34.オーディオプレーヤー
ユカちゃんに呼ばれて僕とアキちゃんは邸宅に行った。
「どうしたの?」
「それが、たいへんなのよ」ユカちゃんが答えた。
「うぎゃあああああ」
ミユキちゃんのものすごい悲鳴が聞こえた。
「こっちこっち」びっくりした僕たちをユカちゃんが案内する。
手術室の窓のカーテンが開かれていて、中が見えた。手術台にミユキちゃんが縛り付けられていた。そして黒衣の医師がミユキちゃんの腹を切り裂いて、腸をズルズル取り出している。
「ひやあああああ」ミユキちゃんは目を見開いて叫んでいる。
「うげえっ」アキちゃんが口を押さえてトイレに駆け込んだ。
僕も吐きそうになるのをこらえた。
「こ、これは…」ユカちゃんに聞いた。
「ウチの主治医がイカれちゃったみたいでさ。ミユキちゃんを連れて手術室に立てこもっちゃったんだよ」
「そんな。早く助けなきゃ」
「鍵を掛けられちゃって、開けられないの」
「何のん気なことを言ってるんだ。早くお父さんを呼んで、何とかしてもらわないと」
「あははは」ユカちゃんが笑い出したので、僕は恐怖にふるえた。
「ごめんごめん。うそうそ。あれ、治療なの」
「何だって?」
「なんかミユキちゃんの腸がねじれちゃったみたいで、それを元に戻してるんだって。せっかくだから全部ひっぱり出して、きれいに並べなおそうって、ウチの死神くんが」
ユカちゃんちの主治医は黒衣の天才外科医で、みんなから死神と呼ばれている。だが今の姿は死神そのものだ。生きてる人間の腸を全部引きずり出すなんて。
「でも悲鳴が」
「ミユキちゃんが麻酔を拒否したんだよ。麻酔なしでやってくれって」
ミユキちゃんはあいかわらず狂っている。僕には狂っているとしか思えない。ふだんはおとなしいいい子なのに、ものすごく痛いことや苦しいことを自ら求めるなんて。
「あんなことされて、それがあとでステキな思い出になるなんて、信じられないよね」
ユカちゃんは平然と受け止めている。もともと常識とか偏見とかのない子だ。何でもあるがままに受け入れられるのかもしれない。いや何も考えてないのかもしれない。
その日の夕食に母がミートソーススパゲティを出してきた。うげっ。僕もアキちゃんも食べられなかった。
「身体の中をきれいに整理したから、ミユキちゃんは以前より健康体になってるはずだよ」死神先生が言った。
ミユキちゃんの抜糸までは10日くらいと説明された。
「それで今日これから行くところがあるんだが、アキちゃんいっしょに来てくれないか?」
「わたしですか?」アキちゃんが言った。
「うん。僕の後輩の研究室なんだけど、ちょっとアブナイ奴でさ」
「ボディーガードにってこと?」ユカちゃんが言った。
「まあね。アキちゃんなら警戒されないだろ?」
「アタシも行く」ユカちゃんが言った。
「いや、アキちゃんだけでいいんだけど」
「カレは連れて行きます」アキちゃんが言った。
「しかたないな。ほんとに君たちはいつもいっしょだね」
僕たちは死神先生といっしょにその研究室に行った。後輩というのはニヤケた嫌な感じの男だった。
「やあ、先輩、お待ちしていましたよ。今日お呼びしたのはぜひ私の腕をお見せしたかったからなんです」
「はあ? 何だそりゃ。研究の成果じゃないのか? ただの腕自慢か? なら帰る」
「まあまあ、せっかくここまで来たんですから、見て下さいよ」
「おまえの腕がいいのは知ってる。もっとよくなっていようが僕には興味がない」
「出ておいで」後輩の男が言った。
その声に応えるように女の人が姿を現した。バスローブを着ている。
「見せてあげなさい」
女の人はバスローブを脱いだ。ハダカでテーブルの上に座り、股を広げた。僕たちは息を飲んだ。何だこれは。太ももと性器に何か埋め込まれている。
「すごいでしょう。血管にも神経にも筋肉にもほぼ損傷を与えず、スピーカーを埋め込んでみました。拒否反応も起こっていない。完璧な手術です」
女の人の広げられた両太ももの内側に細長い楕円形の金属物が埋め込まれている。スピーカー? そして性器には直径10センチほどの円筒形の金属物が挿入されている。あれもスピーカーなのか?
「電源を」男が言った。
女の人はおしりの後ろに手をまわして、電源プラグを取り出し、テーブルのコンセントに差した。男はいつのまにかスマホを手にしている。いきなり音楽が鳴り響いた。えええ?
「何の真似だ、これは」死神先生が言った。
「ブルートゥースアンプを子宮に埋め込んだんですよ。いい音でしょう?」
「子宮だって?」
「だって性器の入口は振動スピーカーがふさいじゃっているんですよ。もう生殖行為はできません。だったら子宮なんていらないじゃないですか。おかげで配線もラクでしたよ。電源コードはほら、直腸に管を通して肛門から外に出せる。尻尾みたいですよね。背中にコードの収納ポケットを付けたから、排便のじゃまにもなりませんよ」
「赤ちゃんを産めない身体にしちゃったの?」アキちゃんが言った。
「いいんだよ、お嬢ちゃん。世界の人口はもうすでに増えすぎちゃってるんだ。これ以上増やしてどうするのさ。ひとり産めなくしたところで…」
「それはおまえが決めていいことじゃない」死神先生が言った。
「私が決めてもいいじゃないですか。それより先輩、これは生きて動くオーディオプレーヤーですよ。私はオーディオマニアで音にはうるさいんです。これならどこにでも連れて行って、どこでも人体で音楽を鳴らしてくれます。コンセントさえあればね。そうだ。小型バッテリーも内蔵しようかな。ああ、プロジェクターも内蔵しちゃえば、動画も再生できるかも。レンズはやっぱり両目かなあ」
「僕の専門は治療だ。こんなくだらない人体改造に興味はない」
「やだなあ。もっと感心してくださいよ」
「アキちゃん、こいつを蹴り飛ばしてくれ」
アキちゃんは男を蹴り飛ばした。男は吹っ飛んで気絶した。女の人はぽかんとしている。
「キミは従うしかなかった。そうだね?」死神先生が女の人に言った。
女の人はうなずいた。そして涙を流した。
「で、どうなったの?」アキちゃんが言った。
「うん。ウチで手術した。死神くんがあの女の人に埋め込まれてたものを全部男に移植した。女の人のアソコに入ってた振動スピーカーは男性器を切り取ってくっ付けちゃった」ユカちゃんが答えた。
「ええー?」
「いいんじゃないの? 自分がオーディオプレーヤーになれたんだから本望でしょ」
「女の人は?」
「なまじあの男の腕がよかったから、なんとか元の身体に戻れたみたいだよ」
「じゃあ赤ちゃん産めるの?」
「それはどうかなあ。でもね、治療したからといってその患者さんが必ず幸せになれるとは限らないけど、幸せになれるチャンスをできるだけ多く残してあげたいって」
「いいこと言うじゃん」
「死神だけどね」




