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第16話:逆襲開始

「さてと。そろそろ、お仕置きが必要でしょうね。さすがに、行きと比べて時間がかかりすぎています」


〈聖勇者〉の一部を受け継いだイシュカが現れたことで、バルトロッサの末路は明らかとなった。

 もはや、霧の中に長居する理由はない。

 ティリスはアレクを急かし、帰路を急がせていた。


「あんたらの目的は、あんたが担いでるその女騎士のおかげでもう達成したわけだ。霧を出たら殺されるかも知れない以上、足取りも重くなるさ」


 ティリスは今、意識を失ったイシュカを担いで歩いている。

 さすが、位階550だけあって、その細身からは想像もつかない力だった。


「馬鹿ですか? これほど簡単に制圧できる相手を、わざわざこの場で殺してあげる必要がどこにあるというんです。もっとも、あなたが私の祖国トルシアンに着いたら話は別ですけどね。あなたからのスキルの継承を『確実に』行う際、その命を、儚くも散らすことになるでしょうが」


「じゃ、どのみち、ここに長くい続けることが、俺たちが延命できる最良の方法ってことにならないか?」


「ふん……」


 ティリスは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「痛みによる強制……いや、あなたの場合、仲間を痛めつけてやったほうが効果は高いでしょうか。アンヌ、ミリコとやらが変じた剣を……」


 と、ティリスが言いかけたその時、アレクが叫んだ。


「ミリコ! すまん! 俺のスキルが奪われて結界を突破されたら、みんなにまで危険が及ぶ。俺はお前を見捨てる! 許してくれ!」


「チッ」


 アレクの両腕を掴んでいたアンヌは、強引にアレクの体を押し倒す。

 その顔を地面になすりつけられながら、アレクはさらに叫んだ。


「ぐっ……。み、ミリコ、すまん! 工房じゃ、誰かの命が最優先と言ったが、誰も犠牲にしないでいられるほど、もう状況は甘くない……!」


「アンヌ、早くそいつを黙らせなさい。……まったく、いい度胸ですね。あなたが真に仲間を失う覚悟が出来ているか、試してあげましょうか? あなたと違って、こちらのスキルは別に惜しくない。本当に殺してしまってもいいんですよ」


 ミリコの刀身にティリスが指先を立てる。

 金属が軋む嫌な音がして、神剣クラスであるはずの美しい刀身に刃こぼれが生じた。


(ぁあああぁぁぁあああっっっ!!!)


 ミリコの精神の絶叫が、アレクら、その場にいた全員の精神に響いた。

 手のひらからしたたる鮮血を、ティリスが不愛想になめとる。


「ミリコ、ごめん……! 許してくれ……」


「仲間の悲鳴を聞いても、まだ考えを変えませんか」


(やぁああああっ、痛い、痛いよぉおおおっ!)


 心を掻きむしるようなミリコの精神の絶叫が、アレクの脳裏に響く。

 アレクが噛みしめた唇から、血が流れ落ちた。


「……ふん、これ以上は本当に無駄かもしれませんね。仕方ない。もうあなたの道案内は必要ありません。私のスキルで脱出を試みることにします。ただし、罰として、この剣はここで破壊します」


(いぎゃぁあああぁ・ああああっ!)


「みっ、ミリコ!」


 ティリスは刀身を膝にあて、捻じ曲げんと力を込めた。

 おそらく、ミリコにとっては背骨がへし折られるような激痛だろう。


 このまま放っておけば、ミリコは死ぬ。

 それでも、アレクはまだしばらく、この霧の中にいなければならなかった。

 予想以上に、ティリスたちの目的達成が早かった。

 せめて、もう少し足止めしないと――


 と、突如。


「!?」


 視界が白く塗りつぶされ、アレクは周囲を見渡した。


「これは……っ!」


 足首をつかまれ、〈隠伏〉スキルの作る異空間に引きずりこまれたのだ。

 当然、その足を掴んでいたのは、つかず離れずの位置でアレクたちを見張っていたエミーリヤである。


「エミーリヤ! 来てくれたか! ……み、ミリコは!?」


(うっ……うぎゅぎゅ……。ひどいよ、アレク)


 すぐさま、〈精神感応〉による返答があった。

 ミリコもまた、エミーリヤによって異空間に引き込まれていたようだ。


「ミリコ! 無事だったか!?」


(うぅ~。無事ではない~。まぁ、アレクが勝算もなく、あんなこと言うとは思ってないけど……。てか、私の刀身を割るなんて、どんだけ馬鹿力なの、あのエルフ)


 エミーリヤからの連絡を受けたアレクは、真っ先に、【迷いの森】中に散らばる妖精のマーキングを探した。

 魔力によって書かれた文字の“下半分”のみをスキルによって消し、それをもってエミーリヤへの『異空間に引き込んでくれ』というメッセージとしたのだが……、うまく伝わったようだ。


 スキル〈破邪〉――

 アレクが聖騎士から手に入れたスキルの一つである。

 その効果は、永続、または継続効果を持つ、魔法及びスキルに対する無効化、または弱体化効果だ。

 この効果のために、【迷いの森】結界を破られる恐れがあったため、パルドゥスに真っ先に持ち主を始末してもらったスキルでもある。


(まだじんじんする。アレク、あなたの脚を掴んでるエミーリヤから伝言。『遅くなってすまない。この異空間にゃ、スキル所有者が選んだものだけを引きずり込めるから、黒エルフによる拘束も関係ない。うまく考えたな』だって)


 エミーリヤのほうからはアレクが見えていないはずだが、それでもエミーリヤは会心の笑みをアレクに送っていた。

 その顔があまりに得意げで、ちょっとおかしい。


「は、はは……」


 ミリコを受けとりながら、アレクは念じる。


(ミリコ、エミーリヤに伝えてくれ。アンヌが追ってくるって。一度、俺も〈無形〉で移動したことがある。隠密系最上位スキルである〈無形〉による異空間への潜航は、それ以下のスキルと違って――)


 そう念じた瞬間、アレクの頬を美しい脚がかすめる。


(視界を遮られるデメリットがない! ここで戦ったら、あっちのほうが有利だ)


 異空間に、黒きエルフが現れた。

 彼女の長い脚による蹴撃は、戦闘系のスキルをほとんど持たないアレクにとって致命的な一撃ともなりうる。


(にっ、逃げよう、アレク!)


