25.ヨウコちゃん
「ユカちゃんがユカちゃんのお父さんの娘だってことは、裏社会では知られていることなの?」アキちゃんがマユミ先生に聞いた。
「さあ。ユカちゃんのお父さんを狙う奴は調べ上げて突き止めるかもしれないけど」
「マユミ先生はどうやって調べたの?」
「運がよかったのね。まずふつうにユカちゃんのお父さんのアジトを探したの。でも上手にカムフラージュされてて、普通に追っかけてもムダだとわかった。名前をいくつも持ってるみたいで、どれが本名かもわからない。変装も上手みたいだし。本当に偶然だったのよ。ユカちゃんとお見合いした男の子がいたでしょ? 今は家族ごと行方不明だけど」
「ヒロシくんだ」
「たまたま家族の誰かがユカちゃんのお父さんの素顔を知ってたのね。素顔を知ってる人もすごく少ないんだよ」
「それですぐ殺しにきたのか」
「そういうこと。邸宅がわかったことは大発見だったんだけど、裏社会じゃ情報共有なんてあり得ないからね。むしろ情報漏らしたら殺される世界だから。ただその家族がウチに針治療受けに来た時に、これは明らかに何かあったぞってピンときたのよ」
「それで?」
「拷問して吐かせた」
「ひええ」
「邸宅がわかれば、あとは見張ってるだけ。ユカちゃんはあのとおり無防備だから、すぐわかっちゃった」
「それでユカちゃんにあんな脅迫メールを送ったのか」
「じゃあ、あまり知られてないんだ」アキちゃんが言った。
「だね。ユカちゃんのお父さんを調べようとすること自体、みんな恐いと思うよ」
「あれ以来、お見合いの話ないもんね」
「明日のバレンタインデーはどうするの?」アキちゃんがユカちゃんに聞いた。
「お父さんにあげるー。毎年そうだからー」
「お父さんには、わたしもあげるよ」ミユキちゃんが言った。
「あ、そうか」
「早くカレシ見つけなよー」
「そうだねー」
「カレはだめだよー」
「カレは、ただの優秀な遺伝子だよー」
「それでもぜったいダメだからねー」アキちゃんが念を押した。
「アキちゃんは毎年あげてるの?」
「ううん。カレそういうのまったく興味ないから」
「へー。変わってるねー」
「悪かったな」僕が言った。
「アキちゃんもお父さんにあげたら?」
「あ、そうだねー。それいいかも」
「つけあがるからやめてくれ」
翌日登校したら、僕の下駄箱にチョコレートがあった。メッセージカードが添えてあった。『一年生のヨウコです。ユカ先輩のカレシさんに愛を込めて』
「ヨウコって、だ、誰よ?」アキちゃんがあせった。
「あー、新体操部の後輩かな? アタシほどじゃないけど可愛い子だよ」ユカちゃんが言った。
「か、可愛いの?」
「あー、妬いてるー。かわいいー」
「そ、そんなんじゃないわよ。ほら、これ、またカレを拉致するワナだよ」
「どういう発想?」
「カレを拉致してユカちゃんを手に入れようとか」
「女の子だよ」
「女の子が好きな女の子もいるんだよー」
「思い過ごしじゃない?」
「チョコレートに毒が入っているかも」
「アキちゃん、言ってることがおかしいよー」
「お父さんに毒見してもらおう」
「それひどくない?」
「いや、いいと思う」僕が言った。
アキちゃんはヨウコちゃんにもらったチョコレートをそのまま父に渡した。事情を知らない父は踊り上がって喜んだ。気の毒に。
「チョコレートはウイスキーに合うからな」父は上機嫌だ。
酒に合わない食べ物はあるのか? 僕たちはチョコレートを食べる父を観察した。いつもと同じように酔っているだけだ。毒入りではなかった。
夜。ベッドの上でアキちゃんは腕組みをしている。
「うーん」
