10.ナオトくん
ミユキちゃんが置手紙を残していなくなった。手紙にはアキちゃんを二度も危険な目に遭わせてしまって申し訳なく思っていること。今後は自分が組織に潜入すると決めたこと。自分は何をされても平気だし、むしろされたいし、ユカちゃんのお父さんの役にも立ちたい。そんなことが書かれてあった。そしてユカちゃんのお父さんが見つけて助け出した時、ミユキちゃんは全身傷だらけの状態だったという。だが売春組織は壊滅。ユカちゃんのお父さんのお友達の刑事さんはまた手柄を上げた。その後もミユキちゃんは自ら潜入を続け、売春組織は次々と壊滅、刑事さんは手柄を上げ続け、いまやエースと呼ばれている。そしてミユキちゃんはその刑事さんの秘密兵器的な扱いになっているそうだ。ユカちゃんのお父さんの部隊の介入も、警察は明言はしないが自分たちの特殊部隊だとほのめかしている。ウィンウィンの関係らしい。
「いけにえ事件の時、離婚してでもとか言ってたもんねー」アキちゃんが言った。
「ミユキちゃんは離婚を望んだけど、お父さんが断った。離婚はしないけど好きにしていいって。お父さんも保護者としての役目は果たすって」ユカちゃんが言った。
「でも自分の奥さんが弄ばれるの嫌だろうねー」
「お父さんは、自分が嫌だからってミユキちゃんの自由を奪っていいことにはならないと言ってた」
「なんか、りっぱだねー」
「ちゃんと世の中のためにもなってるしねー」
「ますますりっぱだねー」
「ミユキちゃんはほんとに特異な体質みたい。複数の男にされるのが好きみたいだし、ひとりじゃ満足できないとか言ってたし」
「す、すごいね」
「それに身体がすごく柔らかくて、どんなアクロバティックなポーズもできるんだって。それが男たちをどんどんエスカレートさせて、あの声で上げる悲鳴がますます興奮させるんだって。それにね、これはウワサだけなんだけど…」
「なに?」
「ミユキちゃんのアソコってどんな大きいのも入るらしいよ」
「えー?」
「こぶしも入るって」
「う、腕が入るってこと?」
「うん」
「まさかー」
「ウワサだしねー」
「そうだよねー。おおげさだよねー」
「男はそういう話が好きだからねー」
「ミユキちゃん、今はどうしてるの?」
「ここしばらく入院してたけど、明日退院できるってー」
「今回は拷問されたんだって?」
「うん。拷問って言っても身体を壊しちゃったり使えなくしちゃったりまではしなくて、ただ全身の皮膚を切り裂いて恐怖と苦痛を何度も味わわせられたみたいで、でも最高だったって言ってたよ」
「そ、そうなの?」
本人がいいのならそれでいいのだろうか。でも身体が心配だ。毎回ちゃんと治療して手厚く介抱されていると言うものの、すでに傷跡だらけだという。僕たちには想像もつかない。
ミユキちゃんがユカちゃんといっしょに登校して来た。身体の傷を隠すために長袖のシャツとスカート、黒のタイツという格好だ。放課後ひさしぶりに僕の家に集まろうということになった。4人で田舎道を歩いていく。途中でひとりの男子が立ちすくんでいた。
「どうしたの?」ユカちゃんはいつでもどこでも誰にでも声をかける。それが厄介事を引き寄せる理由でもある。
「あれ? ナオトくん?」ミユキちゃんが言った。
「知ってるの?」
「同じクラスの子」
「ちょうどよかった。いっしょに行ってくれないか」ナオトくんが言った。
「どこへ?」
「あそこ」ナオトくんが指さした。田んぼの中に空き家がある。あばら家だ。
「住んでるの?」
「まさか。昨日あそこに忘れ物をしたんだ」
「それを取りに行くの?」
「昨日、探検に行ったんだけど、出たんだよ」
「何が?」
「何か、恐ろしいもの」
「げっ、幽霊とか?」
