第4話 あなた、人間くさいよ
開け放たれた窓から、急に風が吹き込む。同時に来客者も入ってきた。十代の少女に茶色い大きな翼とウロコに覆われた鳥足が生えたような出で立ちをしている。彼女は金属製の大きな箱を抱えて飛んできた。
「ウィンミル、お前は相変わらず自由な奴だな」
俺は来客に言葉をぶつける。ウィンミルというのは、先ほど入ってきた半人半鳥のモンスターの事である。あどけない顔立ちとその容姿からは想像もできないが、元・魔王軍四天王であったくらいの実力者なのだ。ウィンミルは持ってきた箱を床に置くと、こちらに向かって微笑んだ。
「風向きがよかったから飛んできただけよ。…それより、人間を預かっているんだってね。多分なくて困ってるだろうから、これ、あげようと思って」
そう言って、持ってきた箱を指さす。箱は飛んでいる間に中身が出ないよう、がっちりと鍵がかけられていた。人間の子供ならすっぽりと入っていまいそうなほど大きな箱で、何が入っているのか謎だ。だが俺が尋ねるよりも先に声がかかる。
「フィルバー様、誰が来てるんだ?」
慣れてきたのか、アクアは黒岩石を上手く使ってこの部屋に入ってきた。半鳥と半獣の目が合う。一瞬の沈黙が流れたが、すぐにどちらも元に戻った。
「あれ、人間じゃなかったんだ」
アクアが人間でないと分かったのは、こいつがこのカンザラ城に来てからだ。ウィンミルが知らなくても無理はない。彼女は首を傾げ、きょとんとしている。
「なあなあ、この箱、何が入ってるんだ? ずいぶん厳重に閉まってるけど…」
早速アクアがウィンミルの持ってきた箱を見つけた。それは俺も知りたいが、こいつの性格からしてあまり期待できない……というかむしろ、開けるくらいならマグマの中にでも放り込みたい。だがウィンミルは、少し嬉しそうな顔をする。
「そうそう、これを渡しに来たんだから…」
そう言って、自分から鍵を開けた。中に入っていたのは――何かは分からないが、とりあえず布がたくさんあった。ウィンミルはそのうち一つを取り出して広げて見せた。
「はい、人間用の服。どんな人間が来るか分かんなかったから、老若男女様々だけど…」
どうやら服をたくさん持ち込んだらしい。大きさや作りも物によってまちまちなようだ。なんというナイスタイミング。昨日こいつが服をほしがったばかりではないか。当然のように、アクアの瞳が輝く。しっぽまでもが期待に揺れていた。
「これ、おれがもらっていいのか?」
アクアが嬉しそうに言う。ウィンミルはくすくすと笑った。
「当然よ。私には必要ないから、全部持って行っていいよ」
「ほんと!? やった~!」
小躍りしそうな勢いで、アクアは箱を抱えて自分の部屋へと戻っていった。そいつが見えなくなるのを見てから、俺はウィンミルに尋ねる。
「で、何でお前が人間用の服なんか大量に持ってるんだ?」
先ほどからずっと聞きそびれていたのだ。ウィンミルは背中から翼を生やしている分、人間と同じ服は着れない。にも関わらず、どのくらいあるか知らないが服を持っていたのだ。だが、ウィンミルは割と素っ気なく答えた。
「何でって…食べる時に邪魔だもの」
「というのは?」
俺は理解に少し時間がかかってしまった。目的語などが省略されすぎていたのだ。ウィンミルは気を悪くせずに続ける。
「人間を食べる時に邪魔になるから脱がせていて、気がついたらあんなに溜まっちゃって……」
これも見かけからは想像できないが、ウィンミルは人間の肉を糧として生きている。見た事はないが、骨になるまで残らず食べるのだそうだ。恐らく仕留めてから服を脱がして食べていたのだろう。ウィンミルはしばらくの間苦笑いをしていたが、急に雰囲気を変えた。
「少し気になってたんだけど……。フィルバー、あなた、人間くさいよ。」
人間くさいだって?! 俺は慌てて自分の体を嗅いでみる。が、ウィンミルはそんな俺を見て大爆笑した。
