33.辻斬り
「へへ。氷でやったの気持ちよかった?」ユカちゃんがこっそり僕に聞いてきた。
「何のこと?」僕はとぼけた。
「へ? 憶えてないの?」
「記憶なくしてた間のことはまるで憶えてない」
「ちぇっ、なーんだ」
そうだ。僕は憶えていない。忘れた。すべて忘れた。そういうことにする。
「通り魔?」ユカちゃんが聞いた。
「ああ、連続通り魔殺人事件だ。ニュースでもやってる」父が言った。
「刑事さんから聞いてないの?」母が言った。
「聞いてない」とユカちゃん。
「まあ、僕たちには関係ないってことだろ」僕が言った。
「組織がらみじゃないってことだな」父が言った。
「人を見たら殺人鬼だと思え。いやな世の中よね」母が言った。
「えー? なんか興味あるー。刑事さんに聞いてみよー」ユカちゃんが言った。
「ウチに持ち込むのはやめてね」母がきっぱり言った。
ユカちゃんが刑事さんとノブコお姉さんを連れてやってきた。
「ノブコお姉さんの料理とアタシの魅力で釣ってきたー」ユカちゃん言った。
ノブコお姉さんの料理が食べられるなら、母も父も文句は言わない。
「ユカちゃんの魅力は関係ないんじゃない?」アキちゃんが言った。
「なによー」ユカちゃんがふくれた。
「まあ、オレはロリコンじゃないし。好みで言えばマユミ先生かな。だが頭撃ち抜かれるのはいやだからやめとく」刑事さんは言った。
「そういえばマユミ先生、マサキさんと結ばれたんですよね」僕が言った。
「ありゃ完全な吊り橋効果だな」
「いやそんなことより、通り魔事件でしょ」ユカちゃんが言った。
「と言っても今回は首をつっこむなよ。危険すぎるからな」
「そうなの?」
「まず1件目の被害者はホームレスの男だった。胴体を真っ二つにされていた。検視の結果、一太刀で切断されたことがわかった。凶器は恐ろしく切れ味の鋭い刀のようなもので、それでもよほどのスピードと技と力がないと、骨ごと切断できたりしない。現場には監視カメラがなかった。死亡推定時刻は深夜。2件目は仕事帰りのホステス。これは腕と首が切断されていた。3件目は若いカップル。男の胴体と、女の首が切断。4件目が3人組の女子大生。1人が胴体、1人が首と腕、1人が首と脚を切断。場所はそれぞれ違っているが、いずれも監視カメラがなく、深夜の犯行。近辺の監視カメラで犯行時刻前後に不審な人物や車両が映っていないか調べているが、今のところ成果なし。目撃者も出てこない。犯行は約1カ月ごとに発生している」
「テレビでも深夜の外出は控えるようにと警告されているが、1か月も経てば警戒心も薄れる」父が言った。
「あとこれは極秘情報で漏らしてはいけないんだが」
「いつも漏らしてるじゃん」ユカちゃんが言った。
「協力を頼む時にはな。だが今回はそうじゃない。だが警告として言っておく。マスコミには伏せているが、実は警官3人も犠牲になっているんだ」
「ええ?」
「おとり捜査的な意味もあって、深夜パトロールをしていた。もちろん3人ひと組で銃で武装していたんだが、全員首を斬られた。婦人警官もいた」
「やばいじゃん」ユカちゃんが言った。
「やばすぎるだろ」僕も言った。
「だから首をつっこむな。オレはこれを試し斬りじゃないかと思っている」
「試し斬り?」
「刀の切れ味と、自分の腕前を確かめるためのな。人数も、斬る個所も、だんだん増やしてるからな」
「時代劇に出てくる、辻斬りだな」父が言った。
「辻斬り?」
「時代劇見ないのか?」
「見ない。つまんないもん」ユカちゃんがあっさり言った。
「いや時代劇にも面白いものが…」
「今はそういう話じゃないでしょ」アキちゃんが言った。
