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7.いけにえ

「なんかお父さんがアキちゃんにお願いしたいことがあるんだって」ユカちゃんが言い出した。

「ほらきた」母が敏感に反応した。「おことわりよ」

「まだ何も言ってないじゃん」

「言わなくてもわかります。どうせ危険なことなんでしょ」

「危険じゃないって」

「だったらユカちゃんがやりなさい」

「アタシじゃ危険なのよね」

「やっぱり危険なんじゃない」

「でもアキちゃんだったらだいじょうぶだって」

「どうして?」

「蹴りがあるから」

「あのねえ」母が頭をかかえた。「アキちゃんをお父さんの仕事にかかわらせるのはやめてちょうだい」

「前にちゃんと断ったよ」アキちゃんが言った。

「でも今回の話はアキちゃんも断らないんじゃないかって」

「どんな話?」

「聞いちゃだめ。聞いたら闇に引きずり込まれるわよ」母が止めた。

「そんな…」アキちゃんはとまどっている。

「じゃあアキちゃん抜きで話そうよ。それでアキちゃんに聞かせるかどうかはそっちにまかせる」

「うそ。ユカちゃん、ちょっと利口になったんじゃない?」

「やだ、てれるー」

「いいわ。私たちが先に聞きましょう。あなたはアキちゃんが盗み聞きしないように見張っててちょうだい」母は僕にそう言うと、父を誘ってユカちゃんといっしょに母の部屋へ行った。

僕はアキちゃんと残った。ミユキちゃんもいるけど、さっきからずっと黙って座っている。

「どんな話だろう?」と僕。

「気になるね」とアキちゃん。

「でも危険なことは間違いないよ」

「ユカちゃんのお父さんだもんね」

ユカちゃんのお父さんは裏社会のボス的存在だ。


 しばらくして母たちが出て来た。父と母は複雑な表情をしている。

「困ったな」父がぼやいた。

「他に方法がないのかしら」母も困っている。

「話を聞いた限りでは、万全の体制を整えているようだが…」

「でも何が起きるかわからないし…」

「一週間分のごちそうとお酒を用意する」ユカちゃんが言った。

父の心が動いたのは明らかだ。情けない父だ。

「まあ聞け。アキちゃんがイヤなら断ればいい」父が話し始めた。「ユカちゃんの説明じゃさっぱりわからんから直接お父さんに電話してもらった」

 ユカちゃんのお父さんによれば最近裏社会に新しい悪党が登場した。牛みたいな男らしい。組織を潰したいが、表立った抗争は避けたい。できれば不正の証拠を手に入れて警察の手に委ねたい。そこでスパイを忍び込ませ、屋敷の見取り図から部下の配置、監視カメラの位置、あらゆる情報を集めた。証拠は寝室にあるパソコン内にあるとわかった。普通に押し入ったらパソコンを処分されてしまうかもしれない。だがこっそり寝室に入る方法が見つからない。本人が招き入れない限り無理だろうということになった。そこでアキちゃんの出番だ。男はとんでもないロリコンで、中学生の女子をさらってきてはレイプを繰り返していると言う。部下たちはいけにえと呼んでいる。スパイがアキちゃんをいけにえとして差し出せば、すんなり寝室に入れてもらえるだろう。そこでスキを見て用意した薬を飲ませ、パソコンの電源を入れてUSB機器を差し込む。あとはこちらから遠隔操作で内部データをダウンロードするだけだ。アキちゃんはすぐに脱出させる。

