第15話:友の声
「さ。これを飲んでください。栄養剤です。あなたの命を永らえさせてくれましょう」
ティリスがイシュカと名乗った少女騎士の口に、女神蜂に作らせたであろう栄養剤を飲ませているのを、アレクは茫然と見守っている。
(最悪の展開だ)
こうも簡単に、ティリスが〈聖勇者〉の一端に手をかけてしまうとは。
アレク自身も〈聖勇者〉の一部を継承しているのだから、他にも継承者がいると考えてしかるべきだった。
ラックベル山に来るまでの道すがら、一度だけティリは口を滑らせた。
彼女は、帝国が〈聖勇者〉を『開発』したと言ったのだ。
〈月読〉によって復元された〈聖勇者〉の一部が、アレクの持つ〈勇気〉である。
ということは、素材となる複数のスキルから、〈聖勇者〉を『開発』することも可能なのではないか、とアレクは推察していた。
(仮にそうだとしたら、〈聖勇者〉のパーツの一つに〈勇気〉があるということが、バレないようにしないと。〈勇気〉は下級スキルだ。ティリスなら苦もなく手に入れてしまうに違いない)
(ねぇ、これからどうするのー? アレクぅ?)
と、アンヌの腰から、ミリコが〈精神感応〉によって問う。
あまり離れてしまっては使えないが、目の届くところにいれば、彼女の〈精神感応〉なら問題なく意思の疎通が出来る。
(そんなん、俺にだって分かんないよ。とにかく、逃げるのが最優先だ。でも、もし逃げるのが無理そうなら、ミリコ。いざって時は何とかして俺の聖紅晶を砕いてくれ)
(だーめ。それ以外の方法はないの?)
(この前、宿でやったみたいに、ミリコを持った人を操るのは? 出来ないの?)
(うーん。無理かな~? あいつは剣状態での〈傾国の美貌〉を見て、勝手に狂っただけだし。そこに、〈精神感応〉でそれっぽいことを呟いてやっただけ。でも、剣だったら性別なんて関係ないはずって思うけど、なぜか〈傾国の美貌〉って同性には効果薄いんだよね。位階差で多分、無効化されちゃう)
(せめて〈人化〉して逃げるとか。まぁ、逃げようとしたら何されるか分からないし、危険だから最後の手段に取っておいてほしいけど)
(それもね、なんだか無理そう~。何度も試してるんだけどな~。どうやっても、〈剣化〉が解けないんだ。だから、今の私は自分で動けないの。私にアレクの聖紅晶を貫くなんて出来ないし、させないで)
(スキルを阻害するスキル……みたいなものがあるのか?)
どうしても、この場を切り抜ける糸口が見当たらない。
そもそも、聖騎士団との一戦も、相手の情報を読み取ることで絶望的な位階差を対等以上に持ち込み、何とか勝利しただけのこと。
位階においてもこちらを遥かに凌駕している相手に、スキルまで隠されてしまっては、お手上げだった。
(情報が圧倒的に足りなすぎる。そして、相手は〈鑑定〉系のスキルに対する強固な対策を施している。何か、ヒントはないのか)
耳をそばだて、少しでもヒントが転がっていないか、アレクはエルフたちの様子を注視する。
と、その耳に、自分に向けられたであろう囁きにも似た声が届いた。
『アレク。おい、聞こえているだろ、アレク?』
「えっ!?」
「……どうしましたか?」
思わず声を上げてしまい、ティリスに睨まれる。
慌ててアレクは口実を探し、ティリスに介抱されていた少女騎士を指さした。
彼女はちょうど、重い鎧を脱がされていたところだ。
「い、いや。短髪だから、分からなかった。そいつ、女だったのか、って」
「ふん……。アンヌ。それ以上、彼が不躾な視線を投げられないよう、抑えていてください」
「いてっ、てててっ」
腕を強引に背後にねじりあげられ、肩が外れそうになる。
その痛みの中でも、アレクの耳――いや、スキル〈順風耳〉は必死の声を拾っていた。
