第17話:戦闘経験の差
「くそ、条件はこっちに有利なはずなのに! なんであんな、的確な位置に攻撃が飛んでくるんだ?!」
アレクは追いつめられていた。
この空間――〈隠形〉以上の隠密系スキルによって潜航することの出来る異空間は、以前アレクが見破った通り、『長さ』の概念が『時間』の概念に置き換わった空間である。
すなわち、この空間においては、すべてのものの速度は一定。
水の中で戦っているようなものだ。
どちらも互いに、現空間に比べやや緩やかな動きで、攻め手の応酬をしていた。
両者とも素早く動けないのであれば、上位のスキルを持つほうが有利に動けるだろうとの目算が、アレクにはあった。
「なのに……、なのになんで、皮一枚に迫るまで、相手の蹴りに気づけないんだ!?」
アレクの意識の埒外から、アンヌの手にした短剣が迫る。
緩慢に迫りくる短剣を、慌ててミリコで受ける。
気ばかりが焦るが、その動きは緩やかだ。
耳の皮一枚裂かれたところで、ぎりぎりアレクの剣が間に割り込んだ。
「えっ」
ほっとしたのも束の間、エルフの短剣がミリコの刀身を滑る。
「ちょ、短剣が剣の上を滑ってきてるんだけど! ど、どうしたらいい!? 押す? 引く!?」
せっかく〈剣術家〉スキルも宝の持ち腐れだった。
相手の攻撃に対し、どう対処すべきかの“択”がアレクの中にはない。
そして、アレクの意志が決まらない限りは、〈剣術家〉スキルによる補助は発動しない。
(アレク、どっちでもいいから決めて! そしたら、スキルがある程度はカバーしてくれるから!)
「えええっ、分かった。じゃあ」
アレクが『押し返す』と決めた瞬間、ミリコの刃の上を滑っていた短剣はせり合いからするりと抜け、自由になった。
一方、押し返した力が空を切り、アレクは前のめりになる。
「わわわっ」
(アレク、のけぞって!)
「ひっ」
やけにゆっくり、アンヌの短剣が迫るのが、アレクにとっては逆に怖い。
「……そうか、段々わかって来たぞ。この空間は動きが緩慢にはなるけど、慣性がなくなるわけじゃないんだ。武器を振り下ろすにしても、振り切った後の慣性まで考えて動かないと、勢いで体を持っていかれて次の体勢に移るのが遅れる。こればっかりは、経験がなきゃどうしようもない」
(やっぱ、無茶だったんだよぉ~。私たち、位階50にすら届いてないのに)
「かもね……っ! 純粋な力でも、完璧負けてるしなっ」
アレクの首筋を狙うアンヌの短剣を弾くが、完全に力負けし、押し返される。
やはり、位階差が猛威を振るっている。
スキルは〈怪力〉という最下級スキルだが、中級中位の〈剣術家〉を持つアレクよりも剣を振るう力が俄然強い。
すると、
「ふっ、ざ……けるな!」
黒いエルフ、アンヌが、初めて口を聞いた。
「えっ?」
「ふざけるな……! 貴様らごときの生温い覚悟で、私の技が破れるものか」
アレクには、そう憎々しげに話しながら取っていたアンヌの予備動作が、何を意味するのか分からない。
分からないからこそ、対応する“択”もまた生まれない。
アンヌは体を前に折ったかと思うと、長い脚をサソリの尻尾のように背面から伸ばし、アレクの顎を狙う。
アレクからはその攻撃はぎりぎりまで敵の上体に隠されて、急に現れたように見える。
ミリコが強い思念を放った。
(アレク、スキルに身を任せて!)
「え?!」
(アレクは慣性とか何とか、考えすぎてるんだよ~っ。もちろん、本当に強くなるためにはスキルに頼り切らないカンみたいなものが必要になってくる。……マクシスは完全に任せきりなんで、それは私にはちょっと物足りないんだけど。アレクはスキルを手に入れたばかりなんだから、まずは身を任せたほうがいい。慣性とかなんとか、全部やってくれるから!)
