第6話 苦しむ声が聞こえたから
全身が炎で覆われた巨鳥が、一人の人間に襲いかかる。だが銀色に輝く髪の毛が揺れたかと思うと、巨鳥の体が地に落ちた。その人間の放った矢が、巨鳥の心臓を一撃で仕留めている。なんて人間だ。俺は恐ろしくなり、その場から去ろうとした。
が、目の前を先ほどの矢が掠り、思わずその足を止める。直後、さらに数本の矢が背後の岩に打ち込まれた。俺の体は完全に硬直した。先ほどの人間が近づいて来ても、指すらまともに動かせないほどに。
「んん? 魔物のガキ? 初めて見る種だが…」
銀髪を頭の高いところで一つに縛った人間が、弓矢を持ったまま俺の顔をのぞき込んだ。空のような明るい青色の瞳が、俺を冷酷に包み込むように錯覚してしまう。抗うように、俺は震える声を絞り出した。
「お、俺を殺してみろ! 魔王様が許しておかないぞ!!」
その人間は俺の言葉にきょとんとした。だが、すぐにニヤリと口の端を上げる。
「ほォ~、人間様に生意気な口を聞くたァ、いい度胸だ。オレがしつけてやろォか?」
銀髪の人間は俺の熱をもろともせず、首を締め上げる。予想以上に強い力に、俺の声はかすれたうめき声にしかならなかった。炎を巻き上げ、反撃するが、相手は意に介そうとしない。むしろさらに締め付けられてしまい、俺の炎が消えかけてしまった。
「う、嘘じゃねえぞ…! 魔王様は…人間を全滅させる…!」
途切れ途切れに、俺は反抗した。強がりでしかないと分かってはいたが、そう言うしかなかったのだ。意外なことに、人間は手を放した。
「なァるほど? “魔王様”が人間をねェ…」
不敵な笑みを浮かべて、人間が納得したような顔つきになる。腰を上げて立ち上がり、俺を見下ろした。
「そんなに言うなら、やってみろ」
挑戦的な物言いに、俺は無性に腹が立った。だが、今の俺にはやつに歯向かえるだけの力がない。いつか、絶対に復讐してやる。人間なんて、大っ嫌いだ。俺が成長したら、魔王様のお手を煩わせることなく人間をせん滅してやる。
「水影、いるか?」
「月光か。今行く。」
もう一人の人間が現れ、アクーシャと呼ばれた先ほどの人間が去っていく。俺はその背中を見ながら、復讐を誓った…。
炎の燃えたぎる寝台で、俺は起き上がった。……夢、か。その現実を確認した時、俺は無意識のうちに笑っていた。ふっ、ずいぶん懐かしい夢を見たものだ。500年前――俺がこの世に生を受けてまもなくのこと、俺は初めて人間に出会ったんだ。あの時以来、人間というものを憎むようになったんだっけ。忘れたかと思えば、人間の街を襲ったあとに必ず、こうして夢に見る。初めて出会って、初めて怖いと思った人間。あれ以来会うことはなかったが、もし今会えたとすれば、俺はあのアクーシャという人間に勝てるだろうか?
いや、そんな事は考えるものじゃないな。どうあがいても、死んだ者は生き返ることなんてないんだから。
「……大丈夫か、フィルバー様?」
不意にかかった声に、俺は弾かれたように振り向いた。そこには、心配そうな面持ちのアクアがいた。普段は立っている犬耳も、横に倒れている。
「お前……どうしてここに!?」
俺の寝台はごうごうと燃えたぎる炎の中。それに、俺の部屋には黒岩石で覆われた床など無い。それどころか、他の場所よりも格段に温度が高くなっている。そんなところに、アクアがいるなど考えられなかった。だが、そいつは燃える寝台のすぐ横で正座をし、俺を見つめている。
「悪い夢でも見たのか? それとも、体の調子が悪い?」
声色まで、心配の色が含まれている。深緑色の瞳に、暗い影が宿る。こいつは、自分の体を顧みず俺を心配しているというのか?
「…ちょっと昔の夢を見ていただけだ。それより…!」
俺は寝台から起き上がり、アクアの体を持ち上げた。案の定、膝下の茶色の毛が少しすすけている。
「何で俺の部屋に入ったんだ! お前の体には毒にしかならないんだぞ!?」
黒岩石の上にアクアの体を降ろし、荒く問い詰める。アクアは俺をキッと睨み、叫び返した。
「だって! フィルバー様の……苦しむ声が聞こえたから……」
そいつの緑色の瞳から、大粒の雫がこぼれ落ちた。そのままあえいで止まらなくなった。こぼれた雫が俺の指に当たり、急激に冷やされて痛みが走る。俺はどうしていいか分からなくなった。
「お、おい、泣くなよ。悪かったよ、俺が悪かったから…とにかく落ち着け、なっ?」
…って、なんで俺が謝っているんだ? だが、今はそれ以外に方法が思いつかなかった。しかしそれが功をなしたのか、アクアは少し落ち着きを取り戻した。こぼれていた涙も、今は収まっている。
俺はうめき声を上げていたのかもしれない。だからこそ、アクアが心配してきたのだ。心配されるという事が、嬉しいような苦しいような、そんな感覚だとは知らなかった。……できれば、こいつにはこれ以上の心配はかけたくない。何故かは知らないが、俺はそう決意した。




