15.蜘蛛の巣
(ユミさんの回想)
わたしはベッドの中で男に抱かれていた。甘えたように腕を首にまきつけた。力を込めた。チクッと痛みが走った。手に力が入らなくなった。男が起き上がって言った。
「やっぱり、寝技のユミなのか?」
「ど、どうして」
「否定しないのか。いやまさか…ほんとにそうなのか。やめてくれ。思い過ごしであってほしかった。ほんとうに理想の女になれるんだな。すごいよ。すっかり夢中にされちまった。ほんと残念だ」
「……」
「運が悪かったな。ユミという名前を使ったのが悪かった。なんで偽名を使わなかったんだ。もちろん世間じゃありふれた名前だが、オレはユミという名前の女と付き合ったことがない。だからオレの頭の中でユミという名前は、どうしても噂で聞いた『寝技のユミ』を連想させちまうんだ。別のユミと付き合っていれば、そんなことはなかっただろう。何度も取り越し苦労だと自分に言い聞かせたよ。でも警戒だけは怠らなかった。結局それがよかったんだな。オレはすっかりだまされて、おまえとの夢をふくらませていた。全部台無しだ。くそ。この気持ちをどうしてくれるんだ?」
「えー、ユミさん、また捕まったのー?」ユカちゃんが言った。
「あの子もヤキがまわったかなあ。今回は正体もバレちゃったみたいだし」ユウコさんが言った。
「それ、やばいんじゃん」
「今頃もう殺られちゃってるかもね」
「そんな、あっさり」
「でも骨は拾ってやりたいし、相手の男もただじゃおかない」
「どんな男?」
「顔がよくてスタイルもよくてお金持ち」
「アタシみたい」
「性格が悪いところもそっくり」
「ひどーい」
「ユミは狙った相手の理想の女性になれるのよ。今度の男みたいな奴のまわりにいるのは、ほとんど顔目当てかお金目当ての女ばかりだから、やりやすかったはずなんだけど」
「なんでバレたの?」
「わからない。最初から疑っていたとしか思えない」
「まあいいわ。アタシも行ってあげる」
「来なくていいよ」
「えー」
「足手まといにしかならないでしょ」
「アキちゃんは行くんでしょ?」
「もちろん」
「カレは?」
「アキちゃんを誘うともれなく付いてくる」
「オマケ?」
「仲がいいと言うか、アキちゃんが手放さないと言うか」
「やっかいよね」
「じゃましちゃダメだよ。実質夫婦なんだから」
「やだー。アタシも行くー」
「子供か。だからアンタは役に立たないって」
「お金ならあるわよ」
「それが何の役に…ちょっと待って。そっか。それ役に立つかも」
「ほんと?」
「知り合いにコレクターの爺さんがいるの。お金出して頼めばあの男に会いに行けるかも」
「コレクター?」
「裏業界で有名な殺し屋の記念品を集めてる変な爺さん」
「記念品?」
「ナイフ使いの殺し屋の愛用していたナイフとか、この間の義眼の男の義眼とか」
「げっ」
「わたしだったら愛用の毒針かな。ユミの場合は…」
「武器は使わないんでしょ?」
「腕…かな」
「うそでしょ」
男の屋敷に着いた。コレクター爺さんの孫娘という設定でユカちゃんがついて行った。応接間に案内された。
「ついに孫を連れて歩くようになったか? アンタももうトシだな」
「おまえもいずれそうなる」
「こんな美人の孫ならそれもいいな。あと4、5年たったら婿候補が殺到しそうだ」
「おまえも名乗りをあげるのか?」
「そうだな。考えとく」
「おまえだけはやめるように言い聞かせておこう」
僕たちは屋根裏にひそんでいた。ユカちゃんの動きをGPSで追いながら、ユミさんを捜索している。生死にかかわらずとユウコさんは言ったが、できれば生きていてほしい。
「用件は何だ?」男が言った。
「寝技のユミの腕がほしい」
男は目を丸くした。それから大笑いした。
「冗談だろ?」
「遺体はまだあるんだろう? 腕だけ切り取って渡してくれ」
「おいおい」
「金は出す。これでどうだ?」コレクター爺さんが指を1本立てた。
男は手をひろげた。5本という意味か。爺さんは指を3本立てた。
「いいだろう」男が言った。「ついてこい」
ユカちゃんのGPSが動き出した。僕たちもそっちへ移動した。屋根裏の通路は部下を忍ばせておくために造られたものだろう。通路は屋敷全体に行き渡っている。ところどころに天井板の隙間があって、室内を見下ろせるようになっている。何かあれば天井板をはずして攻撃できるようだ。実際に部下が忍んでいたらユウコさんがすべて針で倒す予定だったが、幸い誰にも出会わなかった。。
「お嬢ちゃんはやめたほうがいいぞ。刺激が強すぎるかも」
「平気よ」
「さすが爺さんの孫だ」
奥の扉が開けられた。異様な光景だった。大きな蜘蛛の巣の中央にユミさんがハダカで張り付けられていた。ユカちゃんの口が大きく開いた。全身に蜘蛛の糸が絡まっている。
「よくできているだろう? この蜘蛛の糸は丈夫で伸び縮みするから、どんなポーズもさせられるぞ」
「悪趣味じゃな」
「爺さんには言われたくないな。腕がほしいんだろ?」
男がユミさんの右腕をつかんだ。
「ううう…」ユミさんがうめいた。
「なんじゃ。生きておるのか?」
「ああ、関節を何度もはずしたり入れたりしたから、だいぶはずれやすくなったぞ」
男はユミさんの右腕を強く引っ張って、あり得ない方向にねじ曲げた。
