26.キミコさん
キミコさん
「処女卒業?」
「安心・安全に処女を捨てたいってことね」マユミ先生が言った。
「男と付き合う気はないけど処女は卒業しておきたいってこと?」ユミさんが言った。
「オレに聞くなよ。そういうサービス会社があるってこと」刑事さんが言った。
「捨てるなんてもったいない。好きな男にしたらたまらないと思うんだけど。だって新品だよ。絶対その方がいいじゃん」
「その好きな男がいないからでしょ?」ユウコさんが言った。
「処女には処女の悩みがあるのよ。いい年して処女が恥ずかしい。下ネタや性的な会話についていけない。気がついたら周りのみんな経験している。婦人科検診でセックスの有無をきかれるのがイヤ。一度くらいは経験したい」マユミ先生が言った。
「その年まで処女でいるのは欠陥品ってこと? 女性として一人前じゃないとか?」
「いやいやそれは間違ってるでしょ」
「でも本人はそんな気持ちなのかも」
「まあまあ、パンフレットによればだな、処女であることで自信がもてず、恋愛に消極的になってしまっている。男性と知り合う機会が少ないことに加えて、男性との距離感がつかめず、セックスに誘われても何をどうしたらよいのかわからない。目標に向かって努力してたら男性との接触がほとんどなかった。男性と知り合う機会が少なく、いい人がいても積極的になれない。30歳を前にあせる。婚活してみたら男性からセックスを求められてパニックになった。そんな事例が紹介されている」刑事さんが言った。
「だからって好きでもない人とやっちゃうの?」アキちゃんが言った。
「好きな人を蹴っちゃうよりいいんじゃない?」ユカちゃんが言った。
「なんですってー」
「まあまあ」僕がなだめた。
「誰でもいいからやりたいって言うんだったら、片っ端から声かけて引っかかった男とやればいいじゃん。男は誰とでもやりたい生き物なんだから。お金払ってでも知らない女とやる奴はいっぱいいるよ」
「その声をかけられないから処女のままなんでしょ」
「プライドを捨てるのはむずかしい。処女を捨てたいのはやりたいからじゃなくて自信を持ちたいからだろ。だったらあと腐れのない方法を選びたい。ここに書いてある。少ない痛み、確実な避妊・感染症対策による安全な卒業」刑事さんが言った。
「いかにもあなたのために必要なものを提供しますっていう宣伝文句ね」
「でも結局お金儲けのためでしょ」
「世の中の仕組みはお金儲けで成り立ってるもんね」
「いやお金を取ったらりっぱな売春防止法違反だ。だから無料あるいはホテル代だけ。ボランティア活動ということになっている」
「うそくさい。スケベな男がタダでやれるところじゃん。しかも本人同意の上で」
「合法的な処女狩り」
「そういうこと。知識のある側が知識のない側をだますのは簡単だ。隠し撮りしてそれを種にゆすることもできる」
「どうして他人の言う『安心・安全』を信じちゃうのかしら」
「それが人間よ」
「終活セミナーで自分の口座番号や暗証番号、パスワード、不動産も全部書いて見せちゃうお年寄りとかね」
「悪いのはお年寄りじゃなくてそれを悪用する奴だけどな」
「何でも疑わなきゃこの世界で生き残っていけないわよ」
「それも悲しい話だ」
「それで? それが売春組織とかかわってるって話?」
「そうだ。処女には希少価値がある。そういう趣味の男はいくらでも金を出すからな」
「潜入するとして、誰が処女の役をするの?」
「この中で処女はユカちゃんだけでしょ?」
「ア、アタシも処女じゃないわよ。カレとやったもん」ユカちゃんがあわてて言った。
「ウソつくんじゃないわよー」アキちゃんが怒った。
「ユカちゃんは処女で悩む年じゃないだろ。30歳前後の女性がベストなんだが」
「わたし?」マユミ先生が言った。
「その容姿で処女はありえないでしょ」
「色気ムンムンだもんね」
「ありがとう」
「いやそうでもないぞ。モデルやCAでも仕事に打ち込んでいるうちに年を取ってしまったとか。容姿は関係ないかも知れん」
