9.ユミさん
「やっほー、ユカだよー」
「あら今日はどんな厄介事を持って来たの?」母が冷たくあしらった。
「出張シェフを連れてきたー」
元アイドルのノブコお姉さんが材料を手にして入って来た。ミニスカートの衣装にミニエプロンを付けている。
「はじめまして」と父と母にあいさつした。
「ああ、あのニュースに出てた…」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「ユカちゃんと違って礼儀正しいのね」母が感心した。
「今日は出来立てほやほやの料理が食べられるよー」ユカちゃんがはしゃいでいる。
「ほう、そりゃいい」父が喜んだ。
「キッチンお借りします」そう言ってノブコお姉さんは材料をひろげた。
「それでね、それでね、見て、見て」ユカちゃんが手招きする。
僕たちはキッチンへ向かった。ノブコお姉さんの身体がリズミカルに動き出した。足でステップを踏んでいる。
「ね、これが厨房で大人気でさー。シェフは自分が見とれてるくせにスタッフには『手を止めるなー』って叱ってるんだよー」
「振り付けられて言われた通りに踊るのは嫌で仕方なかったんですけど、お料理してたら自然に身体が動き出して…。これは楽しいかなって…」
ほんとに楽しそうだ。鍋が沸くまでの時間にクルッと回ったり、ピョンと足をあげたりする仕草がムチャクチャかわいい。さすが元アイドル。
「ネットにアップしたらすぐ話題になりそう」元ファンのミユキちゃんが言った。
「ざんねんでした。わたし失踪中なので」ノブコお姉さんが笑った。
以前と違って生き生きしている。よかった。
「人に見せてるんじゃないんです。自分が楽しいだけで…」
「それでいいんだよー」ユカちゃんが言った。
僕たちは手拍子したり、掛け声かけたりして、料理が終わった時には大喝采した。
「わたしも今度やってみようかしら」母が言った。
「やめろ」父と僕が止めた。
出来立てのあったかい料理は味も抜群に美味しかった。みんなで食卓を囲んだ。
「でね、ユウコさんがアキちゃんに手伝ってもらいたいんだってー」
「ユウコさんって、毒針使いの?」
「そう」
「やっぱり…」母が頭をかかえた。
「まあまあ。元アイドルのダンスが見られたんだし」父はまた酔っている。
「どうせまた危ないことなんでしょ?」
「だいじょうぶ。今回はアタシも付いて行くからー」とユカちゃん。
「どこがだいじょうぶなのよ。よけい心配だわ」
「ユミさんっていうユウコさんのお友だちを助けに行くの」ユカちゃんは勝手に話を進める。
「ユミさん?」
「寝技のユミって言うんだって」
「寝技?」
「そう、ベッドの中でやってる最中に相手を締め殺すの」
「こわーい」アキちゃんが言った。
「そういう業界だからね」
「助けに行くっていうのは?」
「うーん。なんかー、狙った相手に拉致されちゃったみたいでー」
「はい、やめましょう」母がテーブルを叩いた。
「ユカちゃんのお父さんが何とかするでしょう」
「相手を潰すのはお父さんがやってくれるんだけどー、ユミさんの監禁場所がわからないとウカツに攻め込めないでしょー?」
「だから?」
「アタシたちも捕まるの」
「何を考えて…」
「で、見つけ出して、いっしょにいる所へ、お父さんが助けに来てくれるってわけ」
「捕まって無事でいられると思ってるの?」
「やだー、だからユウコさんとアキちゃんを連れてくんじゃん」
「この子は…」
「どうやって捕まるの?」アキちゃんが興味をもった。
「相手のワナに入るのよ。お父さんが言うにはアタシほどの美人を向こうが見逃すはずがないって」
自慢かよ。たしかにユカちゃんは容姿だけならひときわ目立つけど。性格はともかく。
「わたしがやりたいって言ったら、お父さんがユカちゃんほど美人じゃないからダメだって…」ミユキちゃんがくやしそうに言った。いやユカちゃんのお父さんはミユキちゃんを大事にしてるだけだと思うよ。
「やっぱりアンタだけ捕まって、ひどい目に遭ってくればいいわ」母が言った。
「お母さん、それはひどいよー」アキちゃんが抗議した。
「親友を見捨てていいのー?」ユカちゃんが言う。
「まず親友をやめて、縁を切ることね」
「そんなー」
「まあ、今回はアキちゃんひとりじゃなくて、あのクールなお姉さんがいっしょだろ? 頼りになりそうじゃないか」父がなだめる。
「そうだよー」とアキちゃん。
「あなたたちはのん気でいいわね。もう…」
母はアキちゃんに甘いので押し切ることができない。
数日後、ユウコさんがやって来た。ユカちゃんとミユキちゃんもいっしょだ。ユウコさんはいきなり床に正座して三つ指をつくなり
「この度は無理をお願いして誠に申し訳ございません」と言って深々と頭を下げた。
「か、かっこいい」アキちゃんが見とれた。
「ユカちゃん、人にものを頼むときはこうするのよ。わかった?」母が言う。
「わかった。やってみる」
ユカちゃんはユウコさんの真似をしてみせたが、まったく様になっていない。だが母は気が済んだようだ。
「いいわ。頭をあげなさい」
「問題はなぜユミさんが仕留め損ねたかだな」父が言う。
「おそらく相手を拘束するタイプなのかと」とユウコさん。
「なるほど。身体の自由を奪われてちゃ寝技も使えないってことか」
「でも拘束を解くようにしむけるのも上手な子なんだけど」
