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第5話 おかえりなさい

 森のように家が生える地域。そこでは人間達が訪れる脅威に全く気付くことなく、自分の仕事に励み、また休息を取っている。眼下に広がる屋根を見ながら、俺は叫んだ。


「一斉攻撃だ! 行くぞ!!」


 部下のモンスターを大勢連れ、俺は見下ろしていた街を、人間の街を襲った。


 人間が生きるかモンスターが生きるか。そんな世界でやることは、ひたすら相手を殺すこと。モンスターは本能的に人間を食べるとはいえ、人間どもも馬鹿ではない。腕の立つ冒険者達に大抵の下級モンスターは倒されてしまう。だからこそ、冒険者の訪れていない頃合いを見計らい、こうして一斉攻撃を仕掛ける。もちろん、俺のように知性のあるモンスターが先導となって。


 すぐに家々が炎に包まれる。それと共に、炎の軍勢はさらに勢いを増した。炎獣は街を駆け巡って人間を貪り、ドラゴンは悠々と空を飛んで炎を吐き、小鬼達は人間を追い回した。俺は人間の多くいそうな建物を狙って業火に包み、消し炭へと変えた。

 ものの数時間と立たないうちに、繁華な街は焼け野原へと姿を変えた。動ける人間は誰一人としていない。それを確認して、俺はカンザラ城へ帰って行った。




 俺が城へ着くやいなや、アクアが飛び込んできた。


「お帰りなさい、フィルバー様!」


 そのままの勢いで、アクアは俺に抱きついた。いきなりだったせいで、俺は押されて後ろによろめいた。熱いはずなのにこいつは俺にほおずりし、しっぽを激しく振っている。


「ったく、何でいきなり飛びついてくるんだ。危ないだろ」

「あ゛っ…」


 ひょいとそいつの首根っこをつかんでぶら下げると、アクアは宙に浮いた手足をじたばたさせた。そのままにしていると、諦めたのか頬をふくらませた。


「んだよ、せっかくじっと待ってたのに…。『ただいま』の一言くらい言ってくれてもいいだろ?」


 頬をふくらませたまま上目遣いに俺を睨んでくる。俺は何故かしばらく目を離せずにいた。胸のどこかがきゅっと締め付けられるような奇妙な感覚に襲われ、俺は深緑色の瞳を見つめ返すことしかできなかったのだ。


「……何で俺がそんな事言わなくちゃいけねーんだ?」


 俺は我に返り、ようやくその言葉を出した。不自然な沈黙を相手はさほど気にしていないようで、そのまま続けた。


「『お帰り』って言われたらな、『ただいま』って言わないといけないんだよ! じゃないと、帰りを待ってたやつに失礼だぞ!」

「……はあ?」


 アクアは身振り手振り、しっぽまで振って力説する。毎度毎度訳の分からないことを言うやつだ。まったく、こんな事にいちいち付き合っていたら身が持たない。

 いやそれ以前に、俺は“誰かが帰りを待っている”ことを考えたことがなかった。魔王様から任務を言い渡されて実行し、任務を果たしたら居城に戻ってくるだけなのだ。自分の帰りを待っていた者など、誰もいなかった。

 だが、こいつはただ俺の帰りを待っていた。己の居城が、“帰らなくてはならない場所”から、“帰りたい場所”へ変わる。そう思うと、無視しては悪いような気がしてきた。


「……分かったよ、言えばいいんだろ? その……ただいま(・・・・)」

「お帰りなさい!」


 少々どもり気味にそう言うと、アクアは嬉しそうに返した。なぜ、こいつの笑顔を見ると胸の中を炎とは違う暖かさが流れるのだろう。こいつの表情はよく変わるが、嬉しそうな顔をされるとこちらも舞い上がりそうだ。何故だ? 何故、俺はこいつの表情がそんなに気になるんだ?


「ところでフィルバー様、そろそろ降ろして…」


 そういえば、俺はアクアの首根っこを掴んだままだった。さすがに焦れてじたばたしている。が、俺はわざと溶岩の熱で暖まった床の上に降ろした。当然、そいつは奇妙なダンスを踊ることになるのであった…。

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