第5話.ルシアン・ダイオプサイトの嘆息
さて、ついに今日は星見の宴です。わたくしの勉強もかなり進み、ベランジェール様からも太鼓判を押していただきました。それだけで自信がつきますわ!
「奥様、お美しい……よくお似合いです」
「ありがとう、アデール。まだちょっぴり慣れませんわ、ふふふ」
「もう、そんなことおっしゃって。どこからどう見ても立派な侯爵夫人ですよ」
アデールったら褒めすぎですわぁ。照れてしまって熱くなる頬をぱたぱたと扇ぎます。最後の調整をとドレスの裾を整えてくれる彼女を見つつ、まだ不慣れな黒橡色を眺めました。
侯爵夫人として身に纏うべき黒橡のドレスが完成したのが昨日のこと。やはり職人の方々にはそれはもう無理を強いてしまったようで申し訳がありません。
ですが、流石ダイオプサイト侯爵領が誇る仕立職人たちですね。極端に短い納期にも関わらず、瑕疵一つない素晴らしいドレスが届けられました。
服飾に興味の薄いわたくしでも見惚れてしまうほどで、昨日はアデールと、その他わたくし付きの女性使用人たちと共にきゃあきゃあいたしましたわ。
今回わたくしのドレスを仕立ててくださった職人の方は、旦那様にも「折角奥様をお迎えになったのだから合わせて貴方も衣装を新調するべきです、いやしなさい、すると言え」と仰って、わたくしのドレスと意匠を揃えた正装を仕立てることにしたそうです。お忙しかったはずなのに、凄まじい気迫ですわ。
「さあ、参りましょう。旦那様をお待たせしてはいけませんもの」
「はい、お送りいたします」
艶やかな黒橡のドレスの裾を持ち、アデールを伴って部屋を出ます。あぁ~、首飾りの金剛石が重たいですわぁ……ドレス自体も重たいですし、すでにちょっぴり疲れてしまいました……
ダイオプサイト邸の女性使用人たちも皆口々に「お綺麗ですわ」「初夏の夜の妖精のよう」だなんて褒めてくださいましたけれど分は弁えております。
とにもかくにも、オブシディア王国で五本の指に入る美貌の持ち主である旦那様の隣に並んでも変でなければいいと思っております。ほどよく霞めば尚良し。ご列席の皆様、わたくしのことは是非放っておいてくださいまし。
階段ホールに辿り着きますと、壮麗な玄関ホールに旦那様がいらっしゃり、執事と何やらお話しをされているのが見えました。
「さあ、奥様」
「……ええ」
き、緊張してきましたわぁ~~!!
旦那様は凛とした黒橡の正装に身を包んでおられ、端々に輝くのは銀糸かしら、控えめながら上品で見事な刺繍や装飾が華を添えております。
いつもは下ろしておられる前髪を今日はきっちりセットされ、形の良い額が露になって……お顔が大変お綺麗ですわ。滾って参ります、あぁっ、誰か、誰かわたくしにメモをッ!!
階段の上に現れたわたくしに気づかれたのか旦那様の白銀の瞳がこちらを向きました。執事のポールがその耳元へ何か一言囁いてからわたくしへにっこりと微笑みかけます。ポールはいつも穏やかで優しくて、笑顔が本当に素敵ですわ。
アデールの手を借りつつ、転ばないよう慎重に階段を下りました。そうして旦那様の前に立ち、そっと一礼。
「お待たせいたしました、旦那様」
「……問題ない」
いっそ冷たいとすら言えそうなほどに淡々としたお声です……あら? ポールがわたくしから見えにくいところで旦那様をつつきました。
僅かにお顔を顰められた旦那様は、美しい白銀の透輝石の瞳を少し左右へさ迷わせて「……よく、似合っている」と小さなお声で仰られます。
「あ、ありがとう、ございます……?」
「……そろそろ出発だ。行くぞ」
急にお褒めのお言葉を頂戴いたしましたが正直これだけ煌びやかな美貌の持ち主に褒められたところで「お優しいお世辞を賜り恐悦至極」くらいにしか感じられませんわぁ~!! そのせいで感謝の言葉が疑問系に。ポール、どういうことなのか教えてくださいまし~ッ!!
咳払いをした旦那様が腕を差し出してくださいましたので素直にエスコートされることといたします。馬車に乗るだけですのに。
仮面夫婦なのですから、エスコートは王宮についてからでも構いませんのよ、旦那様。愛するつもりのない同士、無理はしなくていいのですわ。
白い結婚を継続するには、お互い穏やかな心地でいることが大切なはず。無理や我慢は禁物ですわ――と言おうと思ったら「失礼をいたします」と近づいてきたアデールがわたくしの裾を整え直すふりをしながら「余計なことをおっしゃらないでくださいね」と圧を込めて囁いてきました。
きゃ~、読まれていますわ~! 流石アデール!! わたくしの自慢の侍女!!
「「行ってらっしゃいませ」」
見送りを受けて馬車に乗り込みます。あぁ、本当に緊張いたしますわ!!
――――――
ルシアンは馬車の中、車窓に顔を向けつつも反対側の席に座る妻を横目でちら、ちら、と見ていた。
同居しているのにその姿を見たのは久しぶりである。自分もそれを望んだはずなのに何だかもやもやして、いやいやおかしい正気に戻れと内心首を振ってその靄を振り払った。
妻――セシルは、美しかった。女という生き物の美醜に関心の湧かないルシアンの目からしても、美しいと世間一般から評価されるだろうと判断できる程度には華やかだった。
結い上げた柔らかな茶色の髪は白銀のリボンを繊細に編み込んであるだけで、随分とシンプルなものであるが、派手嫌いのルシアンの目に優しい。ほっそりとした首には上品な金剛石の首飾りが煌めいている。瞳の黄緑は春の情緒を閉じ込めたような鮮やかさだ。金剛石よりも、瞳と同じ橄欖石の方が更に似合うだろう。
オブシディア王国の貴族は宝石の名を家名に戴いているが、意外なことにその宝石を身につけることはない。何故なら、すでにその瞳に宝石を抱いているからだ。家名と、血に宿るそれを尊んで、装飾にその宝石は使わない、というのがこの国の文化である。
ルシアンはダイオプサイト侯爵家でも珍しい白銀の瞳の持ち主だが、一般的な透輝石である緑色も、自分が瞳に抱くカラーレスのそれも身につけることはない。だが、セシルに関してはふと、橄欖石はさぞ似合うだろうと思ってしまったのだった。
黒橡のドレスもよく似合っていた。先程はポールにつつかれたので咄嗟に口に出したが実のところ本心でもあった。調子付かれては厄介なので言わないつもりだったのに……ポールは昨日からずっと彼に「いいですか、旦那様。きちんと奥様のお人柄をお確かめなさい。素敵だと思ったところはきちんと褒めて差し上げなさい」と言い含めてきて、ルシアンはいったいこれはどうしたことかと途方に暮れていたのだ。
ポールのことは信頼している。だから、彼がセシルの毒牙か何かにかかって彼女の側に付いたとは思っていない。ならば、多分善意で「セシルと距離を縮めてみろ」と言っているのだろう……
(……ポールがそこまで言うのなら)
妻となった人の気質を一度確かめてみるくらいは、してやってもいいのかもしれない。女という生き物への苦手意識と、初夜のあの宣言を思い出すと正直、とても、めちゃくちゃに気乗りしないが。
車窓に向かって静かに溜め息をついたルシアンの横顔を、セシルは一人きょとんとして不思議そうに見つめていた。