「ははん。わかった。そういう奴ね」母が断言した。
「どういう奴だ」
「モテない、というよりモテたことのない男ね。自分の魅力で女を引き寄せたことがないから、自分にトコトン自信がないのよ。いくら好意を見せられてもそんなはずがないと勝手に否定してしまう」
「哀れな奴だな」
「だから女に強い恨みを持っている。そんな女の自由を奪って好き放題にいたぶることで快感を得る」
「少しわかる」
「なんですって?」
「いや、何でもない」
「わたしを恨んでるの?」
「とんでもない、誤解だ」
「だから拘束プレイをしたがるの?」
「母さん、話がそれてるぞ。ユミさんの救出が先だ」
「そうだった。拉致の方法が力ずくなら抵抗しなければいいだけなんけど、薬だと飲むふりをしなきゃいけないから面倒ね」
「どうするんですか?」
「どんな薬かわからないと、解毒剤も用意できないしね。まあある程度中和できるものを用意してあげる。それとこれ」
母は透明の小さな袋を取り出した。
「この袋の端を上の歯と下の歯の裏側にくっつけて飲めば、液体は袋の中に入って重みで袋の口が自然にふさがって胃の中まで行くわ。胃液でも溶けないから後でウンチといっしょに排泄される。ユウコさんとアキちゃんにね」
「アタシのは?」ユカちゃんが聞く。
「あなたは本当に飲むのよ」
「えー?」
「どんな症状がどんなふうに出る薬かわかんないんだから。二人はユカちゃんの症状の真似をして効いたフリをするの」
「そんなー」
「どうせちょっと眠らされるくらいよ」
「それならアタシも真似で…」
「眠るのが早過ぎても遅すぎてもあやしまれるでしょ。演技下手そうだし」
「ひどーい」
「レイプドラッグなら、意識はそのままで身体だけ麻痺するのもあるのよ」
「詳しいんですね」ユウコさんが感心して言った。
「まあね」
「ワナが仕掛けられているのは教育センターみたいなところで、わたしたちは教師と教え子っていう設定なんです。入口に金属探知機があるんですけど」
「髪留めのGPSなら問題ない。見た目ではわからないように細工してある。引っかかっても、ただの金属製の髪留めだ。すぐ返してもらえるだろう」父が自慢げに言った。
「わたしの毒針も今回は金属製じゃないからだいじょうぶです」ユウコさんが言った。
「どんなの?」
ユウコさんはさっと右手を構えた。指の間にダーツの矢が挟まっている。手を振りぬくと3本の矢が柱に突き刺さった。
「か、かっこいい」アキちゃんが感心した。
「動物の骨に毒液を塗ったものだから」ユウコさんは平然と答えた。
「お風呂でこれ使われてたら危なかったねー」ユカちゃんが言った。
「アキちゃんのこと知らなかったし、他人を巻き添えにしたくなかったし」
「やっぱりかっこいい」
「アキちゃんは何の問題もないよね」
「そうなの? わたし足だけサイボーグかと思ってた」ユウコさんが言った。
「ひどーい」
「ごめん。冗談」ユウコさんが笑った。
(アキちゃんの回想)
ユウコさんはスーツ姿で眼鏡をかけている。インテリ教師っぽい。わたしとユカちゃんは制服姿で後からついて行く。受付で名前を記入し、入館許可証をもらう。金属探知機はすんなり通過した。その後、すぐアシスタントのお姉さんが現れた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。本日は限定の特別コースがありますので、先にそちらをご案内いたします」
これがワナか。金属探知機のところで物色して、狙った獲物は別コースへ誘導する。簡単な仕組みだ。エレベーターで地下へ案内される。ドアが開いたところで銃を構えた男が待ち構えていた。
スマホを取り上げられて連行される。素直に従う。よかった。薬は飲まなくてよさそうだ。ユカちゃんもほっとしているみたいだ。連行された場所には数人の女性たちが檻に監禁されていた。ユウコさんが振り向きざまダーツの矢を放った。銃を持った男は倒れた。
「ユミ! いる?」ユウコさんが呼んでも答えはない。
監禁されている女性たちが檻を開けてくれと頼むが、ユウコさんは無視してユミさんの顔写真をみんなに見せてまわる。ユカちゃんは倒れた男から鍵束を奪い取った。
「その子ならさっき連れて行かれた。ボスの部屋だと思う」監禁されている誰かが言って、みんながうなずいた。
ユウコさんがユカちゃんから鍵束を受け取って、男の銃を取り上げるよう命令する。ユカちゃんが銃をかかえると、檻の鍵穴に鍵を差し込んで試す。ガチャッと音がして鉄格子の扉が開いた。ユウコさんはユカちゃんを檻の中に押し込んで鍵を閉めた。
「ちょっと、何するのよー」ユカちゃんがあわてて言った。
「アンタは足手まといだから。そこでお父さんの助けを呼んで待ちなさい」
ユウコさんは倒れた男に何かの針を刺した。男が目を覚ました。今度は別の針を刺した。
「ぎゃあっ」男が叫んだ。
「ボスの部屋はどこ? 案内しなさい」もう一度刺す。
「ぎええっ」
「早くしないと次は目に刺すよ」
「わ、わかった。案内する」男は立ち上がった。
ボスの部屋は廊下の奥にあった。
「開けなさい」
その時非常ベルが鳴った。救急サイレンみたいなのも鳴り始めた。ユカちゃんのお父さんの部隊が突入してきたのだと思った。ボスの部屋のドアが開いた。中から戦国時代の鎧人形みたいなのが出て来た。これがボス?