「ぎゃああああ」
にぶい音がして、ユミさんの腕がだらしなくぶらんとなった。
「がああ…あああ」
「ほら、はずれた」男が愉快そうに言った。
男は左腕も引っ張ってねじ曲げた。ガコン。
「ぐぎゃあああ」
ユミさんの両腕が人形みたいにブラブラした。
「次は股関節だ。これがなかなかやっかいでな」
「ぐうう…ああ…やめて…もうやめて…」
男はユミさんの左の太ももを両腕で抱えて思いっきり引っ張ってねじ曲げた。ガコン。
「ひぎええええ」
ユミさんの左足がはずれて、だらりとなった。男は右の股関節もはずした。ガコン。
「あがっ」ユミさんは気を失った。
「糸を付けて上から吊るしたら生きたマリオネット人形にして遊べるぞ」
「腕だけでいいんじゃが、全部くれるのか?」
「いくら出す?」
爺さんは片手をひろげた。男は両手をひろげた。
「よかろう」爺さんが言った。
「関節はもどすか? このまま持って帰るか?」
「もどしてくれ」
男は慣れた手順で次々とユミさんの関節を入れていった。またユミさんが悲鳴を上げた。まるでオモチャの人形の手足を付けたりはずしたりしているみたいだ。男はそれからユミさんの身体を蜘蛛の巣から下ろし、ストレッチャーにのせた。
屋根裏で見ていたアキちゃんがたまりかねて飛び降りた。
「アキちゃん、だめ」ユウコさんが小声で叫んだ。
センサーが反応して、壁から大量の蜘蛛の糸が吹き出し、アキちゃんの身体に巻き付いた。アキちゃんはからめとられて空中にぶら下がった。
「おいおい、何の真似だ」男が言った。
アキちゃんに近づいた、右腕をつかんで引っ張ってねじった。
右肩がはずされた。ガコン。
「ぎゃああああ」
左肩がはずされた。ガコン。
「ぎええええ」
右股関節がはずされた。ガコン。
「あがあああ」
左股関節がはずされた。ガコン。
「ぐはあああ」
アキちゃんがマリオネット人形になった。
「説明してもらおうか」男が爺さんに言った。
ユカちゃんが震えた。
その時ユウコさんの毒針が飛んで男の首に刺さった。男がゆっくり倒れた。ユカちゃんがスマホでお父さんに合図を送った。すぐに部隊が突入するだろう。爺さんはアキちゃんの身体から蜘蛛の糸を切り取り、ユミさんといっしょにストレッチャーにのせた。
「ぐあっ」手足が変なふうに曲がっているアキちゃんが悲鳴を上げた。
廊下に出たところで、僕とユウコさんが合流した。外からユカちゃんのお父さんの部隊が乗り込んできた。僕たちはストレッチャーを押しながら外へ向かって走っていく。ユウコさんがダーツの矢を放って襲ってくる男の部下を倒していく。外へ出て、用意された車両にストレッチャーごと乗り込んだ。
「すまんのう」爺さんが謝礼を受け取りながら言った。
「ユミさんの腕はいらないの?」ユカちゃんが聞いた。
「お嬢ちゃん、こわいこと言うね」爺さんは笑った。「わしゃ毒針で刺されたくないからの」
「世話になったわね」ユウコさんがお礼を言った。
「なんの。たいくつしておったから、ちょうどよかった。なかなか楽しめたぞ」
「わたしが毒針を使わなかったら、爺さんがあの場であいつを倒すつもりだった?」
「なんのことかの」
「まあいいわ。わたしの毒針は?」ユウコさんが箱を差し出した。
「もちろんありがたくもらおう。いい記念じゃ」
爺さんが去って行った。
やがてアキちゃんが病室に運ばれてきた。関節はすべて戻されたみたいだ。
「だいじょうぶ?」僕が声をかけた。
「ごめん。あせって失敗しちゃった。ユミさんは?」
「今も治療中だよ。腱の損傷がひどくてなんたらかんたら」ユカちゃんが答えた。
「あれを何回もされたなんて…元の身体に戻れるの?」アキちゃんが聞いた。
「うちの主治医は天才だよ」
「ノブコお姉さんが言ってた黒衣のお医者さん? 死神みたいな?」
「死神は人の生死を自由にできるんだよ」
「そうかもね。ミユキちゃんも助けてくれたし」
「信じて待とう」僕が言った。
ユミさんの手術は成功した。リハビリは必要だが後遺症は残らないだろうということだった。ミユキちゃんも順調に回復している。アキちゃんは無理をしないように注意された上、車椅子で家に帰って来た。
「どうして悪党は拷問が好きなのかしら」アキちゃんが言った。
「悪党に限ったことじゃないわよ。普通のドラマでも拷問っぽいシーンがよく出てくるし、それって普通の人たちも見たいってことでしょ? すごく残酷な処刑が庶民に公開されてた時代もあったし」ユウコさんが言った。
「怒りの表れだからな。今も昔も人間はみんな何かしら怒っている。生まれた時からおだやかに育った子は拷問シーンを見たいなんて思わないはずだ。怒りに性欲が加わって、男は女性への拷問に興奮するんだ。悲惨なバッドエンドのあるホラーゲームも多いしな」父が言った。
「世の中、病んでるわよねえ」母がため息をつく。
「あんなの何が楽しいのかわかんない」ユカちゃんが言った。
「アンタは楽に生きていそうだもんね」ユウコさんが皮肉っぽく言った。
「アタシだって、拉致されたことあるよ」
「でもアキちゃんやミユキちゃんみたいな目には遭ってないでしょ」
「だって戦いに参加してないし」
「今度参戦して、ボロボロにされてみたら?」母が言った。
「お母さん、こわいよ」アキちゃんが言った。