(だっ、ダメだ! 悠長に追いかけっこなんてしていたら、この異空間にまでは【迷いの森】の効果が及ばないことに気づかれるかも知れない。ここで迎え撃つしかない!)


(で、でもぉ~)


 情けない思念を放つミリコを無視し、アレクはエミーリヤのほうを向く。


『一号、いるか!?』


『ふゎっ、る~ん!? ここにいますぅ~』


 エミーリヤの懐から、サンディ親衛隊一号が顔を出した。

 エミーリヤはまだ何が起きているのかすら分かっていない様子だが、ミリコの〈精神感応〉と似た種族能力を持つサンディ一号は、緊迫した空気に気づいているようだ。


『サンディと交信して、ファビュラの〈叡知〉を借りてくれ。前に種族能力で、一号が見たものをファビュラにも見せ、〈叡知〉を使ったことがあるだろ』


『で、でもぉ~。私、この空間じゃ、何も見えな……』


『なら、俺の目を使って!』


『さ、三人の多段感応によるスキル発動!? そんなの、やったことなぃょ……』


『いいから! 急いで!』


 と、その時、アンヌの蹴りがエミーリヤを襲った。

 何も見えていないエミーリヤなら、容易く倒せると踏んだのだろう。


「エミーリヤ、危ない!」


 アレクがエミーリヤを蹴り飛ばし、アンヌの攻撃から距離を取らせる。

 エミーリヤは何が起きたかも分からないまま、アレクたちから離れ、上方向……厳密には〈隠伏〉スキルによる異空間に上下の概念はないが、より現空間に近いほう、へと飛ばされた。


『アレクさん、ファビュラさんから伝言! 全部は見えない。ただし、位階は最低でも580以上。700まではない、とのこと。スキルは見える限り、〈無形〉〈癒し手〉〈怪力〉〈暗視〉と、それから〈闇の使い手(ダーク・ユーザー)〉だそうです!』


『よし、いいぞ。目立った戦闘スキルはなさそうだ。地上じゃ、闇の魔法と〈暗視〉のコンボはかなりの脅威だろうが、俺には関係ない』


『現空間に顔出して、白いほうも見てきました。襲われたので一瞬しか見えませんでしたけど……、あっち、〈超直感〉持ってます』


『〈超直感〉か、まずいな。その気になれば、時間はかかるだろうが、カンだけで【迷いの森】を抜けられる可能性だってある。……さっき、自前のスキルで脱出を試みると言っていたのはそれのことか』


(え、え? アレク。ちょっとだけ一号の言葉が聞こえたんだけど、位階580以上って白いほうより強いってことでしょ?! やっぱり、逃げたほうがいいんじゃ……)


 と、ミリコが思念で訴える。

 それに割り込むように、一号の伝言は続いた。


『あと、アレクさん。サンディ様から伝言です。……待ってる、って』


「!」


 一瞬、アレクは言葉を失う。

 これからアレクが言おうとしていた非常識な提案を、サンディにはすでに見透かされていたように感じたのだ。

 その提案とは――、


(ミリコ。これから、俺たち二人でこいつを迎え撃つ)


(え……、二人? 二人って……はぁっ!? 待ちなよ、 アレクは戦えないんだよ。せめて、エミーリヤ達と連携を取って……)


 ミリコから、驚愕の思念が広がった。

 だが、アレクは淡々と応じる。


(ダメだ。エミーリヤ達には、ティリスを現空間に足止めしてもらわなきゃならない。やつらを分断しなきゃ、こっちに勝ち目はない)


(そんな……!)


(位階550以上を二人同時に相手しろって? 不可能だよ。幸い、【迷いの森】の結界内でなら、ティリスの〈超直感〉も多少は狂うはず。一号がいるエミーリヤ達なら、足止めくらいなら出来ると思う。……だけど、この空間は逆だ。〈超直感〉持ちなら、この空間でもある程度以上に戦えてしまうだろう。反対に、エミーリヤ達はここじゃほぼ動けない)


(だけどぉ~。アレク一人じゃ……)


(俺は一人じゃないよ。ミリコがいる。それに、忘れてるかもしれないけど、俺は〈剣術家〉だぜ? スキルだけなら、黒の〈怪力〉より上位だ。ミリコの能力で、底上げされるしな。白いほうは現空間、黒いほうは異空間に縛りつけるのが、おそらくは俺たちの取りうる最善手。本当なら白黒逆がいいんだろうけど、黒いほうはもうこっちに来ちゃってるから……。ここから出て行かないよう、抑えるしかない)


(うぅ~……)


 ミリコの弱気な思念を無視して、アレクは一号に思念を送る。


『一号、エミーリヤに作戦を伝えて。無茶はしないで。あと、幸運を、って』


『分かりました。アレクさんも、気をつけて……!』


 と、アレクの伝言を受けたであろうエミーリヤの、目つきが変わった。

 見えていないはずだが、アレクはエミーリヤと目が合ったような気がした。


 エミーリヤが異空間から抜け出し――、アレクとミリコは、黒きエルフと共に、異空間に取り残された。

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