36.缶詰
「人間の缶詰?」
「発見されたんだよ。人間の入った缶詰が。先日大火事があってな、屋敷がまるごと焼失したんだが、焼け跡の地下室から巨大な缶詰が発見された。鑑識が慎重に開けてみたら、中に少女が膝を抱えた姿勢で入っていた。もちろん死んでいる。ホルマリン漬けにされていた」刑事さんが言った。
「うげっ」
「何のためにそんなことを」
「食糧危機に備えての保存食?」ユカちゃんが言った。
「やめて」
「冗談だってば」
「無神経すぎるだろ」
「屋敷に住んでいた男はその火事で焼死している。身元があやしくてどうも裏社会の人間じゃないかと思う。DNA鑑定によると缶詰にされた少女は、男の娘らしい。娘の名が缶詰にも貼られていた」
「自分の娘を殺して缶詰にしたの?」
「吐きそう」
「殺したかどうかはわからん。病気か事故で亡くなった可能性もある」
「検死の結果は?」
「外傷はない。死因は不明。ただ生きたまま缶詰にされたってことはないそうだ。死んだあとで缶詰にされた。なぜそんなことをしたのかも謎だが、別の問題がある。どこでどうやって缶詰にされたかだ。どこかに人間を缶詰にする工場があるのかもしれない。だとしたら見つけないと。屋敷にそんな設備はなかった」
「で、お父さんに協力してほしいってことね」ユカちゃんが言った。
「そうだ」刑事さんが答えた。
「コレクター爺さんが持ってたよ。デカい缶詰」ユミさんが言った。
「そんなものまでコレクションしてるの?」
「趣味だからね」
みんなで爺さんの屋敷に向かった。
「どうじゃ、もう一度女体盛りをやってもらえんか?」爺さんがユカちゃんに言った。
「あれつまんないから、やだ」
爺さんはがっかりした。
「それより缶詰だよ」ユミさんが催促した。
「おお、そうじゃ。用意しておいたぞ」
僕たちはいつかの宴会場に通された。ユカちゃんの女体盛りをした場所だ。中央に大きな缶詰の容器が置いてあった。中は空だ。蓋が添えてある。
「容器のサンプルをもらったんじゃ。中身はいらんからな」
「中身を捨てて洗ったんじゃないのね」
「気持ち悪いこと言わないでよ」
いきなりミユキちゃんが容器に入って、ひざをかかえて丸まった。まるごと収まった。
「何やってんのよ」アキちゃんが言った。
「いやほんとに入るかなと思って。それにどんな気持ちかなって」
「早く出て来なさいよ」
「蓋をしてもらってもいいかな」
「ふざけないで」
ミユキちゃんは残念そうに立ち上がった。
「缶詰にされてみたいなんて思わないでよ」アキちゃんが注意した。
「へへ」ミユキちゃんは微笑んだ。
「どうやって手に入れたの? 闇サイトでも見つからなかったのに」ユミさんが爺さんに聞いた。
「需要がないのにわざわざ宣伝はせんじゃろう。死体を始末するならドラム缶でもコンクリート詰めでもいい。わざわざ殺人の証拠を長期保存してどうするんじゃ。これは趣味の副業じゃな」
「で、どうやって手に入れたの?」
「忘れてしもうた」
「殺されたいの?」
「いやいや。手に入れるまではいろいろ調べるんじゃが、手に入れてしまった後は興味が失せるでのう」
「コレクションの詳細とか、資料とか残してないの?」
「博物館じゃあるまいし。ただの個人的趣味じゃよ」
「思い出しなさい」
「もう一度女体盛りをすれば…」
「わかった。覚えてるのね。マユミ先生に拷問してもらう」
「お母さんに頼めば自白剤を用意してくれるかも」アキちゃんが言った。
「おっと、そうくるか。老人をいたぶって心が痛まんのか? しかたないのう。ほれ、これじゃ」爺さんはメモ紙を取り出した。
「ちゃんと用意してあるんじゃないの。まったくもう」
メモ紙には電話番号が書かれてあった。
「今でも通じるかどうかはわからんぞ」
「電話して、もう一個ほしいとか言ってみたら」
「いや、それじゃだめだ。宅配便で届けられたりしたら追跡がむずかしくなる」僕が言った。
「ハッカーのお兄さんにその電話番号調べてもらおう」ユカちゃんが言った。
「転送用の番号ですね。今でも使われてます」ハッカーのお兄さんが言った。
「その番号にかけると自動的に別の番号につながるの?」
「そうです」
「その先の電話番号もわかるの?」
「わかります。かけてもらえば位置も特定できると思います」
「お父さんの出番ね」
ユカちゃんのお父さんが電話した。
「死体を一つ缶詰にしてもらいたい」いきなりの直球か。
「どこでこの番号を?」
「今どきその気になって調べりゃ何でもわかる」
「すごいな。事件のニュースを見て興味がわいたのか?」
「あれもおまえたちの仕業か?」
「事件のことは知らんが、あの缶詰はまあそうだろうな。他にはどこもやってないと思うぞ」
「料金はいくらだ」
相手はバカ高い金額を提示した。
「いいだろう」値引き交渉もしないのか。
「じゃあ死体を指定の日時、指定の場所に置いてくれ。立ち合いはなしだ。後日送金を確認したら缶詰を同じ場所に置いておく」
「わかった。大事な死体だから、丁重に扱ってくれよ」
「まかせておけ。大事だから缶詰にするのか? あんたも物好きなおっさんだな」
「カネが手に入るなら文句はないだろう」
「まあな」
電話が切れた。
「さて、死体を用意しないと」
「わ、わたしが死体になります」ミユキちゃんが手を挙げた。
「なんだと?」
「死神くんなら仮死状態にできるんじゃないの?」ユカちゃんが言った。
「ミユキちゃん、やっぱり缶詰にされてみたかったんだ」アキちゃんがため息をついた。
「ミユキちゃんだったら体内にGPSも埋め込まれてるし、追跡ラクじゃん」ユカちゃんが平気な顔をして言う。
ユカちゃんのお父さんは、ユカちゃんのおねだりを絶対に断れない。口をきいてもらえなくなるのがそんなにつらいのか?
