19.クマ男
「キミ、わたしのハダカ見たでしょ?」マユミ先生が僕に言った。
「え、いや、一瞬だけ。あとは見ないようにしてました」それは本当だ。
マユミ先生のジャングルみたいな恥毛が目に浮かんだ。
「マユミ先生のアソコ毛深かったねー」ユカちゃんが遠慮なく言った。
「あらやだ。でも恥ずかしくないわよ。生まれ持った個人特有の資質でしょ。肌の色や胸が大きい小さいと同じで、そこに優劣はないわよ」
「そ、そうですよね」アキちゃんがうなずいた。
「それより乳首スナイパーさんとはどうなの? やったの?」ユカちゃんは遠慮がない。
「うーん、とね、ヒミツ」
「えー、ずるーい」
何がずるいのかわからない。
「それより、今度いっしょにログハウスに泊まりに行かない?」
「えー? あんなことがあったのに?」
「だからよ。このままだとログハウスにいやな思い出しか残らないでしょ? 楽しい思い出で上書きしなきゃ」
なるほど。やはり30歳は違う。ストロング&タフ。強くたくましい。僕もユカちゃんの別荘をいい思い出で上書きすべきだろうか。
「ログハウスと言えばバーベキューよね」
「バーベキューやりたい」
「行こう行こう」
僕たちはマユミ先生のSUV車で予約したログハウスに向かった。運転はスナイパーのマサキさんだ。
「ユウコさんやユミさんは来ないの?」ユカちゃんが聞いた。
「お仕事が忙しいみたい」
「殺し?」
「そうでしょ」
会話がこわい。
「食材とかは買い出しするんですか?」
「全部向こうで用意してくれてる。そういうプランで予約した」
「楽ですね」
「オーナーが猟師さんでね、自分で仕留めたイノシシやクマの肉を提供してくれるらしいよ」
「そう言えば最近イノシシやクマが市街地に現われて話題になってるよね」
「エサを求めて行動してるだけなんだけどね」
「イノシシの肉って美味しいの?」
「豚肉よりヘルシーで栄養価が高い」僕が答えた。
「いいじゃん」
「でも血が臭いから、上手に血抜きしないとダメらしい」
「そこは今回プロだからだいじょうぶでしょ」
「クマの肉は?」
「少し硬いけど普通に美味しいらしい」
「食べたことあるの?」
「全部ネット情報」
「だよね」
「ちょっと待って。よく考えたらこれから行くログハウスってイノシシやクマが出てくる場所ってことじゃん」
「スナイパーさんに仕留めてもらう?」
「ぼ、僕は、ど、動物は、こ、殺したくない」マサキさんが運転しながら言った。
「人間はいいの?」
「に、人間は、ざ、残酷で、し、醜悪」
「人間以外の生き物はみんなそう思っているかもね」マユミ先生が言った。
「人類は地球に巣食う害虫だもんね」アキちゃんが言った。
「どちらかと言うとガンでしょ。増殖力がすごいし」
「アタマ痛くなる話はやめよー」ユカちゃんが言った。
車は山道をどんどん上っていく。いつイノシシやクマが出てきてもおかしくない山奥だ。ようやくログハウスに到着した。オーナーが挨拶に出て来た。ひげもじゃでクマみたいな大男だ。猟銃を肩にかけている。
「やあやあ、いらっしゃい。さっそく中を案内しよう」
大きなログハウスだ。庭に特大のバーベキューコンロがある。いやコンロじゃなくてカマドか。コンクリートブロックの土台に耐火レンガを積み重ね、上に鉄板と網が乗せてある。大人数のバーベキューパーティーができそうだ。ログハウスのテラスにもバーベキューコンロが設置されている。僕たちは案内されてログハウスの中に入った。バストイレに冷暖房完備、大型テレビ、サウナルームまである。2階のロフトにベッドが二つ。僕とアキちゃんはここで寝ようと決めた。
「さあさあ、集まってくれ」オーナーが呼んだ。
リビングの大きなテーブルを囲むようにソファーが並べられている。みんなで座った。
「今、ウエルカムドリンクを用意する」オーナーがそう言って出て行った。
「あれ? マサキさんは?」
駐車場に車を止めた後、姿が見えない。
「わたしたちから見えないところにいる」マユミ先生が言った。
「なんで?」
「あら、スナイパーってそういうものでしょ。姿を見せたら意味ないでしょ」
そうなのか。いつもそうなのか。それはかわいそうな気がする。
オーナーがワゴンに小さなグラスと瓶をのせてやって来た。グラスをテーブルに並べた。
「特製のウエルカムドリンクじゃ。クマのエキスが入っておる」
「げっ」
「まあまあ、歓迎のしるしじゃ。がまんして飲んでくれ」
グラスに少量の液体を注いでいく。
「ゆずジュースみたいなもんじゃ。一気にやってくれ」
「遠慮なくいただきましょう。乾杯」マユミ先生が言った。
みんなで飲み干した。あれ? これ、まさか? 意識が遠のいていく。また?