「処女だってバレるのがそんなに恥ずかしいかな」
「わたしたちはもう処女じゃないからわかんないよ」
「患者さんでいないの?」
「ウチの患者さんはみな裏稼業の人たちだよ。あ、そうだ、ひとりいるかも」
「いるの?」
「うん。アセクシャルの子」
「アセクシャル?」
「性的欲求のない人」
「そんな人いるの?」
「人口の1%はそうらしいよ」
人類の進化型かもしれない。男がみんなそうなれば性犯罪もなくなるのか。
「連絡してみる」マユミ先生が言った。
「協力してくれるって。仕掛けのキミコ」マユミ先生か言った。
「仕掛け?」
「ワナを仕掛けるのが得意なの」
「何とかの誰それって言い方カッコいいよねー。毒針使いのユウコ、寝技のユミ、仕掛けのキミコ」ユカちゃんがはしゃいだ。
「処女のユカ」アキちゃんが言った。
「何よー。違うって言ったでしょー。蹴りのアキ」
「なんかカッコよくない」
「蹴り飛ばしのアキ」
「もういい」
「蹴り倒しのアキ」
「しつこいよー」
キミコさんは眼鏡をかけた理知的な人に見えた。
「処女です。それが何か?」
「組織に潜入してもらいたいの」マユミ先生が言った。
「報酬は?」
「これだけ」マユミ先生がスマホを見せた。
報酬はユカちゃんのお父さんが支払う。それで手柄を上げるって刑事さんズルくない、と僕は思うが、ユカちゃんのお父さんにしてみれば敵対組織を壊滅してくれる相棒ということらしい。ユカちゃんのお父さんはユカちゃんが生まれてからは、売春稼業から手を引き、逆に敵視するようになったということだ。ユカちゃんは生まれることで世の中に貢献したのかもしれない。
(キミコさんの回想)
私は処女を恥ずかしいと思ったことはない。かと言って特別だとも思わない。私の知人は処女を価値のあるものだと思っている。だからこれまで処女を守ってきたと言う。彼女にとって処女であることは努力の結果なのだ。初体験は特別であるべきだと固く信じている。理想が高すぎる。その結果誰とも付き合えなくなっている。もし処女を失ったら自分は汚れてしまった、価値がなくなってしまったと大騒ぎするのだろう。ばかばかしい。自分の価値は知識や技術や人との交流で高めるものだ。処女かどうかは関係ない。処女だからといってガンになる確率が高くなるわけでもなく、感染症の危険が増すわけでもない。私は自分の子供が欲しいとも思わない。自分でたいへんな思いをして苦労して産むよりも、誰かに産んでもらって譲ってもらったほうがずっと楽だ。
ロスト・バージン・サポート・サービス。処女喪失お助け会。結婚相談所の統計によれば処女の成婚率は低いらしい。だからプロフィールに処女であることは隠した方がいいと言われる。だからこんなところで捨てようとするのか。申し込みはネットで行う。偽名を使い、適当なやり取りを交わした後、日時と場所が知らされた。てっきりホテルだと思っていたが、場所は貸別荘だった。
前日の深夜にその貸別荘に忍び込んだ。玄関をピッキングで開けて中に入る。リビングがやたら広い。パーティーが開けそうだ。なぜこんな場所を? 中央に大きな天蓋付きのベッドが置かれてあり、カーテンは閉まっている。何かの演出か? カーテンを開いて覗いてみたが、豪華なクイーンベッドだ。特に仕掛けはなさそうだ。オープンキッチンにカウンターテーブルがある。ここで一杯やって本番に移るのか? 料理も出るのか? とにかくこちらの仕掛けを始めよう。隠しカメラは発見されるリスクも高いし、自分の裸を人に見せてもしかたがない。玄関と窓に小型の爆弾を取り付ける。凝った模様が彫り込まれているから見た目にはただの飾りに見える。脱出するためにはどちらも破壊できた方がいい。これだけ広いと壁にも必要かな。壁にかかった絵の額の裏、隅に置かれた観葉植物の中。天井のシャンデリアにはガス噴出器を取り付ける。起爆装置はベッドのマットレスの下に隠した。こんなものでいいか。