「やめてくれ」僕が言った。

「先にアキちゃんが縛られたり薬を盛られたりしたらどうするんだよ」

「それはないということだ。男は抵抗する女子を力ずくでレイプするのが大好きなんだそうだ。逃げ回る女子を追いかけて服を素手で引き裂いたりして興奮するらしい」

「なんてやつだ」

「しかし誰かが止めないと犠牲者が増え続けるぞ」

「そんな奴に薬をどうやって飲ませるんだよ」

「問題はそこよ」母が言った。「スキを見てなんて口で言うほど簡単じゃないわよ」

「スパイの話じゃ奴はいつも片手に酒の入ったグラスを持っているらしい」

「気づかれずにどうやって薬を入れるんだよ」

「スポイトで一滴垂らすだけでいいそうだ」

「スポイトをどうやって隠し持つんだよ」

「使い切りの目薬に見せかけてある。手のひらに隠せるそうだ。どのみち奴は身体検査なんかしない。どんな抵抗を見せるか楽しみなんだそうだ」

「それだけ力に自信があるわけか」

「試しに女子に銃やナイフを持たせたこともあるらしい」

「悪趣味だ」

「征服欲を満たしたいんだろう」

「わたしは反対。不確定要素が多すぎるわ」母が言った。

「ユカちゃんのお父さんはいざとなったらいつでも踏み込めるように部下を配置して、ロケット弾を撃ち込んででもアキちゃんを助け出すとは言っていた」

「そんなこと言ったって…」

「わたしがやりたい」黙っていたミユキちゃんが突然言い出した。

「なに? また禁断症状?」

「ううん。わたしの体質。わたしならいけにえになっても平気だし、むしろうれしいし、薬を飲ませることもできると思う」

「そんなこと、お父さんが嫌がるよ」

「だから離婚する」

「ええー?」全員が声をそろえた。

「離婚して、この任務を果たす」

「いやいやいや」

「わたし、お父さんには感謝してる。だからどうしても役に立ちたい。それに…わたしの体はどうしようもなくて…お父さんだけじゃ満足できなくて…でもこういう任務ならわたしの体も満たされて、お父さんの役にも立てる。お父さんが嫌がるなら離婚して、これからは部下として仕える」

「なんてことだ」父がつぶやいた。母は声も出ない。

「わたしがやる」アキちゃんが言った。「ミユキちゃんを離婚させられないし、そんな奴、許せないよ」

「よく言ったー」ユカちゃんが拍手した。

母がユカちゃんを殴る真似をして見せた。


 アキちゃんを乗せた車が屋敷の前に着いた。アキちゃんは男に連れられて屋敷の中に入った。あの男がユカちゃんのお父さんのスパイだ。僕はユカちゃんのお父さんといっしょに屋敷の外の茂みに隠れている。周りにはユカちゃんのお父さんの部下が全員警察官の格好をして待機している。本物のパトカーが1台だけあって、ユカちゃんのお父さんのお友達の刑事さんが乗っている。刑事さんは内部情報を漏らす代わりに、こうやって大きな手柄をいくつも挙げさせてもらって出世しているそうだ。僕らは屋敷の寝室の窓を見張っている。カーテンが閉まっているので中の様子は見えない。盗聴器やカメラも考えたが、見つかったらアキちゃんがただのいけにえではないことがバレてしまう。いざとなったらどんな手段を使ってでも突入する覚悟だったが、盗聴器なしではそのタイミングがわからない。ユカちゃんのお父さんはアキちゃんを信じて待とうと言ったが、僕の心の中は不安でいっぱいだった。


(アキちゃんの回想)

 わたしは開けられた寝室の扉から中に入った。牛のような大男がグラスを片手に立っていた。扉が閉められ、鍵がかけられた。

「おお、今夜のいけにえは小さいのう」男は笑っている。

わたしは手にスポイトを握りしめていた。男の手のグラスに薬を入れなければならない。間合いを測った。男が近づいて来る。

「どうした? こわいのか? ん?」

こわがっているフリをした。男が手を伸ばしてきたので、かわした。

「おや? なかなかすばしこいのう? ふうん」

男はグラスをベッドサイドテーブルに置いて、両手をひろげた。

「さて、逃げられるかな?」

男が飛びついて来たので、再びかわした。何か違う。こいつ、わざと逃がしてくれてる。手加減している。もてあそんで面白がってる。でも油断しているならやりやすい。わたしはわざとテーブルから離れて、男がテーブルに背を向けるように位置取りした。今度つかまえに来たら、真っすぐテーブルに向かって、男が振り向く前に薬をグラスに入れてしまおう。男が飛びかかって来た。わたしは脇の下をかいくぐってテーブルに向かいながら振り向いて男を見た。男はまだ振り向いていない。わたしはテーブルのグラスにスポイトで液を垂らし、空のスポイトをベッドの下に投げ入れた。やった。成功だ。あとは男がお酒を飲むのを待つだけだ。男はゆっくりと振り向いた。

「やるのう。ではわしも…そろそろ本気を出すとするかのう」

男の雰囲気が変わった。本気を出す前にお酒を飲んではいかがでしょう。男が向かって来た。かわそうとしたとたん、髪をつかまれた。素早い。わたしは髪を引っ張られ、男に背後から抱きしめられた。

「やめて」わたしはもがいた。

男は両手でわたしの制服をわしづかみにして左右に引き裂いた。ビリビリビリ。

「いやあああ」

すごい力だ。スリップも破られ、ブラジャーも引きちぎられた。

「ひいい」

わたしは両手で胸を隠して、しゃがみこんだ。

「なにをやっておる? ああ、おっぱいを隠しておるのか。かわいいのう。見られたくないのか? 恥ずかしいのか?」

恥ずかしいよ。見られたくないよ。わたしは必死で胸を隠しながら逃げ回った。男は笑いながら追いかけてきて、後ろから今度はわたしのスカートをつかんで引き裂いた。恥ずかしさで胸がいっぱいになって、動きが鈍った。

