6.ショウコ先生
夜、玄関チャイムが鳴った。
「やっほー、ユカだよー。突然ごめんねー」
「また…」母の手がふるえた。
「ユカちゃんどうしたのー?」
「うん、学校に忘れ物したから取りに行きたいのー」
「ひとりで行けばいいでしょ」母が冷たく言った。
「えー、こわいからやだー」
「このわがまま娘が」
「夜の学校へ行くの? おもしろそー」アキちゃんがのった。
「でしょー」
「きもだめしか」
ユカちゃんの乗って来た車にはミユキちゃんも乗っていた。いつもの4人で、学校に着いた。塀を乗り越えて校庭に忍び込む。
「あれ? 今教室の電気がついたよ?」
「ほんとだ。誰かいるのかな?」
「心霊現象?」
「こわいこと言わないでよ」
「行こう」ユカちゃんが走り出した。
僕たちも追いかけた。2階の僕たちの教室だ。階段を駆け上がる。
「誰かいるのー?」
ユカちゃんが大声で叫びながらバタバタと廊下を走っていく。教室のドアを思いっきり開けた。
「先生?」
ショウコ先生が教壇に立っていた。こちらを見てびっくりしている。
「あ、あなたたち、どうしたの?」
明らかにうろたえている。
「忘れ物しましたー」ユカちゃんが自分の席に向かった。
「先生こそ何やってるんですか?」
「し、仕事です」
「こんな時間に? 教室で?」
「いいから、早く帰りなさい」
「でも…」
「あなたたちには関係ありません」
「わかりましたー」ユカちゃんが言った。「失礼しましたー」
ユカちゃんが教室を出て行ったので、僕たちもあわてて後を追った。廊下を曲がって階段を少し降りたところで、ユカちゃんが座り込んだ。
「どうしたの?」
「盗聴器を仕掛けてきた」
「えー?」
「アタシの席の椅子の上に置いて来たから、先生からは見えないよ」
「いつも持ち歩いてるのか?」
「お父さんが心配性だからねー」
なるほど。ユカちゃんのお父さんは裏社会のボスで、ユカちゃんも度々危険な目に遭っている。用心のため髪留めにはGPS機能が付いている。ついに盗聴器まで…。イヤホンは二つしかない。ユカちゃんは片方を僕に渡した。
教室のドアを開ける音がした。先生が出て行った? イヤホンから先生の声が聞こえてきた。
「今日はやめてください。今、子供たちが忘れ物を取りに来ました。まだその辺にいるかもしれません。あ…やめて…だめです…ほんとです…いや…やめてください…のぞかれたらどうするんですか?…今日はゆるして…また次に…」
チェッという舌打ちが聞こえて、教室から誰か出て行く音がした。僕たちはそっと廊下の端からのぞいてみた。ショウコ先生が出てきて、教室の電気を消した。スマホの灯りが点いて、先生の足元を照らした。先生はスカートのすそを直している。
僕たちは足音を忍ばせて、その場を立ち去った。
「作戦会議するわよ」ユカちゃんが言った。
「どうして? どうしてウチなの?」母がわめいた。
ユカちゃんの邸宅から料理とお酒が届いて少し収まった。父は酒さえあれば上機嫌だ。
盗聴器の音声はネット上に保存されていたから、ダウンロードしてもう一度みんなで聞いてみた。
「どう思う?」
「あれ絶対いやらしいことされてたよね」
「わたしもそう思う」
「先生嫌がってたみたい」
「そういうプレイかもしれないぞ」父が口をはさむ。
「プレイ?」
「いつもの職場で誰もいない状況って燃えるのよね」母が言う。
「また変態プレイの話かよ」
「でも先生敬語だったし、おびえてたみたいだし…」
「だからそういう演技もありのプレイなのかも知れんぞ」父がこだわる。
「ショウコ先生はそんな変態じゃないよー」アキちゃんが言った。
「わたし、脅されて呼び出されたんだと思う」ミユキちゃんが言った。
「そうなの?」
「一度レイプされて、写真とか撮られて、言うこと聞かないとバラまくぞとか言われて…」
「ミユキちゃんがそうだったの?」
「うん」
「夜間の警備員とかいないの?」母が聞いた。
「いないさ」父が答えた。「私立ならともかく公立だろ? 昔は宿直当番なんてあったけど、労働時間の見直しとかで無くなった。ただでさえ教員の残業時間は過労死ラインを大幅に超えているからな。警備会社に頼んでセンサー取り付けて反応したら駆け付けるくらいだろう。それも窓ガラスが割られでもしなきゃ反応しない」
「そうなんだ」
「過労死ライン…先生って大変なんだね」
「その先生をレイプするなんて許せないよね」
エロ動画の定番だ。女性教師、女子アナ、ナース、OL、受付嬢、職場での性行為を描く。いかにオスがすべてのメスを生殖行為の対象として見ているかの証明だ。女性の人格を無視している。想像するだけなら罪にならないと言うが想像して興奮すること自体が問題だ。誰でもちょっとしたきっかけで行動に移してしまうかもしれない。宗教で性欲が罪とされるのも無理はない。愚かな生き物だ。
