27.怪物
「怪物?」ユカちゃんが言った。
「目撃者がそう言ってる。中学生男子なんだが、廃墟ビルを探検しに二人で行ったら、彼女が怪物にさらわれたって言うんだ」刑事さんが言った。
「怪物ってどんな?」
「それが夜だったし、懐中電灯で見ただけだから、はっきりしないんだ。とても大きかったのは間違いないと言うんだが、人間じゃなく、怪物としか思えなかったと」
「ウソをついているってことは?」僕が言った。
「実はその廃墟ビルに怪物が出るという噂はSNSにアップされてるんだ。男子中学生もそれを見て、探検に行ったらしい。何かがあって、それを怪物のせいにしているのかも知れんが、女の子が行方不明なのは事実だ」
「男の子はなんで助かったの?」
「怖くなって女の子をおいて逃げ出したと言っている」
「ひどい」
「警察は調査したんでしょ?」
「さらわれたという現場に鑑識が入って調べた。だが決定的なものは何も出なかった。髪の毛やら繊維やら採取して分析中だ」
「目撃情報は?」
「今のところなし。なにしろ夜中の廃墟ビルだからな。誰も気にして見ていない。悲鳴を聞いたという人もいない」
「近所の人とかは?」
「両隣はどちらも商業ビルで人は住んでいない」
「よくそんな所へ行くなあ」
「そんな所だから行くんでしょ」ユカちゃんが言った。
「きもだめし的な?」
「そう。アタシもちょっと行ってみたい」
「好きだなあ」
「そう言ってくれるとありがたい」刑事さんが言った。
「へ?」
「現場へいっしょに行ってもらいたいんだ」
「なんで?」
「実はオレも同じ時間に同じ場所へ行ってみたんだが何も出てこなかった。だがさらわれたのが女子中学生なら、同じ女子中学生が行ってみたらどうだろうかと」
「おもしろそう」
「まあ試してみて損はないだろう」
「ほんとに怪物が出てきちゃったらどうするの?」アキちゃんが言った。
「アキちゃんが蹴って退治する」
「うそでしょ」
同じ状況を再現するということで、僕とアキちゃんが二人で行くことになった。もちろん刑事さんとユカちゃん、ミユキちゃんが離れて後からついて来ている。刑事さんはともかく、あとの二人が役に立つとは思えないが、ユカちゃんのお父さんとミユキちゃんにはお世話になっているので刑事さんに文句は言えない。
問題の現場に近づいてきた。懐中電灯の明かりを頼りに進んで行くと、廊下の先から何かがやって来るのが見えた。怪物だ。天井に頭がつきそうだなくらい大きい。二本足で立っていて、全身緑色だ。腕には長くて赤いヒレのようなものが付いている。爬虫類のような顔が大きな口を開けている。怪物は腕を振り回してきた。長いヒレの直撃をまともに食らって僕は吹き飛ばされた。アキちゃんはすばやくかわして怪物の懐に入った。
「今だ! 蹴れ!」後ろで刑事さんの声がした。
アキちゃんの動きが一瞬止まった。もう片方の腕のヒレがアキちゃんの身体を直撃した。アキちゃんの身体も吹っ飛んだ。身体がしびれる。ヒレに何か毒があるのか。怪物はアキちゃんを掴んで刑事さんたちの方に向かった。刑事さんが銃を構えたが、怪物がアキちゃんを盾にしているので撃てない。全員怪物のヒレに吹き飛ばされた。怪物はユカちゃんとミユキちゃんも捕まえて、アキちゃんといっしょに引きずって行く。僕も刑事さんも身体がしびれて動かせない。怪物は廊下の奥に消えて行った。
(アキちゃんの回想)
怪物はわたしたちを大きなガラスケースの中に放り込んだ。上からカバーが被せられて何も見えなくなった。機械音がしてガラスケースはゆっくり持ち上げられ、移動して下ろされた。やがて車の発進音がして、動き出した。たぶん大型トラックの荷台に乗せられて、どこかに運ばれているのだと思った。
「なんで蹴らなかったのよー」ユカちゃんの声がした。
「だって…」
「だって何よー」
「刑事さんにパンツ見られると思って…」
「なにそれ」
「蹴ったらパンツまる見えになるって…」
「そりゃそうだけど、そんなことで蹴るのやめたのー?」
「一瞬考えちゃって…」
「その一瞬が命取りだったね」ミユキちゃんがため息をついた。
「それに相手はあんな怪物だよー。蹴っても効果あったかどうか…」わたしは言った。
「蹴ってみなくちゃわからないじゃん」ユカちゃんが言った。
「ごめんねー」わたしは素直にあやまった。
やがて車が止まって、またわたしたちはガラスケースごと持ち上げられ、下ろされ、移動した。カバーが取られると、そこは倉庫のような場所だった。怪物と、その隣に小さなおばさんが立っていた。
「キャハハハハ」小さなおばさんが甲高い声で笑った。「一度に三匹も捕まるとは驚いた」
明るい中で怪物をよく見ると、着ぐるみだとわかった。大きく開けた口の奥に人の顔が見えた。おそらく2メートルを超える大男が着ぐるみを着てさらに大きくなっている。でも、なんだ人間か。人間なら蹴り飛ばせるかも、とわたしは思った。
「このあいだのと制服が違うな。また別の中学校の生徒か。ネットの噂につられてホイホイやってくるとは、若い子の好奇心はどうしようもないわ」小さなおばさんが言った。