「で、でも!」
(今の攻撃だって、直前まで、敵の体で蹴りが隠されていたのに気づけなかったでしょ? でも、おかしくない? アレクは“千里眼”なのに)
「そ、そうか」
(アレクはただ、敵の動きを“視る”ことに集中して。後は剣術スキルと、私がやるから)
自分の体をスキルという得体の知れないものに預ける、という感覚。
アレクにはそれが恐ろしい。
だが――、
体を預けるのはスキルではなく、ミリコだ。
信頼のおけるクラスメイトだ。
そう考えれば、まだ、不安も和らぐように思われた。
「分かった。頼む、ミリコ!」
「……何やら、おかしな画策をしているようだが。私は貴様らを叩き潰す」
「な、なんでそんなに、俺たちを憎むんだよっ」
相手の言葉に応じながら、アレクは“視て”いる。
アンヌの全身の動きを。
またしても、背面に隠された短剣がアレクを襲ったが、アレクは気づき、ミリコも反応している。
次第に、流れがよくなってきている。
「この森の北に、真っ白な樹皮を持つ木々がおい茂る“塩の森”と呼ばれる場所がある。……貴様らの住む、憎き“天の蓋”のせいで足りない日照を補い合うため、植物がそう変わったのだ」
「日照?」
「あの寒々しい景色を見るたび、私は貴様らへの憎しみを強くする」
「そ、そんなことでっ!?」
アンヌの怒涛の乱撃に、ミリコはついていっている。
一瞬たりとも気を抜けないのはまだ変わらないが、余裕をもって状況を把握できるまでにはなっていた。
「そんなことだと? ……本当に、何も教わっていないのだな。貴様らの先祖が我々にした仕打ちを。どれほど悲惨で残忍なことが、地上で行われたかを。貴様らが空でぬくぬくと平和を享受している間に、地上では何が起きていたかを。……人間どもはもうとっくに忘れているようだが、長寿たる我らにはまだ苦々しい記憶。我が祖母の心と体に刻まれた傷の数々、許せはせぬっ!」
「くっ!」
打ち込みをいなされることが多くなってきたことに気づいたのか、アンヌは力で押し切るような強引な剣に切り替えてきた。
単純な力比べなら、圧倒的な位階差があるため、アンヌに分がある。
「い、一撃一撃が重い」
(だいじょうぶ、任せて! 力に頼るようになってきたら、むしろこっちのもんだよ! アレクはつい反射的に力を込めちゃったりしないで、全部私に任せて)
「は、はは。ちょっと情けないけど……頼んだ!」
(情けなくなんてないのに。アレクの“目”があるから、私は戦えるんだよ)
ミリコは力任せの剣を受け流し、自分に有利な体勢を構築していく。
アンヌのすべての攻撃は無効化され、無力化され、何度打ち込もうとも、たちまちのうちにアレクたちに有利な体勢へと誘導される。
不利を押しつけられ続け、アンヌはそれを打破したいのに、不利な体勢からの攻撃では決め手になり得ない。
不利が不利を呼ぶ悪循環となっていた。
「くっ、くそ! 私の、私の剣が……届かぬだと!?」
アンヌの顔に絶望の陰がよぎる。
その悲哀を誘う姿に、アレクは感じるものがあった。
(スキルって、一体何なんだよ。こいつは俺たちを襲ってきた。だから、排除しなきゃいけないのは仕方ないけど。きっと、たゆまぬ訓練の末に身に着けた力を、俺たちはやすやすと……)
「うああああああああっ!」
かなりの大振りによる、大上段からの斬撃。
だが、アンヌの渾身の一撃をミリコは冷静に振り払った。
(今だ、アレク! 攻めに転じるよ~っ)
そこからのミリコの反撃は素晴らしいものだった。
一撃一撃が相手の急所を狙う必殺の斬撃。
アンヌにはそれに対処するのが精一杯であった。
そして次第に、アンヌが対処しきれなかった攻撃の余波が、彼女の腕や脚にダメージを残していく。
「くっ、くそ! こんなやつに……」
(見えた、ここだ!)
ぶ厚い筋肉に鎧われたアンヌの腹部。
その筋肉の隙間を縫うように、ミリコの刀身がずぶずぶと突き抜けていく。
この空間においては、すべてのものの速度は一定。
ミリコの刀身がアンヌの内部を蹂躙するさまを、アレクはまじまじと見つめ続けていた。
剣が根元まで達し、なおも止まらぬ勢いで、鍔が腹部を強打する。
その勢いのまま、アレクは黒きエルフを、異空間から弾き出した――。