「時代遅れもはなはだしい。もう今は刀で斬り合う時代じゃない。刀で向かって行っても、遠くから銃で撃たれれば終わりだ。ドローンで地域ごと爆撃するような時代だぞ。どんなに腕を磨いても役に立たない。刀を持っている時点で相手に警戒されちまう。それでも剣の魅力にとりつかれたイカレた野郎は多い」刑事さんが言った。
「胴体を真っ二つってことは、短い刃物じゃないですよね。日本刀みたいな長い刀。確かにそんなものを隠して持ち歩いている人なら目立ちますよね。それが見つからないってことは車を利用している。でも犯行時刻前後に不審車両も見つからない。可能性としては、夕方の人や車の多い時間に監視カメラのない場所に駐車して深夜まで待つ。犯行後車に戻り、朝の人や車の多い時間まで待ってから発車する。それなら通勤の車に混ざって見つけるのはむずかしいんじゃないですか?」僕が言った。
「ああ。1カ月の間は下見と準備期間かもしれない」
「マスコミというのは事件直後は大々的に報道するが、そのあとは新しい情報が入ってこない限りほったらかしだからな。人々の関心は薄れる」父が言った。
「次の犯行予定日が近いんですか?」
「ああ。前の犯行からもうすぐ1か月になる」
「また被害者が出るってこと?」
「パトロールは強化してる。車から出ないようにしてな。不審車両が駐車していないか見回っているが」
「みんな深夜に出歩かなければいいのに」
「好きで歩いている人はいないだろう。みんな事情があって仕方なくそうしてる。それに自分だけは大丈夫って思いたがる」
「昨日大丈夫だったから、今日も大丈夫だろうってね」
「何も考えてない人もいるよね」
「事件が起こるのはテレビの中だけってね」
「夜間営業している店にはビラを配ってある。深夜の徒歩での帰宅はしないようにとね。警察がタクシー代を払ってくれるのかと言い返された」
「ある地震学者が言ってた。いつ起こるかわからない地震に対して、人間は毎日ビクビクしながら生きていくことはできない。ちゃんと備えをして『安心して忘れる』か、もうそうなったら仕方がないと『あきらめて忘れる』かしかないんだって」
「あきらめて忘れる人、多いんだろうな」
「アタシたちで捕まえよう」ユカちゃんが言った。
「また始まった」
「だって1人2人3人ときたら、次に狙われるのは4人組でしょ? アタシたちちょうどいいじゃん」
「いやそんな」
「刑事さんも言ったじゃん。遠くから銃で撃てばいいって。乳首スナイパーさんに仕留めてもらおうよ」
「ばかか。じっとしてる相手ならともかく、すばやく動き回る相手を狙撃するのはむずかしい。みんなが斬り捨てられた後ならチャンスはあるかもしれないが、犯人逮捕とひきかえにキミたちの死体を見るのはごめんだ。それに中学生が深夜に歩いていたら、即補導だ」刑事さんが言った。「わかったか? 危険すぎる」
僕はリアルな夢を見た。辻斬りはなぜか新選組の衣装を着ている。顔は見えない。日本刀を振りかざして僕らに突進してきた。まず蹴りにいったアキちゃんの脚が斬られた。
「ぎゃああああ」アキちゃんの脚が血しぶきをあげて地面に転がる。
「キャアアアア」声がうるさいユカちゃんの首が斬られた。ユカちゃんの首も転がる。
「ぎひえっ、ぐあっ、ぎゃあっ、ひえっ」ミユキちゃんの悲鳴が連続して上がる。
ミユキちゃんは両腕と両脚を切断されて、目と口を大きく開けたまま、残された頭と胴体が血の海に浮いていた。見ると脚を失ったアキちゃんと首を失ったユカちゃんの身体も浮かんでいる。最後に僕の胴体が真っ二つにされた。うわあああ。こわすぎる。