「わからないけど、それであわてて逃げ出した時に忘れ物しちゃって、取りに行きたいけど、ひとりじゃこわくて…」
「おもしろそー」
「行こう行こう」アキちゃんは乗り気だ。
僕たちはみんなで空き家に向かった。夜だったらひるんだかもしれないが、まだ夕方だ。しかし家の中は薄暗い。ナオトくんが先に入って行った。ほんとに何か出てきそうだ。隅に大きな機械みたいなものがあった。ナオトくんがそれを抱えて振り返った。
「動くな!」
ナオトくんが持っているのはボウガンだった。引き金を引いた。ビュンと音がして矢が放たれた。すごい勢いで僕たちの後ろの壁にビシッと突き刺さった。ガチャッと次の矢が装填された。連射式だ。
「な、何?」ユカちゃんが驚いて聞く。
「動くな。ゆっくりあっちへ行け」ナオトくんが部屋の奥を指した。
ボウガンは真っすぐ僕に狙いをつけている。僕たちはゆっくりと奥へ移動した。
「僕を誰だか知ってるか?」ナオトくんがユカちゃんに聞いた。
「ナオトくん…でしょ?」
「知らなかったろ。僕のこと、知らなかったろ」
「う、うん、知らなかった」
「僕の成績は学年2位だよ」
「へ?」
「学年トップのコイツは有名で誰でも知ってるのに、僕のことは誰も知らないんだ。だからコイツがいなくなれば、僕が学年トップになるんだ。僕が有名になるんだ」
「頭おかしいの?」
「うるさい。うるさい。うるさい」
ユカちゃん、あまり刺激するのはやめよう。どう見ても正気じゃない。アキちゃん、早く蹴り飛ばしてくれ。でもアキちゃんは動かない。そうか。ボウガンが僕を狙っているからだ。自分を狙っていればアキちゃんは矢をすばやくかわして蹴れるかもしれないが、僕は運動神経がよくないのでこの至近距離では絶対かわせない。
「僕もこんな美人を連れて歩くんだ。女をはべらせて歩くんだ」
僕はみんなからそんなふうに見られているのか。
「でもさ」僕は冷静に話そうとした。「僕を殺してそのあとどうする? ひとりでみんなの口をふさいで、証拠隠滅までできるのか? 間違いなく捕まるよ」
「うるさい、うるさい。もう2位はいやなんだ。お父さんもお兄ちゃんも学年トップだったんだ。だから僕も学年トップでなきゃダメなんだ。毎日毎日家族をがっかりさせてるんだ。こんな毎日が続くくらいなら、捕まって刑務所へ行った方がマシなんだ」
これはそうとう思い詰めている。そんなくだらないことで。競争社会はこんな人間を生み出してしまう。こいつにはカウンセリングが必要だ。
アキちゃんが静かに僕の前に立ちはだかった。
「なにそれ? コイツをかばってるの? いいなあ。うらやましいなあ。でも腹立つなあ。二人まとめて串刺しにしちゃうよ」
ユカちゃんが携帯を取り出そうとした。
「動くなと言ったろ。撃つぞ!」ユカちゃんが手を止めた。
アキちゃんがさらに一歩前に進み出た。
「来るな!」ナオトくんが引き金を引いた。
ミユキちゃんがアキちゃんを押しのけた。
「がはっ」ボウガンの矢がミユキちゃんの身体を貫いた。
「ミユキちゃん!」
アキちゃんがナオトくんを蹴り飛ばした。僕はミユキちゃんに駆け寄った。ミユキちゃんは床でボウガンの矢に射抜かれた身体を震わせている。アキちゃんが泣きだした。ユカちゃんがお父さんに電話した。
「ミユキちゃん、手術成功。助かったよ」ユカちゃんが言った。
僕たちはほっと胸をなでおろした。
「わたしをかばって…」アキちゃんはまた涙ぐんだ。
「ナオトくんは?」僕がユカちゃんに尋ねた。
「海に沈めてもらう。いや海は汚しちゃいけないから、沼に沈めてもらう」
「いやいや」
「ミユキちゃんを殺しかけたんだよ」
「いやそれでも」
「お父さんにまかせちゃったから、もう遅いよ」
そうなのか。かわいそうに。ひどい人生だ。