「比喩よ比喩。何となく人間っぽいなって思っただけ。第一、私は人間よりも嗅覚が劣るのよ? 人間の臭いなんか分かる訳ないじゃない」
それを聞いて、俺は少し安堵した。てっきり俺は人間の臭いが染みついているかと思ったのだ。だが、“人間っぽい”という単語には腹が立った。
「俺が人間っぽいだって? おい、そりゃどういう意味だ?」
確かに俺の姿は人間に近いが、明らかに人間とは異なっている。第一、俺が一番嫌っている人間などと一緒にされたくはない。だが、ウィンミルは静かに答えた。
「――知性を持っている以上は、モンスターも何かしら人間の性質を兼ね備えているものなのかもしれない。身体的なことではなく、精神的なことでね。それが、いい意味でも悪い意味でも」
俺には、言葉の意味の大半が分からなかった。ウィンミルはいつもそうだ。時折、自分の哲学のようなものを言う。精神的に人間っぽい? そもそも、人間ぽいことにいいも悪いもあるのか? だが、俺が聞くよりも先にウィンミルは翼を羽ばたかせ、飛び上がった。
「でもね、フィルバー。あなたは……いい意味で人間くさいよ!」
そのまま、現れた時同様窓から風に乗って飛んで行ってしまった。……相変わらず自由なやつめ。自分の言いたいことだけ言って出て行くとは。俺はしばらく、開け放たれた窓を見つめていた。
しばらくして、俺はアクアの部屋に行ってみた。そいつはもらった服に着替えたあとだった。こちらに気付き、体を俺に向け直す。
「あ、フィルバー様、さっきのモンスターは? おれ、この服の礼がしたいんだけど……」
「ウィンミルならさっさと出てったよ。あいつは風のように自由なやつだからな」
俺の返答に、アクアは少ししょんぼりとした。だが、すぐに顔を上げた。
「その、ウィンミル…さん? はどんなモンスターなんだ?」
見た目に反して強そうなモンスターだったけど……と、戸惑い気味に俺に尋ねる。俺はその辺の椅子に腰掛け、頬杖をついた。
「ウィンミルはな、元々俺と同じ魔王軍四天王の一人だった。風を司り、住処に近づく人間は骨も残らず食べていた。それに、罠を作るのも得意で、この城にある人間用のトラップはほとんどあいつが作った物だ。だから、魔王様からも一目置かれていたんだ……」
淡々と、俺は昔話をする。一旦間を置いたところで、アクアが不思議そうな顔をした。
「…過去形?」
「ああ、どれも200年ほど前までの話だ」
「に、にひゃく…」
アクアの表情がこわばる。人間の寿命は良くて80年くらいだと聞くから、その倍以上の数字に唖然としたのだろう。だが、俺にとっては格段驚くべきではなかった。
「そう、200年前だ。200年前、血も涙もないと人間に恐れられていたあいつが、たった一人の男に骨抜きにされたんだ」
命を助けられたからだとウィンミルは言っていたが、それからの行動は理解できるものではなかった。人間を襲う頻度も減り、人間を助けたり、人間とモンスターの争いを平和的に解決しようとするようになったのだ。“人間とモンスターが分かり合える”などと、愚かな妄想に取り憑かれて。
「――当然、ウィンミルは四天王を破門された。だが、あいつは笑っていたんだ。『その方が自由になれる』と。……ったく、馬鹿なやつだよな。たかだか人間のために自分の力を使うなんて」
言ってしまってから、俺はしまったと思った。人間として過ごしてきたアクアがいるところで、こんな事を口にするものではない、と。意外なことに、アクアは反論しなかった。目線を下げ、口を真一文字に結んでいる。ややあってから、そいつは口を開いた。
「…そう、馬鹿だよね。所詮、人間もモンスターも、お互いを憎むことしかしようとしないのに…」
それは、正論だった。正論だったが、まるで何かを悟ってしまったかのような口ぶりだった。言葉の意味そのものは分かる。だが、その裏に隠された真意のようなものが、あるのは分かるのにつかめなかった。