しかしユカちゃんは危険が大好きで、あきらめが悪い。お父さんに協力を頼んだ。普通の親なら絶対に引き受けない。だがユカちゃんのお父さんはユカちゃんの押しに弱い。ミユキちゃんも世の中のためになると説得したらしい。ミユキちゃんは別の意味で危険が好きだ。お父さんはとにかく調査だけはしてやろうということになった。
刑事さんも調査に協力してくれるならと、情報を渡してくれた。警察がパトロールしきれない場所を、ユカちゃんのお父さんの部下がひそかに巡回することになった。犯行現場はすべてこの市内だ。市内といっても範囲は広い。
警察は市内の住民を中心に剣道歴のある人間を調べているが、そもそも市外あるいは県外から来ているとすれば、その捜査もムダになる。
ハッカーのお兄さんは、4人組というキーワードで検索を始めた。犯人もそうしているかもしれない。今やすべての情報はネット上にあると言っていた。個人が好き勝手に自分の予定をアップしている。明日どこへ行くとか誰と行くとか、来週の予定とか。1件目2件目はともかく、3件目4件目は被害者たちのSNSにデートの予定とカラオケパーティーの予定が残されていた。市内の住民にしぼって検索を続けた結果、結婚式披露宴の二次会があることがわかった。午後6時からのナイトウェディングなので二次会の始まりが午後9時。盛り上がれば終わるのは深夜になるだろう。幹事のスマホに乗り込めば出席者全員の名簿が取れる。ひとりひとりのメールのやり取りも見られる。令状がなければ何もできない警察とは違って裏社会では違法捜査もやりまくりだ。こわいけど。
4人グループのLINEを見つけた。二次会場の近所に住んでいるメンバーがひとりいて、二次会の後はみんなで泊まりに行く話になっていた。歩いてすぐだよ、とコメントに書かれていた。みんなで昼間に見に行った。二次会場の店からそのメンバーの家まで、確かに歩いて行ける距離だが、すぐではなかった。10分はかかる。しかも市街とは逆方向の畑の中を通る道だ。畑と言ってもまったく手入れはされておらず、草が伸び放題になっている。身を隠すにはもってこいだ。可能性はある。
午後9時、二次会の始まった時間から警察が草むらの中を熱探知機でさぐった。僕たちもいた。刑事さんは警察にまかせろと言ったが、ユカちゃんとミユキちゃんに押し切られた。まだ辻斬りは来ていないようだ。ここで見つければすぐ逮捕できたのに。いやもちろん逆に斬られたかもしれないが。マサキさんがどこかで銃を構えているはずだ。僕たちはじっと待つことにした。
やがて4人グループが歩いて来た。全員酔っぱらっている。熱探知機に反応があった。道の向こう側からすごいスピードで4人に向かっている。警察官も向かったが間に合いそうもない。
「あぶない! 逃げてー!」ユカちゃんが立ち上がって叫んだ。
辻斬りは新選組の衣装ではなかった。動きやすい黒のボディスーツだった。辻斬りはいきなり方向を変えてユカちゃんに向かって来た。途中で銃を構えた警察官二人の首がとんだ。
「キャアアアアアー」
ユカちゃんが例のガラスを爪で引っかくような金切り声を上げた。僕たちは耳をふさいだ。辻斬りは片手で耳を押さえて一瞬よろけた。マサキさんの銃弾が辻斬りを撃ち抜いた。
「事件解決おめでとうございます」アキちゃんが言った。
「ああ。ありがとう。しかしまいったな。あのキンキン声が耳について離れん」
「それ、しばらく続きますよ」僕は経験から言った。
「二度と聞きたくない、というか、もう一生聞きたくない」
「わかります」
「失礼しちゃうわ」ユカちゃんがふくれた。
「でもおかげで助かったし、犯人も捕まったし」アキちゃんが言った。
「あの天才外科医に頼んで喉の手術をしてもらったらどうだ?」刑事さんが言った。
「やだ。もったいない」