声の主は、エミーリヤだった。
『聞こえていると信じるぜ、アレク。あんたのスキル、以前にも、自分に対して向けられた悪意を敏感に拾っていたからな。なら、必死であんたの名前を呼ぶこの声にだって、きっと気づいてくれているはず。
アレク、あんた、自分が最高位の〈千里眼〉だからって、下位のスキルでどこまで出来るか、失念してやいないかい? サンディの分身は、森じゅうに魔力による文字を書いた。……ってことは、彼女らにはその文字が見えていたってこった。つまり、〈幻霊視〉に相当する目を持っているわけだ』
「っ!」
その言葉は、アレクにとって完全に盲点だった。
であれば、エミーリヤとマクシスの二人は、この霧の中を自由に動けるということだ。
うまくすれば、二人のエルフを出し抜けるかもしれない。
『あんたなら、今ので分かるはずだな? あたいとマクシスは遠くから、あんたらの尾行を続けている。隠密スキルの級としちゃ、黒いエルフのほうが上だが、代わりにこっちには〈幻霊視〉に相当する目がある。尾行なら、あたいらのほうが断然有利だ。
今、サンディの分身に、クラスの仲間と連絡を取ってもらっている。必ず、助けがある。早まったマネはするんじゃないよ』
エミーリヤは、アレクが仲間のために、自分の命を投げ出すのではないかということを心配し、釘を刺してくれた。
そのことが何より嬉しく、ほんの少し心が軽くなる。
『問題は、連絡がこっちから一方的にしか取れないってこった。あんたのほうから、何か方策を考えてみてくれ。あたいはさっきから、三回ぐらいこの話を続けているんで、いい加減飽きてきたよ。あんたに魔法系のスキルがあれば、魔力文字を残してもらうってことも考えられたが』
残念ながら、アレクに魔法、すなわち魔力を操るスキルはない。
地人ならば、スキルによらず魔力を操るところから魔法の基礎を覚え始めるものだとアレクも習ったことがあるが、生まれながらに最強のスキルを持っている〈天資の学院〉の生徒たちは、そのようなことはしない。
そのため、スキルがなければ、魔力を操るという基本的なことすら出来ないのが実情であった。
と、エミーリヤの声が心なしか明るくなったようにアレクには聞こえた。
『それから、一つ朗報だ。あの黒いエルフについてだが。あいつ、あのとっさであたいら二人を効率的に無力化しようとした際、霧の中に叩き込むという手段を取っただろう? だがもし、やつが白いほうと同程度の位階だとするなら、あの時食らった一撃はかなり軽かった。格闘系のスキルが乗っていたら、〈拳帝〉のあたいはまだしも、マクシスは内臓の一つや二つは破裂していただろうからね。
ってことはだ、それらしい武器も持っていなかったし、隠密系最上位の〈無形〉を修めるので精一杯で、戦闘系のスキルがおざなりになっていたか……あるいは、ああ見えて、実は魔法系のスキルが主力かのどっちかじゃねぇかって、あたいは睨んでる。うちらは、耐性持ちがウヨウヨいるからな。無力化には魔法を使うよりも、霧の中に叩き込むほうが確実だ。
つまり、分かるか、アレク? あいつの戦闘能力はそれほどでもないんじゃないかって話さ。位階差はあるだろうから、アレクに取っちゃそれでも脅威だろうが……。何とかそこから、攻略の糸口がつかめるかも知れねぇ』
あの一瞬の出来事から、そこまでの情報を類推するエミーリヤの洞察力にアレクは舌を巻く。
もし、彼女の予感が正しければ、黒いほうのエルフ……アンヌから、この状況を打破できるかも知れない。
エミーリヤの言葉はこう結ばれた。
『この内容を、あと十回は呟くつもりだ。あたいの気が狂わねぇうちに、あんたから何らかの返事があることを期待しているぜ。じゃあな』




