37.メイド喫茶
「はーい、これ」ユカちゃんが何か差し出した。
「なにこれ?」
「特製ハイソックス」
「特製?」
「うちの開発部が作成した。えーと、超軽量金属極細ワイヤーが使われてて、強度抜群。新世代のクサリカタビラ」
「クサリカタビラ? 何それ?」
「わかんない。開発部の受け売りだから。なんか刃物とか通さないし、蹴りの威力も増すかもって」
「へえ」
アキちゃんはハイソックスをはいてみた。ひざ上までのニーハイソックスだ。
「か、かわいい」僕は思わず口にした。
アキちゃんはうれしそうな顔をした。
「ちなみに網タイツもあるって」ユカちゃんが言った。
「それはいらない」僕が断わった。
僕たちは高校の文化祭にやって来た。地元の公立高校で、たぶん僕たちも入学するであろう高校だ。
「やあ、下見に来たのかい?」
長身でイケメンの男子生徒が声をかけてきた。
「キミ、かわいいね」いきなりアキちゃんにそう言った。
アキちゃんがびっくりした。
「ボクの彼女にならない?」
「おことわりします」
「いきなり即答? もう彼氏がいるの?」
「カレです」アキちゃんが僕の腕をつかんだ。
「え? だって彼は…」とユカちゃんの方を見た。
「誰がどう見てもアタシが彼女よね」ユカちゃんが得意げに言った。
「なによー」アキちゃんがつっかかった。
「ごめんごめん。いやほんとに?」イケメン男子が聞いた。
「ほんとです」僕が答えた。
「へえ、僕と趣味がいっしょなんだ」
「え?」
「キミもただの美人より知的な女子が好みなんだね」
「え、まあ」
そうか。意識したことなかったけど、アキちゃんは知的な顔立ちをしているのか。
「でもすごいなあ。こんな知的な彼女がいながら、こんなすごい美人も連れてるなんて。この子もかわいいし」ミユキちゃんを見て言った。
「来年はウチに来るの?」
「ええ、まあ予定では」
「じゃあ僕の後輩になるんだ」
「委員長、こんなところで何してるんですか。みんな待ってますよ」
髪の長い女子がやって来てイケメン男子に言った。
「おっと、ごめん。ねえ、キミたちも今から僕たちのクラスにおいでよ」
「知り合いの子?」髪の長い女子が聞いた。
「今知り合った」委員長が答えた。
「やだもう。ご迷惑じゃなかった? ごめんなさいね」と僕たちに言った。
「いえいえ」僕たちは答えた。
「ぜひ見に来てよ。ジュースごちそうするから」髪の長い女子にも誘われた。
僕たちはついて行くことにした。
1年A組と札の付いた教室は、メイド喫茶になっていた。
「いらっしゃいませ」ミニスカートのメイド服を着た女の子が迎えてくれた。
「あ、かわいい」ユカちゃんが食いついた。
「よかったらキミたちもバイトしない? 食べ放題飲み放題にしてあげる」委員長が言った。
「やるー。アキちゃんもいっしょにやろう?」ユカちゃんはのり気だ。
「ええ? でも…」
「わたしからもお願い。わたしもそうだけど、みんな恥ずかしがってやりたがらないのよ」髪の長い女子が言った。「奥で着替えられるから」
ユカちゃんは強引にアキちゃんの手を引いて奥に向かった。
「あきれたでしょ? なんか委員長が強引に決めちゃって。男子がみんな賛成したもんだから、多数決で決まっちゃったのよ」髪の長い女子が僕に言った。
たしかにあきれた。オスはメイドが大好きだ。メイドに限らず、メスの肌を見るのが好きだ。だがそれを恥じたりもする。スケベと呼ばれたくない。オスは性欲を前面に出すと、メスに軽蔑されることを学習する。メスを手に入れるためには、スケベな自分を隠して、メスに気に入ってもらわなければならない。メスは自分だけを大事にしてくれるオスを求めている。誰かれ構わずメスと見ればよだれを垂らすオスはいらない。だがオスはメスのいない場では、スケベを肯定する。男とはそういうものだ。仕方ない。わかるわかる。あの子もいいよな、この子もいいよな。アイドルやアニメキャラの話題で盛り上がる。大人になると、そういうオスの性欲につけこんだ商売が成立する。だがそこで働かされるメスをかわいそうだとも思っている。自分の好きなメスにそこで働いてもらおうとは思わない。オスは複数のメスとしても平気なのにメスが複数のオスとすることは許せない。まったく矛盾している。
「どう?」ユカちゃんがメイド服で出てきてポーズを取った。
アキちゃんが隣で恥ずかしそうにしている。ええ? 二人とも網タイツじゃないか。
「へへー、実は持ってきてたんだ」ユカちゃんが言った。
