第十九話 もぎせん そして
トムとダイチは、ジェーンの合図と共にスラスターを吹かし、お互いに一旦離れて旋回し、また向き合うようにして模擬戦を開始した。
まず先手はトム機。
XS型とXA型では、本来ややXS型の方が通信関係の装備で重いため機動性能が少し劣るのだが、ダイチ機は各部の剛性を高めている分通常よりも重いから、2機の重量は殆ど同じ。
そこは経験の差で、うまくスラスター配分を調整して、ダイチに迫る。
トムは死角に入るようにうまく回り込みつつ、アサルトで撃ってくる。
ダイチは、それを必死にかわしつつ、お返しに打ち返すも簡単にかわされる。
お互いに巴戦で∞の機動をとりつつ、その旋回半径を縮めていく。
とうとう接近戦の間合いにまで入り、トムはすれ違いざまにナイフで切りつける。
それをダイチはシールドで弾くと、今度はシールドで見えなくなった死角からアサルトで撃たれて、右脚部に当る。
「右脚下肢、着弾。AMBAC・スラスター機能を停止」
ダイチ機のAIが冷酷に被弾による被害を再現する。
「やっぱり中尉は強い!」
ダイチは機動時のGに振り回されながら思う。
「どうしたの、ダイチ。もっとがんばって!」
マイがダイチを励ます。
「がんばってるよ!」
忙しいので簡単に返事するダイチ。
「あのトム相手に十分やっているわよ。普通なら最初か二回目の接近時に撃墜判定出ているから」
ジェーンはダイチの機動を関心している。
「それじゃダメなのよ。ダイチ、アレやりなさい! ワタシが許可するわ。これ見ている人を驚かさせるのよ」
マイはダイチを煽りながら、こっそり動く。
「しょうがないね。うん、じゃあ、行くね、いいんちょ。システムコマンド:ゲートバースト!!」
その瞬間、ダイチ機は光り輝き、跳んだ。
「これでお終いだな、しかし良く動いているよ。これなら戦力としても当てに出来るな」
トムがそう思い、止めの接近をしようと追い込みのマイクロミサイルを放った瞬間、ダイチ機を見失った。
ダイチ機は想定の機動航路を逸脱し、ミサイルを放置して、文字通り飛び跳ねた。
本来あり得ない機動でトム機の周囲を旋回しだし、それにトムは翻弄される。
「Damm! どーなっているんだ、この動きは!」
トム機は、ダイチ機を捉えることは出来ず、逆にダイチ機は小刻みにトム機を削っていく。
「右脚上肢、左上腕、右盾補助腕、右武器補助腕、左可動翼、着弾。AMBAC・スラスター・武装機能停止」
トム機AIは機体の損害を続々報告する。
光輝くダイチ機は、どんどんトム機を削っていき、最後トム機をダルマにしてコクピット前にアサルトをくっつけて、リミット解除した。
「ああ、負けた負けた」
負けたことに拘らず、案外サバサバしているトム。
「今の凄いのは、なんなんだ?」
トムはダイチに聞く。
「詳しい事は、いいんちょ、いや神楽坂少尉に聞いてください。ちょっとGがきつかったので、少し一休みしないと」
ダイチは息を切らせて答える。
SHI-03の慣性制御能力はSHI-01よりも高い上に、新しいパイロットスーツは首周りや下半身等大きなGに耐えられるよう強化はされているが、キツいものはキツい。
「はい、それについては、ワタシから説明します」
マイは、簡単にだがリミット解除について説明する。
「そりゃあ、使いこなせたら無敵じゃないかよ。でもあれだけフィールドが濃いとろくに「目」が見えないんじゃないか?」
疑問をトムは問う。
「そこは、情報支援次第でして」
マイは隠して展開していたドローンを動かしてネタ晴らしをする。
「あー、汚ねー!」
トムは憤慨する。
「一切、直接手出しはしていませんわ。声かけと情報支援しかしていませんから」
マイは悪びれもせずに言う。
「これは中尉の負けよ。確かに情報支援しちゃダメとは言っていなかったし、たぶん無くてもそう困らなかったはずよ。そうよね、ダイチ」
ジェーンは、笑いながらダイチに聞く。
大分息が整ってきたダイチ。
「ええ、どうやら准尉には見抜かれたようですが、ボクは気配というか殺気が分かるので、一対一ならまず見失わないです」
