第10話.セシル・ダイオプサイトの衝撃
何だか良く分からないうちに旦那様とほんのちょっとだけお互いの本心を伝え合うことになりましたわ~!
旦那様のお顔を見つめ、文章の上でどのように言葉を尽くしたら良いかしらと考えておりましたところ、あまりに見つめすぎたのか「何か言いたいことでもあるのか」と言われてしまいました。
勿論言いたいことなど一つもございません……いえ、強いて言うなら「もう少しがっつり横を向いてくださいませんか? 完全な横顔の輪郭を拝見したく……」とはお伝えしてみたかったですけれども……
しかしそんなことを申し上げて旦那様の不興を買っては、この最高の新生活を失いかねませんから、わたくしは「特には」と澄ましてお答えしました。
そんなやり取りの後で、旦那様が不意に「今更にはなるが、この場で貴女の真意を問うてもいいか」と仰られました。
わたくしは衝撃を受けました……う、疑われているのではありませんこと~?!?!
表面上では穏やかに答えておりますが、わたくしの内心は大波小波でどんぶらこ、右往左往の大慌てでございます。
わたくしに何か、怪しいところでもありましたかしら。この白い結婚を維持するのに差し障ると旦那様が疑うような、そんな変な挙動をしてしまいましたでしょうか……っも、もしかして今、横顔を見つめすぎたせいですか?! そのせいなのですか?!
ご、誤解ですわっ、ただ見つめておりましただけですものっ、恋だの愛だのは微塵もありませんのっ、本当ですわ!!
あばばばばと慌てて心の中で弁明をしておりましたら、何と旦那様がお知りになりたいのはわたくしの『旦那様を愛するつもりはありませんわ』についてでした。ホッ。そちらでしたか、良かったですわ~!!
しかし、それはそれで正直に全てをお答えするのは憚られる内容です。何せ「言われることに気づいたのならば素直に受け止める義理は無し、先手必勝ッ!!」がわたくしの真意ですもの。
大変困りました、視線をさ迷わせて言葉を探します。
「……その、どこまで正直にお答えしたら良いものか……」
そう申し上げてみれば、旦那様は無表情から微塵も動かないお顔で静かに「罰したりはしないから、素直に思うところを言ってみてくれ」と仰います。
えっ、お優しい。本当に、本当に信じてよろしいんですの?? 本当ですの~?!
では旦那様を信じて、正直にお答えしてみようではありませんか!! 女は度胸よ、セシル!!
「……わたくしは、旦那様がそうした、所謂白い結婚をお望みなら異存はないと、そういう気持ちでおります。わたくし自身、お求めがなければこうした生活は大歓迎でございますので……」
黙して聞いておられる旦那様のお顔に変化はありません。ここまで来ると逆に驚かせてみせたいような気持ちになってきますわ~!
「あのときは、その……反骨精神と言いましょうか……『愛するつもりはない』と言われることに気づいた以上、素直にそれを受け止める義理はないのではないかしらと……」
途中まで素直にお答えしましたが、次第に「あれ? もしかしてわたくし、物凄く失礼なことをしたのでは……??」という気持ちになって参りました。
しおしおと萎れる野の花のような心持ちになり「……申し訳ありません、今思えばお言葉を遮って失礼なことを……」と締め括ります。
流石にお叱りを受けてしまうかも。そうしたらこの最高の白い結婚生活も無しに……?? い、いやぁぁ~っ! いやですわっ、それだけは!!
なるべくしおらしい表情を作らなくてはと、己の素直すぎる口を恥じながら俯きました。
わたくしの素直すぎる告白を受けた旦那様は、しばらくの間何も仰らず、やがて先程から微塵も揺らがぬ静かなお声で「……私に、そう言われることに気づいたから先んじて同じことを言ったと、そういうことか?」と問うてこられました。
「ええ……まぁ……はい、左様でございます、申し訳ありませんわ」
いつまでも目をそらしていては失礼に当たりますから、謝りながらおずおずと旦那様に視線を戻します。するとどうでしょう。
「そ、うか……」
ほんの、ほんの僅かながら、旦那様がその麗しい白銀の目を見開いておられました。
小指の爪の先ほどもないであろう僅かすぎる変化です。それ故に衝撃的でした。
わたくしが美貌の方をまじまじと眺めて記憶する、人にはとても教えられない趣味を持つが故に気づけた変化だろうと思います。
あまりの衝撃、旦那様がこの場にいらっしゃらなければ叫んでいるところでした。
こんなの、他の誰が気づけるのかしら!!
わたくしは悟りました。旦那様は、表情筋がとてつもなく固まっておいでなのだと。
それ故に、微笑まれようと驚かれようと、子猫の牙ほどの僅かすぎる変化しか起こらないので、誰にも気づいてもらえず、心の動かない「氷雪の侯爵」などと大変に失礼な二つ名を付けられたのですわ……
あぁ、あぁっ、不憫ですわ旦那様っ! お顔の体操が必要でしてよ~っ!!
わたくしがそう勝手に嘆いている間に、旦那様はまた完璧な無表情に戻ってわたくしを正面から見つめました。
「……分かった、元はと言えば私が礼を失したことを貴女に言おうとしたのが悪いのだ。率直に答えてくれたことに感謝する」
えっ、あっ、離婚回避成功ですわ~っ?!?!
「それで、貴女に提案なのだが……」
あっ、まだ油断できませんわ~っ!!!!
ふわっと安心して、すぐにぞわっとしたわたくしでしたが、旦那様がまた赤子のまつ毛のような僅かさで目を細められたことで――わたくしの勘違いでなければこれは微笑みですわ!――杞憂だと分かりました。
「貴女が嫌でなければ、今後も……週に一度ほどでいいから、こういう時間を設けて、お互いの思っていることを話し合ってみないか」
まさかそんなご提案が旦那様の方から出てくるとは思わず、つい目を丸くしてしまいましたわ。
けれど、今日のこれは使用人たちを安心させるためのものだということが、お話の中で判明しておりますし……つまり、そういうことですわね、分かりましてよ旦那様。ふっふっふっ、このセシルにお任せあれ、ですわ!
「ええ、分かりました。旦那様のお望みであればそのように」
旦那様がどことなくほっとした様子を見せるのに心の中で頷きます。
わたくし、今の生活を維持するためなら何でも出来ますの。それはきっと旦那様も同じ。
わたくしたちの目標は、そう!!
名付けて『使用人安心大作戦~わたくしたちは仲の良い夫婦ですわ~』ということですわね!!