まわりの男子の目の色が変わった。急いでみんな連れて来いという声がした。
「ユカちゃん、外へ出て客引きしてよ」委員長が言った。
いつのまにかユカちゃんの名前を知っている。油断ならない。
「お、お父さん?」アキちゃんの声がした。
見ると父が立っていた。
「何をやってるんだ?」僕が言った。
「オレもここのOBだぞ。来て当然だろうが」父が開き直った。
「アキちゃん、すごくかわいいぞ。注文とってくれ」そう言ってテーブルに座った。
「い、いらっしゃいませ。ご注文何にいたしましょうか?」アキちゃんはマニュアル通りに言って頭を下げた。この短時間でマニュアルを頭に入れているのがすごい。
僕はミユキちゃんといっしょに父のテーブルに座って、飲み物を頼んだ。
「こりゃどういうことだ?」父が聞いたので僕は事情を話した。
「なるほど。ユカちゃんはこういうの好きだからな。いいものが見られてよかった」
「母さんにもそう言うのか?」
「バカいえ」
ユカちゃんは入口で大ぜいの男子と記念写真を撮っている。華やかだ。いやらしさを感じさせないのは処女のせいだろうか。
「いやあ、おかげで大盛況だ。ありがとう」委員長がやって来て言った。
やがてユカちゃんがやって来て、言った。
「もう飽きちゃった。あっちでお化け屋敷やってたから見に行く。アキちゃん、行こう」
メイド服のままアキちゃんを連れだした。いつもながら勝手なやつだ。
「自由だねえ。引きとめる間もない」委員長があきれて言った。
「そういう子なので」僕があやまった。
「じゃ、僕もちょっと失礼」
委員長はそう言って教室を出て行った。
しばらくたっても二人が帰って来ないので不安になった。アキちゃんの携帯にかけてみた。電源が切られていた。父は酔いつぶれていた。自前のウイスキーを隠して飲んでいたから当然だ。僕はミユキちゃんといっしょにユカちゃんのGPSを追った。
天文学部と書かれた部屋にたどり着いた。ドアを開けたらメイド服姿のユカちゃんとアキちゃんが倒れていた。委員長が立っている。
「あれ? もう見つかっちゃった?」
背後から誰かに襲われて、あっという間に僕とミユキちゃんは拘束されてしまった。いつもながら自分が情けない。もっと体を鍛えるべきだ。
「お化け屋敷は僕の狩り場なんだよ。中は真っ暗だからね。好みの女の子がいたらスタンガンで気絶させてここでゲットしちゃうんだ」委員長は平然と言った。
とんでもない委員長だ。こういう奴が大人になって悪質な風俗店を営むんだろう。
「どんな気分かな? 自分の彼女がここで別の男にやられちゃうんだよ。しかも自分の目の前で。もうキミと彼女は今までのようにはいられないよね。かわいそうに」
「見損なうな。僕とアキちゃんは違う。何があっても僕とアキちゃんはいっしょに生きていく。おまえが何をしようと、僕とアキちゃんは楽しい思い出で上書きする。毎日の楽しい思い出でつらい過去を塗りつぶしていく。僕たちはそうやって生きていく。おまえがここで何をしようと、そんなこと忘れてしまう。トラウマにしたりしない。後になって、ああ昔なんかひどい奴がいてひどい目にあわされたね、最低な奴だったね、今度ぶっ殺してやろうね、そう言って笑ってやるんだ」
委員長はちょっとひるんだ。
「それにおまえは絶対にやれない。おまえには絶対できない」僕は断言した。
「言うねえ。その自信はどこからくるのかな。試してみようじゃないか」
委員長はそう言ってハサミを手に持った。
「彼女の恥ずかしい姿を見せてやる」
そう言ってアキちゃんの網タイツを切ろうとした。
「あれ? 何だこれ? 切れない。何だよこのハサミ。いやタイツのせいか?」
ざまあみろ。超軽量金属極細ワイヤー製の網タイツだよ。
「まあいいや。こんなもの脱がせちゃえば…」
そう言ってアキちゃんの網タイツに手をかけたとたんに、蹴りが炸裂した。委員長は吹っ飛んだ。すごい勢いで壁に激突して人形のようにくずれ落ちた。蹴りの威力が増している気がする。内臓破裂は間違いない。骨も砕けたかもしれない。仲間の男たちは逃げ出した。
「アキちゃん、アキちゃん」僕は必死で呼びかけた。
「ユカちゃん、ユカちゃん」ミユキちゃんも叫んだ。
やがてアキちゃんとユカちゃんの意識が戻った。委員長のぶざまな姿を見て首をかしげた。
「ほどいてくれ」僕は拘束された情けない姿で言った。
「委員長は入院したみたい」ユカちゃんが言った。
「お父さんに言っちゃったから、入院しただけじゃすまないけどね」