「そうよね、じゃないと最初の頃の死角からの攻撃に反応なんて出来ないし」
するどく見ていたジェーンである。
「それ「気」が読めるってやつか!」
実はアニメとか日本文化好きなトムである。
「たぶん、ご想像どおりかと思います」
苦笑するダイチであった。
ダイチが跳んだ瞬間、シンゴ達は叫んだ。
「いけー!!」
ダイチ機の目にも留まらない動きを見たジョー、ナムは口をあけたまま。
一応映像では見ていた艦長も、SHI-03での生の動きを見るのは初めてで、そのすさまじさに驚いていた。
決着がついた後のマイの解説を聞いてナム。
「そうか、アレがあるからキミ達は「トロヤの血」事件で生き残れたし、選抜されたんだ」
「はい、そういう事です」
シンゴは答える。
「じゃあ、キミ達全員アレできるの?」
「まだ5分強程度ですが、なんとか」
「そりゃ凄いや。で、僕達も出来るのかな?」
「それは、もっと詳しい人に聞いてもらわないと、オレでは答えられません」
「実は、ここのパイロット全員にあのリミット解除を覚えてもらうのが、今回のミッションなの」
艦長がネタばらしする。
「あと1小隊がもう少ししたら来る予定だけど、中隊規模でSHI-03のリミット解除を運用可能になれば、今後軍全体の底上げに繋がるというのが、上の目論見なの」
「という事で、皆さん仲良くがんばってくださいね。じゃあ、私はこれで」
艦長は席を立った。
「そうしたら、勇者の凱旋をお迎えに行きますか?」
ナムは提案する。
「「はい」」。シンゴとカズアキは元気に答え、ジョーは静かに頷いた。
全機体を収納した格納庫に、シンゴやナム達が向かう。
すでに機体を降りていたダイチは、トムに背中を叩かれながら「すげー、すげー」って言われている。
迎えに来た皆を見たマイ。
「どうもお迎えありがとうございます」
ジョーは静かにサムアップをし、ナムは「お見事でした。お嬢様。お坊ちゃま」とややふざけてダイチの勝利を祝う。
「おい、オレを慰めるヤツは誰もいないのかよ!」
トムは、ダイチから離れてあえてふざけて怒ってみせる。
「しょうがないでしょ。大きな口叩いてアレだけやられちゃったらね」
「でも、やっぱり「カワイイ ハ セイギ」ね。もーたまんない」
トムから解放されていたダイチと横に居たマイはジェーンに捕まって、後ろから強烈なハグの餌食になった。
「すいません、ちょっと腕緩めてももらえませんか?」
胸やらお尻やら出っ張ったところでぎゅーとされているダイチは、色んな意味で困惑中。
「ダイチはワタシのモノなの。勝手に抱きつかないでよぉ!」
マイは、ジェーンの双球に押しつぶされて、自らの小さな胸への悲観とダイチへの所有欲から、あらぬ事を叫んでしまう。
「おい、今の聞いたか?」シンゴはカズアキに聞く。
「うむ、聞き捨てならぬな」
「ちょっと、いいんちょ。錯乱しないでよぉー!」
ますます困ってしまうダイチであった。
模擬戦から数日後、ダイチは誰もいないブリーフィングルームで独り、SHI-03の英語版マニュアルを携帯端末の翻訳機能とにらめっこで読んでいた。
そこに艦長がふらっとやってきて、ダイチに声をかける。
「熱心にお勉強しているのね、秋山曹長」
「あ、艦長」気がついたダイチは立ち上がって敬礼をしようとするも
「いいのよ、今はお勉強中でしょ」
そう言われて席に着いたダイチは、艦長が日本語を話しているのに気がついた。
「え、艦長。日本語をお話できるのですか?」
艦長はダイチの横に座り、日本語で話し出す。
「そうなの。私の父が昔横須賀に勤務していて、その時私は日本の小学校に通っていたのよ」
「それと最近ウチのハイスクールに通っている息子が日本アニメーションのGeek、えーっと日本語でどういうのでしたかしら」
「オタク、ですね」
ダイチがフォローする。
「そうそう、オタクね。それになったから、日本語に触れる機会が多くあって、難しい会話は無理だけど、簡単な話ならね。だから、神楽坂少将も私を貴方達の乗る船の艦長に選抜したのかも」
