第7話 一緒に来ないか
燃えたぎる火山の中のそびえ立つ、カンザラ城。四天王が居るという事もあり、挑戦する冒険者も少なくない。今日もまた、そんな人間達が入ってきた。
所々熱した岩が露出し、炎が吹き出る城。魔物もひしめいている上に対人用のトラップも多い。並大抵の人間ではまず入ることもできないが、冒険者達はその中を進んでいた。襲ってきたモンスターの腕を切り落としながら、一人の男が走る。
「このまま突っ切るぞ!」
「おう!」
もう一人の男が返事し、モンスターに斬りかかる。一人は槍のような武器を待ち、もう一人は幅広の大剣を持っていた。迫り来る闇の者の襲撃にもひるまず、先へと進んでいく。
「うわあああっっ!」
彼らの前に、全身黒い衣服で覆われた人間が現れた。それも、モンスターの大群に襲われているらしい。このままでは多勢に無勢だ。そう判断し、槍を持った男は人間とモンスターの間に魔法を放った。流水がモンスター達の足を止める。その隙に、男は槍で斬りかかった。慌てたのか、他のモンスター達が退散していく。深追いをしようとはせず、男は黒装束の人間の前でしゃがんだ。
「大丈夫だったか?」
「あ、ああ。助けてくれてありがとう」
フードの下から、笑顔がのぞく。男もつられて笑った。しかし、もう一人は大剣を背中に担いで怪訝な表情を浮かべる。
「ちょっと待て。どうしてこんなモンスターの巣窟にガキが一匹迷い込んでいるんだ」
そう、現れたのは顔立ちも背丈も年端のいかないことを示すような少女だった。その心配をよそに、槍を持った男は笑ってみせる。
「そうカッカするなよ、ハクヤ。この黒装束――“放浪の助太刀士”、アクアじゃないのか?」
「…!! おれのこと、知っているのか?」
槍を持った男の言葉に、アクアと呼ばれた黒服の少女が顔を上げる。男は依然笑みを浮かべていた。
「ああ。特定のパーティを作らず、冒険者達に一時的に加わって手助けする、全身黒服の女の子だって聞いてるぜ? それに、このフードの下には――」
バサリ、と男は少女がかぶっているフードを外す。中から現れた少女の頭部には、人の物ではない、犬耳が生えていた。いきなりフードを外された事が意外だったのか、アクアはきょとんとして耳をわずかに上に動かした。
「――やっぱりな」
「おい、セイヤ。本当にこのガキ、当てになるのか? だいたいその耳、人間の物じゃないぞ?」
槍を持った男、セイヤはどこか満足げに微笑んでいたが、大剣を担いだ男、ハクヤは不満そうだ。ハクヤのきつい言葉を受けて、アクアはしゅんとしょげてしまった。
「…分かってるよ、おれが人間じゃないってことは。でも……」
犬耳を横に倒し、悲しげにうつむいてしまう。そんな彼女の視線の高さに合わせるように、セイヤは膝をついた。
「悪い。こいつきつい事そのまま言うから、傷つけちゃったよな? 俺はセイヤ。そしてこいつはハクヤっていうんだ。よければ俺たちと一緒に来ないか?」
そっと手を差しのべる。少女は今にも泣き出しそうな顔をしていたが、やがてその手を取り、にっこりと微笑んだ。もちろんハクヤはいい顔をせず、怪訝にアクアを見つめていたが、それ以上何も言わなかった。
アクアの先導で、冒険者達は入り組んだカンザラ城の中を進んでいった。
「お前、こんなところでよく道が分かるな……」
道中、ハクヤが感嘆の入り混じった疑問を投げかける。対してアクアの表情は平然としていた。
「おれは人間より嗅覚が優れているからな」
言いながら、アクアは自分の鼻の頭を指さしてみせた。優れた嗅覚で敵や道の位置を知り、的確に報告して先導していく。慣れているのか、アクアは始終落ち着き払っていた。そんな彼女の姿に、セイヤとハクヤの二人は舌を巻いていた。しかし同時に、このような少女を戦いの場に投じなければならないという事に、胸を締め付けられるような思いを抱いていた。
「この先……」
ふと、アクアが大きな扉の前で立ち止まった。セイヤとハクヤも、彼女が対面する扉を見上げる。圧倒されそうなほど巨大な扉に、思わずつばを飲み込む。しかし意を決し、そびえる扉を押し開けた。
「なんだよ、ここ?!」
ハクヤが驚きの声を上げたのも、無理はなかった。その部屋は――――ただの空き部屋だったのである。だだっ広いだけで、他には何もない。呆然とする二人に、刹那、牙を向ける者がいた。
ハクヤの眼前に、鮮やかな血しぶきが飛ぶ。それがセイヤのものであると気付くまでに、数秒の間があった。
「へっ、何が“一緒に来ないか”、だ。おれが人間じゃねえってことに気付いてたなら、素直について来るもんじゃねーよ」
セイヤとハクヤが対峙していたのは、他でもない、アクアだった。不気味な笑みを浮かべ、鋭い爪からは鮮血を滴らせている。そこでようやくハクヤも理解した。アクアが不意打ちを仕掛け、それをかばうべくセイヤが体を滑り込ませた事に…。
「貴様、最初から…?」
ハクヤは大剣を構え、アクアに向かって唸る。
「当たり前だろ? おれはモンスターなんだ。人間を殺すために策略にはめたんだよ」
アクアは自身の爪を構えて不敵な笑みを浮かべるだけだった。ハクヤは床を踏みしめて前方に躍り出る。が、突如、彼らの足下が消えた。
「なっ、落とし穴!?」
二人は薄暗い部屋に落とされた。そこが殺意をあらわにしたモンスターで満ちている事は、容易にうかがい知れた。セイヤはまだ事切れてはいなかったが、それでも傷が深いのか、すぐには起き上がれないでいる。しかも、ここに集められたモンスターの数は他ではないほど並外れている。そして、完全に取り囲まれてしまっているのだった。さすがのハクヤも、この状況で手負いの者をかばいながら戦うなど、不可能に近い事だった。そんな事は彼も十分理解していた。理解していたが、ハクヤは自身の得物を構える。そして、向かい来る異形の者に、次々と振り下ろしていった。冒険者としての、最後の誇りを懸けて――
すごいな。俺は冷たくこの光景を見下ろしながら、素直にそう思った。死しかない運命でありながら、なおも逆らい続ける冒険者達の心意気と、人間である事を捨て、モンスターとして生きると決めたアクアの覚悟――その両方を、純粋にすごいと思ったのである。無駄であると分かっているなら諦めればいいものを、などとは思うが、実際自分も同じ立場であったなら抗うのではなかろうか。
それにしても、今回のアクアの提案には驚いた。まさか、自分を仲間であると信用させ、モンスターの群れにたたき落とす作戦を思いつくとは。今回は成功したが、人間の信用が得られない時は殺されてしまってもおかしくないというのに。つまりは、それだけの覚悟をしてこの作戦に臨んだという事。俺には、こいつの覚悟の大きさがいかほどであったかなんて、分からない。けれど、並相応のものではなかったのだろうとは思う。なぜなら、今までの自分を、自分の生き方を、全て否定してしまうようなものだから。俺は改めて、アクアの“強さ”を思い知った。