気がついたら、みんな手足を縛られて丸太に吊るされていた。やっぱり。これが僕の運命なのか。それとも母が言うとおりユカちゃんが疫病神なのか。僕たちは両手首と足首を一か所にまとめて縛られ吊るされている。捕らえられた獣みたいだ。オーナーのクマ男がナイフを手にしている。
「狩猟解体用ナイフ…」マユミ先生が言った。
「解体?」
庭の特大バーベキューカマドに火がついている。
「ここでわたしたちをさばいて…」
「バーベキュー?」
うそでしょ。食べられるのか。クマ男は僕たちを順番に眺めていったが、ミユキちゃんの前で足を止めた。
「獲物の目を見りゃわかる。こりゃいい目だ。覚悟を決めておるな」
クマ男はミユキちゃんを縛っているロープをナイフで切った。ミユキちゃんの身体が地面に落とされた。クマ男はミユキちゃんを仰向けにして、まるで毛皮を剥ぐように服を切り裂いた。ミユキちゃんがハダカにされた。
「なんじゃこりゃ。傷だらけじゃないか」
ミユキちゃんのハダカを見た人はみんなそう言って驚く。
「こりゃだめじゃ」
「何が…だめなの?」ミユキちゃんが聞いた。
「普通は足をひろげて逆さ吊りにして腹を切って内臓を取り出すんじゃが、こりゃだめじゃ。ひどい傷ものじゃ。興が削がれてしもうた。その気になれん」
「じゃあ…どうするの?」
クマ男はミユキちゃんを炎が上がっているバーベキューカマドの前まで引きずって行った。
「こうする」
バーベキューの長い鉄の串を両手に持ってミユキちゃんの身体に二本突き刺した。
「ぐぎゃあああ」ミユキちゃんが悲鳴を上げた。
クマ男が両手を高く上げた。ミユキちゃんの身体が宙に持ち上げられた。バーベキューの串は背中まで貫通している。
「がはあああ」
網の上に置くつもりか。串焼きにするつもりか。いやこれじゃ火あぶりの刑だ。処刑だ。
銃弾が2発、クマ男の頭と胸を撃ち抜いた。クマ男はゆっくり倒れた。ミユキちゃんは串刺しにされたまま地面に転がった。銃弾が僕たちを縛っているロープを次々に撃ち抜いてほどいていった。神わざだ。ユカちゃんがスマホでお父さんに頼んでドクターヘリを呼んでもらった。マユミ先生はミユキちゃんの応急処置をしている。
「あのバカ、何をぐずぐずしてたのよ!」すごく怒っている。
やっぱりマサキさんはかわいそうだ。おかげで僕たちは助かったのに。
その後刑事さんから聞いた話では、ログハウスの裏にある大型冷凍庫からイノシシやクマの他に人間の死体も複数見つかったそうだ。
「ミユキちゃんは?」マユミ先生が心配そうに聞いた。
「一命はとりとめた。って、あの子何回とりとめたの?」ユカちゃんが言った。「うちの死神が天才外科医じゃなかったら、もう何回も死んでるわよ」
「人は何回も死なないよ」僕が言った。
ボウガンに撃ち抜かれ、ダーツの的にされ、バットでめった打ちにされ、カッターで切り刻まれ、バーベキューで串焼きにされかけた。ミユキちゃんはいつか身体も心も壊れてしまうんじゃないだろうか。そう思ってこわくなった。
「乳首スナイパーさんは?」ユカちゃんがマユミ先生に聞いた。
「その呼び方やめて。謹慎中よ」
「命の恩人にひどくない?」
「本人はどう言ってるんですか?」僕は聞いてみた。
「最適な狙撃場所の選定と足場の確保に手間取ったって」
そりゃそうだろう。最善は尽くしたはずだ。なのに叱られて謹慎とは。あわれだ。
「また違うログハウス探さなくちゃ」
「また行くんですか?」
「そりゃそうでしょ」
ストロング&タフ。さすが30歳。