「何をうなってるんだ。僕は相手にしないから大丈夫だよ」
「ほんと?」
「アキちゃんだけでいい」
「えへへ」アキちゃんが抱きついてきた。
翌日。またメッセージカードが下駄箱に入っていた。『感想を聞かせてください。新体操部で待ってます ヨウコ』。無視することにした。
「いや。顔が見てみたいから、行く」アキちゃんが言った。
「意味ないよ」僕は困って言った。
「行く」
新体操部はユカちゃんが掛け持ちしているクラブのひとつだ。レギュラーを目指す気はなく、レオタード姿が気に入っているだけらしい。どれだけ自分の身体を見せたいんだ。それをまた見に来る男子がいるから情けない。僕の性器も反応するからよけいに情けない。だが僕は自分の性器の言いなりにはならない。ミユキちゃんはいつも見学している。ミユキちゃんは身体も柔らかいからすぐレギュラーになれるだろうけど、すごい傷跡があるからレオタード姿にはなれない。足の傷を隠すためにいつも黒のタイツをはいている。それに恥ずかしがり屋だ。ユカちゃんといっしょに帰るために待っている。僕とアキちゃんはいつもなら放課後はすぐに帰宅する。
「先輩、来てくれたんですね」女の子が近寄ってきた。「ヨウコです」
アキちゃんの目が険しい。
「チョコレートどうでした?」
「父にあげた」
「え? どうして?」
「そこはどうでもいい。だから僕にくれてもムダってこと」
「ユカ先輩のは?」
「ユカちゃんからももらってない」
「えー?」
「興味ないんだ。メーカーの商業戦略だし」
「変わってますね」
「よく言われる」
「せっかくだから見学してって下さい」
ヨウコちゃんはそう言って練習に戻って行った。
「どうする?」
「見学する」
「顔が見たかっただけじゃないのか?」僕が言った。
「この目に焼き付けとく」
「なんで?」
クラブ活動を見学するなんて初めてだ。僕はもともと一人で考え事をするのが好きだった。例外はアキちゃんだけだったのに、いつのまにかユカちゃんがくっ付いてきて、ミユキちゃんも加わってしまった。ユカちゃんはみんなとおしゃべりを楽しんでいる。ヨウコちゃんは真面目に練習している。アキちゃんはひたすらヨウコちゃんを見ている。僕はユカちゃんのレオタード姿を見て性器を喜ばせる気はない。何か別のことを考えることにした。
クラブ活動が終わって、ユカちゃんがやって来た。外はもうすっかり暗くなっている。みんなこんな遅くまでクラブ活動をやってるのかと感心した。
「せっかくだから、みんなでいっしょにアキちゃんちに行こう」と言う。
何がせっかくで、なぜそういう話になるのかわからない。
「ひさしぶりに三人でいっしょに寝よー」とはしゃいでいる。
いやそれは僕がひとりで寝ることになるからいやだ、とは言い出せない。僕ががまんするしかない。やれやれ。僕たちは歩いて僕の家に向かった。
しばらく歩いたところでユカちゃんの携帯が鳴った。
「あれ? ヨウコちゃん? どうしたの? えー? わかった。すぐ行くー」
「どうしたの?」アキちゃんが聞いた。
「なんかー、ヨウコちゃん足くじいて歩けなくなったから助けてってー」
「まわりに誰もいないのか?」
「なんかー、まだ運動場みたい」
校舎から運動場を横切っていくのは裏門から下校する生徒たちだ。僕たちは正門から下校した。ユカちゃんはもう学校に向かって走っている。僕たちも続いた。
運動場の野球部の部室のそばに、ヨウコちゃんは倒れていた。僕たちが駆け寄った時、何かが飛んできてアキちゃんの頭に当たった。アキちゃんがのけぞって倒れた。野球のボールが転がった。また速いボールが飛んできてミユキちゃんの頭に当たった。ミユキちゃんも倒れた。次のボールは僕の腹にめりこんだ。
