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第8話 聞いてねえよ

 俺は一面の焼け野原をただ何となく歩いていた。数時間前までは、ここは繁華な人間の都市だった。小さいとはいえ、都市を焼き滅ぼせば人間どもは大人しくなる。そういう訳で、俺は大群を率いてここを攻めたのだ。

 歩いていると、人間の営みのあっけなさを思う。建物は全て瓦礫と化し、逃げ惑っていた人間も、その瓦礫に埋もれたり骨を残して灰になっている。もっとも、襲った本人である俺が感慨にふける事ではないのだが。


 ふと、その灰の中に陽光を反射するものがあった。拾い上げてみると、明るい茶色に煌めく美しい毛皮であった。街は一度火の海と化していたはずだが、毛皮は焦げるどころかすすけた様子もない。生前は俺の2、3倍の大きさのオオカミであったのだろう、毛皮となった今でも威圧さえ感じられる。


「ウールグ……お前、こんな所にいたんだな……」


 かつて俺の部下であったオオカミのモンスター、ウールグ。炎をも寄せ付けぬほどの丈夫な毛皮を持ち、戦闘力も高く、また知略に秀でていた。俺は正直、彼を尊敬していたのだ。だが、10年ほど前に忽然といなくなった。噂で聞いた限りでは、人間に殺されたらしい。強い奴だったから、人間がこうして記念品にでもしていたのだろう。俺は丁寧に灰を払い、毛皮を持ち帰る事にした。



「フィルバー様、お帰りなさい!」

「ああ。……ただいま」


 城に戻ると、また例のごとくアクアが俺に飛びかかってきた。頬ずりしそうな勢いのこいつを受け止めると、黒岩石の上に降ろした。


「あ、そうだフィルバー様。ふもとでお花摘んできたんだ~」


 そう言って、アクアは白銀色に輝くラッパ状の小さな花を俺に差し出す。その花は、気持ち恥ずかしげに咲いていた。


「月下草(げっかそう)じゃないか。なんでまたそんなものを…」


 月下草とは、このガロウザ火山のふもとにもたくさん生えていて、そう珍しい花でもない。だいたい、火山にある城に花を摘んで持ってきたところで、すぐに枯れてしまうだろうに。とはいえ半ば強引に渡してくるので、俺はそれを受け取った。


「ああそうだ。俺からも土産がある」


 俺は月下草を受け取った後、先ほど拾ってきた毛皮をアクアに差し出した。てっきり喜ぶものだと思っていたが、こいつの反応は違っていた。俺が毛皮を取り出した途端、衝撃を受けたのか表情が強張ったのだ。しばらく呆然としていたが、やがて恐る恐るそれを受け取った。エメラルドグリーンをした瞳から、涙がとめどなく溢れてくる。俺は訳も分からず、ただ当惑した。


「親父……必ず帰ってくるって言ったよな? でも、聞いてねえよ! こんな……こんな姿で帰ってくるなんて…!」


 アクアの泣き叫ぶ声に、俺は全ての感情が同時にわき起こった気がした。ウールグがアクアの肉親であるという事への驚き。彼女を絶望させてしまった事への後悔。ウールグを守りきれなかった弱い自分への怒り。そして、ウールグに子供がいたのかという訝しみ――それらの感情が一気に渦巻き、俺はアクアに慰めの言葉さえ掛けられずにいた。



 ようやくアクアのむせび声が止む。俺は彼女の肩を軽く叩いた。


「わ、悪い……。俺、まさかウールグがお前の親父だったなんて…」


 何を言っても、空っぽの言葉のように思えてしまって、俺は何と言えばいいのか分からなかった。弁論したところで何も変わらないんじゃないか、と。そんな俺をよそに、アクアは毛皮に顔をうずめていた。


「知らなくても当然だと思う……。親父は、わざとそうしたと思うから……」


 ウールグが俺に隠し事をしていたのには、意図があったというのか。俺は何故なのか分からなくて、続きを促した。


「だって、フィルバー様は、人間が嫌い……なんだろ?」

「ああ、そうだが…?」


 むせびながらも途切れ途切れに言うアクアの言葉に、俺はますます訳が分からなくて、眉をひそめた。俺が人間が嫌いでは、言ってはならない事だというのか? 二呼吸ほどの間の後、アクアはようやく顔を上げた。


「おれの親父は、確かにモンスターだ。でもおれのお袋は・・・・・・・・・・・・人間、なんだ」


 その時一瞬で、俺はこいつの言わんとしている事が理解できた。そうした時俺は、とてつもない衝撃で、しばらく固まってしまっていた。



 とどのつまりアクアは、モンスターと、人間の間に生まれたハーフだったのだ。人間の血を引いているが人間ではなく、モンスターの血を引いているがモンスターでもない、どっちつかずの存在。恐らくウールグはそんな子供を人間嫌いの俺の元へ置く事ができないと判断したのだろう。そして必然的に人間である母親の元で、アクアを育てる事になった。そうしてアクアは、人ならざる身でありながら人間として生きてきたのだ。それは、アクア自身がそうある事を望んだのではない。それは他の要因により構成された、運命とでも呼ぶべき鎖――。そしてその運命は、この人間とモンスターの争う世界に置かれ、更に彼女を悲痛な運命へといざなっていたのだろう。――だが。


「あ、あり得ねえ! 人間とモンスターの間の子だと? そんなの――あるはずがねえよ!」


 ここは人間とモンスターが各々の存続を懸けて争い、そして、憎み合う世界なんだ。そんな中で、人間とモンスターの間に子供が生まれるなど、あるはずがなかった。子供が生まれ、育てるという事は、双方の間に、同意と双方の信頼が必要なはずなのだから……。

 アクアは、うろたえる俺をまっすぐ見つめた。


「でも、おれは…ここにいる。」


 それは、抽象的でありながら、的確な答えだった。俺が反論できずに黙り込んでしまうほどに。俺はただ、アクアの碧玉色の瞳を見つめ返す事しかできなかった。

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