「本当にレイプだとしたら大問題だよ」
「犯人は同じ学校の教師か、生徒の可能性もあるな」
「ますます許せない」
「絶対見つける」
「蹴り殺す」
「こ、殺しちゃだめだよ」
「変態プレイの線も残ってるぞ」父はしつこい。
「ショウコ先生を見張っていれば、わかるよ」
「GPSを仕込む?」
「どうやって?」
「スキを見てバッグの中に放り込むとか」
「気づかれたらアウトじゃん」
「ユカちゃんのお父さんに頼んで、尾行してもらう?」
「それはありだね」
「ああ…わたしも…レイプされたいかも」
「やばい。ミユキちゃんの禁断症状だ。連れて帰らなきゃ」
「じゃあまた明日ねー」
翌日、僕たちが学校に行っている間に、ユカちゃんの邸宅から料理とお酒がウチに届いた。母はもうあきらめている。父は上機嫌だ。
「お父さんに言ったらね」ユカちゃんが言った。「ショウコ先生のスマホを追跡できるって」
「ほんとか?」
「ユカちゃんのお父さんならそれくらいのことはできるだろ」父が酒を飲みながら言う。「正当な手続きなしには何もできない警察と違って、裏社会では違法な手段でも何でもやりたい放題だからな。腕のいいハッカーならショウコ先生の携帯番号をつきとめてウイルスを仕込むことくらいわけないだろ」
「ちょっとこわいねー」アキちゃんがもらした。
「なによー。素直に感謝すればー」ユカちゃんが言う。
「まあそれはそうなんだけど」
「ユカちゃんは平気なの?」
「もう慣れたー」
「それもそうか」たしかにユカちゃんにはどうしようもないことだ。もしユカちゃんのお父さんが逮捕されるようなことがあったら、ユカちゃんだけでも僕たちが守ってあげよう。
「待って。今連絡が入った。ショウコ先生が学校を出て、自宅以外の方向に向かってる」
「尾行してるの?」
「これから向かうみたい」
「わたしたちも行く?」
「行きたい」
「やめなさい」母が止めた。
「大人たちにまかせろ」父も言った。「今は情報を集めるのが先だ」
「えー、つまんない」
「遊びじゃないのよ」母が叱った。
「相手がどれだけ用心しているかわからないからな。バカな奴ならすぐに身元が判明するだろう」
相手はバカな奴ではなかった。ショウコ先生が向かった先はホテルで、ひとりで入って行った。相手は先に偽名で予約して、部屋番号だけをショウコ先生に知らせたのだろう。先生はフロントを通らずに直接部屋に行く。出る時も先生だけを先に帰してしまえば、証拠写真も撮れない。人気のない場所なら突入して拉致できるけど、公共の場ではむずかしい。それなりの準備が必要になる。
「スマホの履歴にそれらしいのはなかったんだって」ユカちゃんが言った。
「ホテルの部屋番号?」
「そう」
「じゃあ、直接伝えたってこと?」
「口頭か、メモ?」
「やはり日常的に接している人間か」
「ホテルを使ったってことは生徒じゃないよね」
「怪しいのは同僚の教師か」
「誰かさえわかればすぐ拉致できるのにね」ユカちゃんが簡単そうに言う。
まあ僕も以前簡単に拉致されたから反論はできない。
「せめて犯人の声でも残ってればね」
「舌打ちだけじゃね」
「ショウコ先生が教えてくれたらいいんだけど」アキちゃんが言う。
「言える?」ユカちゃんが聞く。
「恥ずかしいことだからね」
「正直に答えられる人なら、こんなことになってないよ」
「だから狙われたのかな」
「レイプ犯って…本能的に見分けるんだよ」ミユキちゃんが言った。
「こわいね」
「職員室で聞き回るわけにもいかないしね」
「ショウコ先生が泣いちゃうよ」
授業中、ショウコ先生は僕たちと目を合わせなくなった。どんな気持ちで毎日過ごしているんだろう。早く解決しないと学校を辞めてしまうかもしれない。仕事を辞めるということは大人にとって大問題だ。だから脅迫に屈してしまう。家の事情があるのかもしれない。自分さえ我慢さえすればと思っているのかもしれたい。だが放っておけば相手はどんどんいい気になって、どんどん要求がエスカレートしていくだろう。学校の男性教師がすべて疑わしく見えてくる。いかにも怪しそうに見える先生もいるけれど、ミステリーでは思いもよらない人物が犯人だったりする。データ量が少なすぎる。もう一度教室を使ってくれればいいと思った。そしたら今度は逃がさない。
ダメ元でミユキちゃんがショウコ先生に当たってみた。
