロップス。この街の術士協会の…支部長をやっている者だ」