鎧を身にまとった男がガシャンガシャンと音を立てながら近づいて来る。手に持っているのは刀というより棒のようだ。鬼に金棒じゃなくて鎧に金棒? ユウコさんがダーツの矢を放ったが、すべて鎧にはじき返された。今だ。相手の動きが遅いのでわたしは簡単にすり抜けてボスの部屋に入った。
「ユミさん、いますか?」
女の人がハダカで鎖に繋がれて空中に浮かんでいる。両手両足をひろげられた格好だ。
「わたしよ。そこの壁のスイッチで鎖をはずして」ユミさんが叫んだ。
「どのスイッチ?」
「知らない。たぶん、どれか」
わたしは手当たり次第にスイッチを押した。鎖が上下左右に動いたり回転したりした。
「きゃあああ、そ、そこじゃない方」
ユミさんの身体が空中でねじれている。わたしは別のエリアのスイッチを片っ端から押した。
「ぎゃああああ」外からユウコさんの物凄い悲鳴が聞こえた。
ガチャっと音がして鎖がはずれた。ユミさんの身体がドスンと床に落ちた。
振り返ると鎧の男がドアに立っていた。蹴りにいこうとした瞬間、男の持った棒の先がわたしの身体に触れた。ビリビリビリ。
「ぎゃああああ」わたしは悲鳴を上げた。
全身に強烈な電気が流れた。目から火花が散った。わたしは口から泡を吹いてその場に倒れた。手足がビクビク痙攣している。そのとき鎧の男の後ろからすっと白い手が伸びてきて、首と頭をがっちり掴んだ。
「この瞬間を待ちわびたよ」ユミさんの声だ。
コキッと異様な音がして、鎧の男の首が変な方向にねじ曲がった。男は倒れた。
「『牛追い棒』って言うんだよ、あれ。もっとカッコいい名前にしてほしいよね」
ユミさんがお酒を飲みながら話している。
「スタンガンと同じ原理でしょ?」ユウコさんもお酒を飲んでいる。
父は飲み仲間が二人もできて、すこぶる上機嫌だ。
「そう。あいつ、そればっか研究してるオタクだったわけ。電流と電圧をちょっとずつ調整してさ、だんだん数値をあげていくのよ。それを気絶するまで続ける。やられる度にこっちは悲鳴上げてさ。気が狂うかと思ったわ。意識を失わさずに最大の苦痛を与えられる電気ショックの値を研究してたわけ」
「どこまで上げたら死ぬかとか?」
「それはナチスがとっくの昔に研究し尽くしてるからね。あいつも確認のために何人かは殺してるだろうけど」
「でもそれって、人にもよるし、体調にもよるし…」
「きりがないのよ。だからのめり込む」
「で、飽きたら売り飛ばす。りっぱな人身売買組織だよねえ」
「でも今回は情報不足だった。あいつは部下にも隠してやってたからね」
「組織の内部情報より被害者から情報を取るべきだったね」
「被害者は何をされるか一番よく知ってるからね」
「でもレアケースだよ。普通の男はみんなスケベなんだから」
「あいつもそっちなら最高に気持ちよくさせてやったのにさ」
「さ、最高に気持ちよくって、ど、どんな?」アキちゃんが食いついた。
「あれ? 興味あるの? お嬢ちゃんにはまだ早いよ」
「この子、もう結婚してるんだって。ああ、事実婚ってやつ」ユウコさんが言った。
「うそ。まだ中学生でしょ?」
「わたしも驚いた。時代は変わってるんだよ、ユミちゃん」
「へえ。じゃあもう飽きちゃったの?」
「え?」
「そういうテクニックはね、ふつうのやり方に飽きちゃった人が覚えるんだよ。最初っからそんなの覚えたら変態への道まっしぐらだよ」
「そ、そうなんですか?」
「だからもっと大人になってから、ね」
「アタシにだけこっそり教えてー」ユカちゃんが言った。
「その子の言うことは聞かない方がいいよ」ユウコさんが注意した。