「ア、アタシたちをどうしようっていうの?」ユカちゃんが聞いた。
「お仕置きをするのさ。人のビルに勝手に入ってきた悪い子たちにね」
「なんで女の子ばっかり?」
「男の子のは冒険心っていう立派なものさ。アンタたちのはただの好奇心」
「わけわかんない」
「女の子は危険がいっぱいだから、あぶないことしちゃダメだって教えてやるのさ」
「危ないことしてるのはそっちでしょ」
「キャハハハハ。そういう生意気いう子は大嫌いさ。殺してやらなくちゃ」
「こ…」
「どんな殺され方がしたい?」
知らないだろうけど、わたしたちは普通の中学生じゃないよ。ユカちゃんの髪留めにはGPS装置が仕込まれてるし、ミユキちゃんなんか身体の中にGPS装置が仕込まれているんだよ。もうすぐ刑事さんといっしょにユカちゃんのお父さんの部隊が突入して来るよ。わたしたちはただ時間を稼いでいればいいんだよ。わたしは心の中で思った。
「三匹もいるから、それぞれ違う殺し方をしてやろう。ネズミとヘビとムシ。どれがいい?」
「どれもやだ」ユカちゃんが言った。
「そりゃそうだろう。まずお前たちはガラスビンの中に入れられる。首だけ出して身体は折りたたまれてビンの中さ。すごくせまいよ。その中に何を放り込まれたい? ネズミかい? ネズミをいっぱい放り込んで、棒で叩いたり、バーナーであぶったりすりゃ、ネズミはあわてて逃げようとする。アンタの柔らかい腹を食い破ってもぐりこもうとするんだよ」
「ひえ」
「ヘビかい? ヘビもいっぱい放り込んで、叩いたり、刺激を与えりゃ、逃げようとする。ヘビは穴に潜る習性があるからね。身体の穴という穴に潜り込もうとする。性器や肛門や口の中さ。でも鱗のせいでバックできない。息が苦しくなるから空気を求めてどんどん内臓を食い破って進んでいくのさ」
「うげえ」
「ムシかい? ムシもいいぞ。 ビンの中にハエやら昆虫やらいっぱい放り込んでやろう。そしてお前の口に牛乳と蜂蜜をたっぷり流し込むのさ。下痢をして、吐き出すまで飲ませ続ける。尻の下は糞尿であふれる。吐き出した牛乳と蜂蜜も身体を伝って流れ落ちる。昆虫たちが群がる。柔らかい性器や肛門を嚙み始める。傷ができりゃ感染して化膿する。ウジ虫が繁殖する。ウジ虫は肉を食べ始める。牛乳と蜂蜜と水は強制的に飲まされ続けるから、のどの渇きや空腹で死ぬことはない。ゆっくりゆっくりムシに食われ続けるのさ。17日間生き続けた奴もいる」
「やめて」
「泣き叫んでもムダだよ」
怪物がやってきてミユキちゃんの身体をつかんで持ち上げた。
「いやあ、やめて」ミユキちゃんが暴れた。
ベルトコンベアーに横倒しになったガラスビンの下半分が置かれていて、空中に上半分が吊り下がっている。怪物はガラスビンの下半分にミユキちゃんの身体を押し込み、上半分を下ろしてぴったりくっつけた。ベルトを巻き付けて固定した。ガラスビンを立てた。ミユキちゃんはビンから首を出した状態だ。首輪がつけられ、ビンのベルトに固定された。ビンの中でミユキちゃんは座って膝を曲げた窮屈な姿勢でじたばたしている。
ベルトコンベアーが動いて次のガラスビンがやって来た。怪物がやって来てわたしの身体を持ち上げた。ガラスビンに押し込めようと下ろしたので、わたしは蹴った。怪物がよろけた。わたしは立ち上がってもう一度思い切り蹴った。怪物はまたよろけて、今度は倒れた。やはり着ぐるみがクッションになって威力が半減している。とりあえず驚いている小さなおばさんを蹴り飛ばした。その時刑事さんたちがドヤドヤと突入して来た。怪物が立ち上がった。
刑事さんが両手をひろげて僕たちを制止した。アキちゃんが怪物と対峙している。怪物がアキちゃんに飛びかかった。アキちゃんはかわして、吊り下がったガラスビンの上半分に足をかけてジャンプした。そして身体を反転させ、怪物の後頭部を思い切り蹴った。怪物は前のめりに倒れて、動かなくなった。
「ブラヴォー!」刑事さんが拍手して叫んだ。
着地したアキちゃんはなぜかスカートを両手でしっかり押さえた。
行方不明だった女の子はビンに入れられた状態で発見された。ビンの中は昆虫で埋め尽くされていた。
「身体の被害はそうでもなかったんだが、精神的にやられてしまっている。もともと虫が嫌いだったんだな」刑事さんが言った。
「あの小さいおばさんは何だったの?」アキちゃんが聞いた。
「あのビルの所有者だ。若くして成功して昔はよかったんだろうが、事業に大失敗してな。横暴な態度で嫌われてたもんだから、誰からも相手にされなくなり、家族にも見放されて、残ったのがあの忠実な大男と廃墟ビルとあの倉庫だけになっちまった。それでいつの間にか狂っちまったんだな」
「なんか、かわいそう」アキちゃんが言った。
「あんな残酷なことする人間に同情はいらないよ」僕が言った。
「それよりやっとアキちゃんの蹴りが見られてよかったね」ユカちゃんが刑事さんに言った。
「ああ。すごい迫力だったな。何度でも見てみたいよ」
「パンツも?」
「何の話だ」
「あれ? 見えなかった?」
「オレにはそんな趣味はない」
「なーんだ。つまんない」