「そうそう、この事は他の皆には内緒よ。びっくりさせたいから」
と、艦長は、昔は凄い美人だっただろう、今でも十分チャーミングな顔でおどけてみせた。
「そういえば空母の艦長職は、航空機乗りから選抜されると聞きましたが」
ダイチは、疑問に思っていた事を聞く。
「よくそんな事知っているのね、ダイチ君は。そうなの、私は昔地上で哨戒機のパイロットだったの。でも、気がついたら宇宙船乗りになって、今は艦長」
「では、良かったらボクの質問に答えていただけませんか?」
「良いわよ」
「この間の模擬戦をやっていて、「トロヤの血」の時の事を思い出したんです」
「あの時、敵の動きだけでなく感情も伝わってきていました。最初は、殺気、侮り。次に怒り、そして焦り。疑問、後悔、最後に死にたくない、と」
「どうして人は戦争をしたがるのでしょうか? ボクは、もう人殺しになってしまいました」
「本当は、もう誰も殺したくない。でも、いいんちょや他の皆を殺されるのは、もっと嫌」
「自分も殺されたくない、だから敵を殺す」
「どうしてこんな事、繰り返さなきゃ行かないのかなと……」
ダイチは、苦悩した顔で今まで心の奥に溜め込んでいた事を、どこか母と似た雰囲気の艦長に話した。
「少し難しい話だから、英語で話しますね」
と、艦長は言語を切り替えた。
艦長は、まるで実の母親のように自愛に満ちた表情でダイチに話す。
「私は、さっき言ったとおり哨戒機乗りだったので、直接敵機を撃墜したことはありません。空母勤務時代は、いくらは落としていたのでしょうけど、あくまで私が命令しただけで、直接手を下した訳ではありません」
「それにダイチと違って敵の心は分かりません。だから本当の意味でダイチの求めている答えを教えて上げられないかも知れません」
「ただ、今の私がダイチに言えるのは、「生きなさい」これだけです」
艦長は「生きなさい」の部分だけ日本語で言った。
「生き残ってさえ居れば、こうやって後から悩む事も後悔する事も、そして何か解決策を見出す事もいつか出来ます」
「しかし、死んでしまえばそれまで。ダイチを知っている人は皆悲しみます」
「もちろん、これから沢山の戦いがあって、ダイチ達は沢山敵を殺してしまうかもしれない」
「でもね、それはダイチ達の罪じゃありません。それをダイチ達にさせてしまった私達大人の罪」
「そしてダイチ達が戦う事で救われる命も多いわ。「トロヤの血」の時もダイチが有人機を落としてくれたから、私は今ここにいる」
「いまになってようやく言えるわ。「ありがとう」」
艦長は再び日本語でダイチに感謝をした。
「まだまだダイチ達は子供、大人でも戦場に出た人はダイチと同じように悩み、病んでしまう事が多いの」「だからね、ダイチ。弱音くらい吐いたって良いのよ」
「でも、そうしたらボクはもう戦えなくなっちゃうかも」
ダイチは泣きそうになって言う。
「そんな時は私に話しなさい。艦長は艦乗組員皆のお母さん(Mam)なの。お母さんを頼って良いのよ」
艦長は、ダイチを抱きしめて本当のお母さんのようにダイチに話す。
「いいの、Mam?(おかあさん)」
「これでも高校生男子のお母さんよ。貴方たちくらいのダンシィの扱いにはなれていますから」
艦長はふざけて日本語で話す。
「ありがとうございます、艦長」
涙を拭ってダイチは言う。
「何か困ったら、私に話しなさい。それと第二小隊の皆や第一小隊のお兄さん方にも相談しなさい。そういう戦闘に関する気持ちは、第一小隊の人のほうが分かってもらえるわよ」
艦長は最後に日本語で「じゃあまたね、坊や」そう言ってブリーフィングルームを去るが、ドア前で、話の深刻さに負けて動けなくなり座り込んでいたマイに気がつく。
「あの子を宜しくね。それと困ったら貴方も私に話してね」
と艦長はマイに日本語の小声でそっと話して去っていった。
「ダイチったら、あそこまで溜め込む前にワタシに言いなさいよね」
と、マイは思うも、艦長ほど母性的にはなれない自分を恥ずかしく思った。