いきなり男の拳がわたしのお腹にめりこんだ。

「ぐげえっ」

胃の内容物が逆流してわたしの口からあふれ出た。

「げええ、ごほっごほっ」

わたしは両手で胸を隠したまま床を転がった。

「なんじゃ? まだ胸を隠しておるのか? お腹をかばうべきじゃろう」

今度は男の靴がお腹にめりこんだ。

「おごぼほほお」

お母さん、ごめんなさい。世の中甘く見てました。大男だから動きが鈍いだろうと思い込んでました。もう二度と危険なことはしません。だから許して。大男さん、もうわかったから、黙ってお酒を飲んで下さい。

「しぶとい子じゃのう。じゃがこうしたら…」

男はわたしのショーツに手をかけた。やめて。でも声が出ない。ショーツが引き下ろされた。わたしは左手で胸を隠し、右手であそこを隠した。涙があふれ出た。わたし、いけにえにされちゃう。

「そうそう、そういう恰好になるよのう。じゃがそんな恰好で何ができるんじゃ」男はげらげら笑った。

「逃げ回るとか、抵抗するとか、もうできんじゃろう」

わたしはうめきながら身を小さくした。涙が止まらない。お願いだからはやくお酒を飲んで下さい。男はわたしの身体を抱え上げて、ベッドに放り投げた。わたしの身体がベッドの上でバウンドした。男はベッドの脇に立った。

「そんなに隠されると、よけいに見たくなるのう」

お願いだからもうやめて下さい。その前に一杯やりませんか。

「これからもっと恥ずかしいことを教えてやるからのう。楽しみじゃ」

知ってます。カレとはもうやりました。だから許して。お酒を飲んで。

男がわたしの両手首を握って、わたしの身体から引きはがそうとした。

「いやっ」

男の身体がぐらッと揺れて、倒れた。なに? 誰か来てくれた? 顔を上げたが誰もいなかった。蹴った? わたしが蹴ったの? ほんとに? 

 わたしは大急ぎでグラスを手に取り、男の口にお酒を流し入れた。それから髪留めに仕込んだUSB機器を取り出し、パソコンに差して電源を入れた。USB機器のランプが激しく点滅した。わたしはベッドのシーツで身をくるんだ。


「オッケー、繋がりました。もう脱出させて大丈夫です」

ユカちゃんのお父さんの部下が言った。目の前のパソコンを操作しているハッカーのお兄さんだ。刑事さんの乗ったパトカーがサイレンを鳴らして屋敷に向かった。警察官の格好をした男たちもいっせいに屋敷に向かった。本物の警察官が来る前にアキちゃんを連れ出す。監視カメラの映像を消す。寝室のパソコンを警察に押収させる。中身のコピーは手に入れた。


 僕は連れ出されたアキちゃんがシーツにくるまれていて、引き裂かれた服を抱えているのを見た。頭が真っ白になった。アキちゃんを抱きしめた。

「ごめんね」アキちゃんが言った。

「やだー、アキちゃんやられちゃったのー?」ユカちゃんが出て来て言った。

こいつどこに隠れていた。その無神経な発言はなんだ。

「やられてないよー。言っとくけど見られてもないからねー」

「そんなことどうでもいいよ」僕が言った。

「どうでもよくないよー。必死で守ったんだからねー」

「証明できるのー?」

「またその話ー?」

僕にはわかっている。ほんとに何かされていたらこんなふうに話せるわけがない。だからユカちゃんも安心してからかっているだけだ。ユカちゃんだって本当はすごく心配していた…と信じたい。


 僕たちは盛大なごちそうを前にしていた。ユカちゃんのお父さんも今回はすごく反省したらしい。

「薬なんかに頼らずに最初っから蹴っ飛ばせばよかったじゃん」ユカちゃんが言った。

「わたしもちょっとそう思ったー」とアキちゃん。

「いやそれはわからんぞ」父が言った。「無意識の蹴りだったからこそ避けれなかったのかも知れん」

「そうだね。意識して蹴りにいってたら対処されたかも」とアキちゃん。

「そうだよ」僕も賛成した。

「とにかくユカちゃんのお父さんの依頼は二度と受けません」母がきつく言った。

「わたしも、もう懲りた」とアキちゃん。

「お父さんに言っとくー」ユカちゃんが軽く答えた。

「他人事みたいに言うんじゃありません」

「えー?」

「アキちゃんに申し訳なかったとか思わないの?」

「いや、むしろりっぱだと…あっぱれ?」

「あなたという子は…」

「でもアキちゃんのおかげでもういけにえにされる子はいなくなったんだよー」

「それはそうだけど」

「だいじょうぶ。もう危険なことはしません」アキちゃんが断言した。

「まあ、いい教訓になったわね」

「はい」

「ユカちゃんには全然教訓になってないみたいだけど」僕がぼやいた。

「次は…わたしがやる」ミユキちゃんがつぶやいた。


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