「実はわたし、見ちゃったんです。先生ああいうのが好きなんですか? わたしもそうなんです。今度わたしも仲間に入れてください。先生がいやならわたし直接あの人に頼んでみます」とカマをかけた。半分は本音だ。
「バカなこと言わないで。見られたんなら仕方ないけど、あれはそんなんじゃないのよ。好奇心で言ってるのかもしれないけど、それで人生台無しになることもあるのよ。一生後悔するわよ。やめておきなさい。まだ若いんだからもっと自分を大切にして」と諭された。
「ショウコ先生にそういう趣味はなさそう」ミユキちゃんが正直な感想を述べた。
「残念そうに言わないでよ」ユカちゃんが言った。
ショウコ先生に次の動きがあった。犯人の自宅とか、人けのない場所なら、すぐに拉致できる。だが先生はまたホテルの方向に向かっている。前回のホテルにはすでに人員を配置してある。別のホテルだったら、もう一度準備のやり直しだ。だが同じホテルだった。よかった。
ショウコ先生のすぐ後ろをカップルに扮した男女がついて行き、同じエレベーターに乗り込み、同じ階で降りた。ショウコ先生の入った部屋を確認して番号を連絡する。ホテルの清掃員と警備員に扮した二人が、シーツ類の詰まった大きなワゴンを押しながら、その部屋へ向かう。清掃員に扮した女が部屋のベルを押し、
「ホテルの者です。備品に不足分がありましたので補充しにまいりました」と声をかける。
ドアが少し開けられたタイミングで警備員に扮した男が部屋に押し入り、男を取り押さえて気絶させた。ショウコ先生がびっくりして見ている。警備員に扮した男が言った。
「一応念のために確認しておく。この男はアンタの恋人か?」
「え?」
「もしそうならこのまま男を残して私は退散する。そうでないなら、この男を懲らしめて二度とアンタの前に現れないようにしてやろう。この男はアンタの恋人か?」
ショウコ先生は首を横に振った。
「わかった。アンタはすぐにここを出て、家に帰れ」
警備員に扮した男は捕まえた男をワゴンに放り込み、上からシーツ類を盛り上げた。清掃員に扮した女といっしょに業務用エレベーターで駐車場まで降り、ワゴンごと待機していたトラックに乗り込んで立ち去った。
ユカちゃんの邸宅。取調室に男が連行された。僕たちはマジックミラーに仕切られた小部屋で中の様子を見ている。
「げっ、あいつ体育の先生じゃん」ユカちゃんが言った。
「うそ、ほんとだ」
「アタシたち、そんな奴に教わってたの? 信じらんない」
「気持ち悪い」
「きっとアタシたちもそんな目で見られてたんだよー」
「フケツー」
取調室にはユカちゃんのお父さんの部下がいた。ハリウッド映画並みのメーキャップで、恐ろしい顔に作られている。ひげが濃くて、顔に大きな傷跡があって、いかにも極悪人っぽく見える。素顔とは別人だ。
「おい」
「は、はい」体育教師はすでにビビっている。
「あの女はオレがもらった」
「え?」
「だからオマエは手を引け。学校も辞めろ。二度と女の前に顔を出すな。それから画像や動画があるなら全部渡せ。それで今日のところは生かしておいてやる。だがもし次に何かやったら、殺す。わかったか?」
「わ、わかりました」
「よし」
体育教師を残して、部下は部屋を出た。
「こんなもんでいいですか?」
「だめ」ユカちゃんが言った。
「では何を?」
「アタシたちに蹴らせて。でなきゃ気が済まない」
「わかりました。準備します。でも絶対にご自分の声を聞かれないようにして下さいよ」
「うん。黙って蹴る。思いっきり蹴ってやる」
「しばらくお待ちを」
部下は部屋に戻って、体育教師の頭に袋をかぶせ、両手を後ろに回して縛り上げた。
「少し、お仕置きをさせてもらう」
そう言い残して静かに部屋を出て来た。
ユカちゃんが、アキちゃんとミユキちゃんを誘った。僕は遠慮して、小部屋で見ることにした。
まずユカちゃんが蹴った。体育教師はうめいたが、ユカちゃんは勢いあまってバランスを崩し、尻もちをついてしまった。恥ずかしそうに立ち上がる。次にミユキちゃんが蹴った。まったく威力はなさそうだ。最後にアキちゃんが思いっきり蹴った。体育教師は壁まで吹っ飛び、倒れるとそのまま動かなくなった。アキちゃん、やっぱり怒ってたか。そうだよね。ユカちゃんがもう一度最後の蹴りを入れた。その後体育教師は警備員に運び出された。
「もしアイツが死んだとしても、殺したのは最後に蹴ったアタシだからね」
ユカちゃんはそう言ったが、それがアキちゃんを思いやってのセリフだったのか、ただの自慢だったのか、僕にはわからない。
その後体育教師は休み続け、退職したという噂が流れた。ホームレスのたまり場で倒れているのが発見され、入院中だと言う噂も流れた。