夕方。約束の時刻に再び貸別荘を訪れた。玄関のベルを鳴らすとイケメンの若い男が出迎えてくれた。ネットの申し込みでは相手を選べるようになっていたが、私は誰でもいいと答えた。だからてっきり変態オヤジが出てくると思っていた。意外だった。どこかのクラブのホストみたいだ。キッチンカウンターに誘われてカクテルを勧められた。
「まずはリラックス、ね」ホストは言った。
グラスを合わせて乾杯し、飲んだ。あれ? 睡眠薬? レイプドラッグ? 必要ある? こっちは同意してるのに? 何のために? 意識が遠のいていった。
気がついたらベッドで手足を拘束されていた。足が広げられ、高い位置で膝が固定されていた。天蓋のカーテンは取り払われ、天井に鏡がセットされていた。私の姿が映っている。私は全裸で、この格好はどう見ても分娩スタイルだ。そして周りにたくさんの人がいて、私の姿を眺めている。何これ? こんなことは想定外だった。
「さあ、お集りの皆さん、彼女の目が覚めたようです。始めましょう」誰かが言った。
周りの人々が拍手した。私の処女喪失を見世物にする気か? 変態どもめ。
ブウンブウンと機械音がする。私は天井の鏡を見た。私の足元に変な機械が見えた。太くて長い棒が突き出ていて、それが前後にピストン運動をしている。まさか。
「ありきたりの処女喪失には飽きておられる皆さん、今日はこれで彼女の処女を貫きます。彼女はなんと、今宵こんなものによって処女を奪われるのです」
「やめて、やめて下さい」私は言った。
周りの人々が爆笑した。
「このうろたえぶりがたまりませんな」誰かが言った。
機械に取り付けられた太くて長い棒はゆっくり私の性器に近づいて来る。
「やめて。ほんとにやめて。こんなのはいや」
やがて棒の先が私の性器に当たった。
「ひいっ」私は腰をひねって避けようとするが、男の手で押さえつけられる。
棒の先が性器の中に入ってきた。
「ぎえっ、痛い、痛い」棒の先が何度も私の処女膜をつついてくる。
「30歳を過ぎた女性の処女膜は若い頃より厚くなっておる。これを突き破るのはなかなか大変ですぞ」誰かが言った。
「やめて、やめて、お願いだから」
棒の先が私の性器に押し込まれて来る。
外ではマユミ先生や刑事さんたちが待機しているはずだ。私の起爆を合図に乗り込んでくるはずだ。だが起爆できない。せめて手が動かせれば。
男たちが装置を動かして棒を押し込んできた。
私は悲鳴を上げ続け、地獄の痛みが永遠に続くように思われた。私は白目をむいて両足を痙攣させた。拍手が沸き起こった。機械が止まって、棒が引き抜かれた。私はぐったりした。手足の拘束がとかれた。私はマットレスの下に手を入れて起爆装置を作動させた。
「ひどい目にあったわね。こっちもなんとか招待客にまぎれこもうとしたけど、だめだったのよ。処女愛好家なんてすごくマニアックな世界だものね。でも全員捕まえたから安心して。これだけじゃたいした罪にならないけど、家宅捜索で新たな別の悪事の証拠が発見されるでしょう。売春組織は壊滅よ。刑事さんが押収したスマホに映像がバッチリ残ってたわ。ほぼ全員が撮影してたみたいよ。見たい?」マユミ先生が言った。
「見ません。死ぬかと思いましたが、人間処女を失ったくらいでは死にませんでした。あれはまったくの想定外でした。でも生身の男に奪われるよりましだったかもしれません」キミコさんが言った。
「そうよね。好きでもない男のものを入れられるなんて気持ち悪いよね」
「でもいい教訓を得ました。今度から起爆装置は口の中にセットしようと思います」
「なにそれ?」
「ユカちゃんのお父さんに頼んで、超小型の起爆装置を作ってもらいます。信号を発信するだけなら奥歯にはさむ程度のものができるんじゃないかと」
「へえ」
「舌でスイッチを押せるようにして。それなら拘束されても起爆できます」
「猿ぐつわをかまされたら?」
「下の歯なら問題ないかと」
「なるほど」