「ぐえっ」僕はお腹を押さえてうずくまった。
ユカちゃんは立ちすくんでいる。男がやってきた。野球部のユニフォームを着て、手にはバットを持っている。そのバットを振り上げて僕の背中を打った。
「ぐぎゃっ」すごく痛い。
男は僕の襟をつかんで立たせると、野球部の部室に連れ込んだ。
「ちょっと、何するのよー」ユカちゃんが言った。
「入って来い」男がユカちゃんに言った。
ユカちゃんが携帯を取り出そうとすると、ヨウコちゃんが取り上げた。ねんざしたというのはウソか。ワナだったのか。でもなんで? ヨウコちゃんに背中を押されて、ユカちゃんも部室に入った。電気がつけられた。
「くさーい。運動部の部室ってなんでこんなに臭いの?」ユカちゃんが文句を言った。
「悪かったな」
「お兄ちゃんは野球部のエースで4番なんだよ。球も速かったしコントロールもよかったでしょ? お兄ちゃんはね、ユカ先輩を彼女にしたいんだって。スーパースターの彼女は美人でなきゃダメなんだって」
ヨウコちゃんは気絶したアキちゃんとミユキちゃんを部室の中に引きずり込みながら言った。ガムテープでアキちゃんの両手両足をぐるぐる巻く。
「しっかり巻いとけよ。ツヨシの話じゃそいつはボディーガードらしいからな」
ツヨシくん、よけいな情報を…。
「ごめん。アタシ頭悪い子はちょっと…」ユカちゃんが答えた。
「じゃあ、ここで彼氏の頭をカチ割って悪くしてやろうか?」
男はバットを高くかかげた。
「わかった。わかった。彼女になる。それでいい?」ユカちゃんがあせって言った。
「それで明日になったら別れようってか? オレもそれほどバカじゃない」
「じゃあ、どうすんの?」
「服を脱げ」
「へ?」
「ハダカになるんだよ」
「ここで?」
「ここで。今すぐ」男がまたバットを構えた。
「わ、わかった。見たいんなら見せてあげる」
ユカちゃんはそう言ってまったく恥ずかしがる様子もなく、さっさと制服を脱いで、下着も脱いだ。
「さあ、これでいい?」ユカちゃんは堂々としている。
男はスマホを取り出して撮影した。
「座って、足を開け」
ユカちゃんは言われたとおりにした。男がまた撮影した。そのあとも恥ずかしい格好をさせて撮影した。
「よし、早く服を着ろ。ここじゃいつ誰が様子を見に来るかわからんからな」
ユカちゃんは服を着はじめた。
「いいか。この写真をバラまかれたくなかったら。ずっとオレの彼女でいろ」
「いいよ。わかった。連絡先交換しよ」ユカちゃんが言った。
ヨウコちゃんがユカちゃんの携帯に連絡先を登録して、渡した。
「じゃあな。今日はここまでだ。また連絡する。次はゆっくりたっぷり楽しんでやる」
そう言って男はヨウコちゃんといっしょに部室を出て行った。僕とユカちゃんは二人でアキちゃんのガムテープをほどいた。アキちゃんが気がついた。ミユキちゃんも気がついた。僕らは電気を消して部室を出た。
「えー? 恥ずかしい写真撮られちゃったの? どうすんの?」アキちゃんが言った。
その夜僕の家では、ユカちゃんの邸宅から届いた豪華な料理をみんなで食べていた。
「あいつの電話番号がわかったからねー。それさえわかりゃハッカーのお兄さんに頼んでウイルス送り込んでもらってー、中のデータ全部消去してもらってー、それから拉致してもらってー、うちの拷問室で拷問してもらってー、それからどうしてやろうかなー」
ユカちゃんのお父さんのことを何も知らずに、うかつにユカちゃんに手を出すとそうなってしまうのか。こわいなあ。
「それより三人でいっしょに寝よー」ユカちゃんが元気よく言った。