夜、僕たちは黒塗りの車両で指定の場所に向かった。死神先生が同乗している。ミユキちゃんはハダカで、毛布で身を包んでいる。
「ハダカでなきゃだめですか?」
「どうせ服は脱がされる。あちこち触られて目が覚めたら困る。リスクは最小限に抑えないと」先生が言った。
「数時間は仮死状態が続くだろうが、いつ目覚めても死人のフリを忘れないように」
「わかりました」ミユキちゃんが答えた。
先生はミユキちゃんの腕に注射針を刺した。しばらくしてミユキちゃんは動かなくなった。先生が呼吸と脈を確認した。
「よし。これで誰が見ても死人と思うだろう」
ユカちゃんのお父さんがミユキちゃんを抱きかかえて車を降りた。僕たちも続いた。上空でドローンの飛ぶ音が聞こえた。僕たちを監視しているに違いない。指定の場所には大きな発泡スチロールの箱が置かれていた。ミユキちゃんの身体をその中に入れた。僕たちは立ち去った。念のためマサキさんが遠くに隠れて銃を構えて見張っているはずだ。
僕たちを乗せた車両が邸宅に着く頃、ミユキちゃんのGPSが移動を始めた。僕たちは追跡を始めた。
ミユキちゃんが運ばれたのは自動車修理工場だった。
「ちぇっ、缶詰工場なら徹底的に捜索したのに、無駄だったか」刑事さんがぼやいた。
「そんなわかりやすいことしないでしょ。むしろパーツの大きさから考えれば、こっちの方が可能性があったんじゃない?」ユミさんが言った。
「わたしとアキちゃんで行く。ミユキちゃんの安全が確認できたら合図するから突入して」ユウコさんが言った。
「アタシたちは?」ユカちゃんが聞いた。
「足手まとい」ユウコさんがきっぱりと言った。
「カレは連れてく」アキちゃんもきっぱりと言った。
「ああもう、くそっ」ユウコさんが嘆いた。
僕たちはユウコさんに続いて鉄骨の梁の上にひそんだ。ミユキちゃんの入った発泡スチロールがあった。ミユキちゃんはまだ中で横たわったままだ。数人の男たちが缶詰づくりの準備をしているらしい。大きな枠組みの機械があって、床の中央の台に例の空き容器が載せてあった。あの中にミユキちゃんを入れて、蓋を載せて、機械を作動すれば自動で缶詰ができる仕組みらしい。近くに置いてあるタンクはホルマリン液だろうか。やがて準備ができたらしく、男たちが発泡スチロールの中のミユキちゃんを取り出そうとした。その時ミユキちゃんが起き上がった。
「あのばか。死んだフリするように言われてたのに」ユウコさんが頭をかかえた。
男たちは恐怖に震えて後ずさった。ミユキちゃんがそこでゾンビの演技でもしてくれれば盛り上がったかもしれないが、ミユキちゃんにそんな芸当はできない。
「あれ?」と可愛らしく言った。
「なんだ、生きてるのか?」男のひとりが言った。
「し、死んだと思われちゃったのかな」ミユキちゃんがあわてて答えた。
「まあその傷跡を見ればわかる。相当ひどい目にあわされたみたいだな。オレも日常的に虐待されてたからわかる。かわいそうに」
「か、返すんですか?」仲間が言った。
「かわいそうだが、そういうわけにはいかない。オレたちは缶詰を届けてカネをいただかなくちゃならん。顔も見られたし場所も知られた。どうせ死んだと思われているんだ。ここでもう一度殺しても問題はないだろう」
ユウコさんがダーツの矢を放って、合図を送った。アキちゃんが飛び降りて男たちを蹴り飛ばした。みんなが突入して来た。
ミユキちゃんが缶詰の機械に向かって走り出した。自分から空き容器に入って蓋を持ち上げて載せた。ユカちゃんが起動スイッチを押した。
「何やってるのよ!」ユミさんが叫んだ。
「え? だってミユキちゃんが缶詰になってみたいって言うから」ユカちゃんが言った。
機械の台が持ち上がって上で蓋が接合され、あっという間に缶詰が出来上がって下りてきた。
「ばかっ。密閉されたのよ。窒息死するに決まってるじゃない」
「あ、そうか」
「早く蓋を開けなきゃ」
「く、空気穴を開ける」マサキさんが缶詰の端っこを撃って穴を開けた。
それから僕たちは苦労して缶詰の蓋を開けた。
「えへへ」ミユキちゃんが出てきた。
「缶詰になった気分はどうだった?」ユカちゃんが聞いた。
「まあまあ、かな」ミユキちゃんが答えた。




