13.バットの男
「みんなミユキちゃんについて誤解してるぞ」酔った父がしゃべり始めた。
ユウコさんとユミさんがお酒の席に参加したことで、かなり飲む量が増えてきている。
「みんな、ミユキちゃんがイヤなことされたり痛いことされたりすることが好きだと思っているだろう」
「ちがうの?」ユカちゃんが聞いた。
「ちがう。大きな誤解だ」
「じゃあどういうこと?」ユウコさんが聞く。
「ミユキちゃんだってみんなと同じだ。イヤなことはイヤ、痛いことは痛い」
「そうなの?」ユカちゃんがミユキちゃんに聞いた。
「え? そう…かな?」
「ミユキちゃん、イヤなことされてる時はほんとにイヤだと思ってるだろ?」
「あ、はい」
「痛いことされたらほんとに痛いよね?」
「はい」
「ほら、イヤなことされてる時に気持ちいいとか、痛いことされてる時に気持ちいいとかじゃないんだ」
「どういうこと? よくわかんない」ユカちゃんが首を傾げた。
「ミユキちゃんが経験してきたことを考えてみろ。おそらくつらいことばっかりだったろ」
「毎日…泣いてた」ミユキちゃんが思い出すように言う。
「で、ある日それが限界を超えた。心が持ちこたえられなくなった。そこで脳が『つらい思い出』を『いい思い出』に変換することで正気を保とうとした。思い出す度につらい思いをするくらいなら、気持ちいいと思うことにした方がいい。そうすることで思い出すことが恐くなくなる。どんな悪い思い出も、いい思い出にすり替えることで対処しようとした」
「なるほど」僕は少し納得した。
「ま、オレの勝手な想像だけどな」
「ミユキちゃんが気持ちいいと思うのは、それを後で思い返した時なんだね?」
「そうですね。そう言われてみれば」ミユキちゃんが答えた。
「じゃあ禁断症状は?」ユカちゃんが言った。
「それは定期的にされていたことが、急にされなくなったんで脳が処理に困ったんだな」
「アタシたちが助けちゃったから?」
「そうだ。毎日つらい思い出からいい思い出へのすり替え作業を行っていたのに、急につらい思い出がこなくなって脳が混乱した。逆に今までどおりの作業を続けるために、つらい思い出を要求するようになった。それがあの禁断症状だ」
「へえ」ユウコさんが感心した。
「ま、オレの勝手な想像だけどな」
「お父さん『ぐちゃぐちゃにして』って抱きつかれたもんね」アキちゃんが言った。
「バカ、よせ、思い出させるな」
「誰に思い出させるなって?」母が詰め寄った。
「で、お母さんにひっぱたかれたんだよね」
「うそ。お父さんが?」ユウコさんが聞いた。
「ちがう。ミユキちゃんが」
「す、すごいね」
「当然でしょ」母はすまして言った。
「おい、あっちで女子が呼んでるぞ」
体育の授業中に声をかけられた。こいつ、誰だっけ? 僕はクラスメートの名前もろくに覚えていない。みんなを無視し、みんなから無視されている。
「女子? 誰?」
「知らない」
とりあえずそいつについていった。アキちゃんかな? 何だろう? 校舎の裏手に案内された。待っていたのは知らない女の子だった。バットを持った男といっしょだ。
「誰? 何?」
男がバットを振り上げた。逃げる間もなく衝撃が身体に走った。
「ぐえっ」僕は倒れた。
僕は柱に縛り付けられていた。まただ。何度こうして縛られたっけ。立って縛られるのは初めてかな。のん気なことを考えていたらバットで足を打たれた。
「ぎゃっ」痛い。これは痛い。
「来るの?」僕を呼び出した女が言った。
「来るさ」バットを持った男が答える。
「来なかったら?」
「こいつをボコボコにして、捨てていく」うそでしょ。
ドアが開いて、ミユキちゃんが現れた。なんで? わけがわからない。
「誰だ、おまえ?」男が言った。
「ユ、ユカちゃんの代わりにわたしが来た」
「ああ、取り巻きのひとりか」女があきれたように言った。
「取り巻き?」
「こいつ、ユカのほかに二人の女連れてるんだよ」
「げっ。こんな男のどこがそんなにいいんだ?」
「なんか、学年トップらしいよ」
「けっ、がり勉野郎かよ。気にくわねえ」バットで僕の腹を打った。
「げはっ」痛い。苦しい。
「やめて! あとでユカちゃんも来るから。それまでわたしを相手にして」
「なんだそれ。時間稼ぎか? 女だから手加減してもらえると思ってるのか?」
男はミユキちゃんに近づくとバットを構えた。ミユキちゃんは動かない。
「いい覚悟だ」男が思いっきりバットを振った。バシイッ。
「ぐぎゃっ」ミユキちゃんの身体が折れ曲がった。
「や、やめろ!」僕はうめいた。声が出ない。
男が引き返してきて、バットを構えた。
「黙れよ」僕の太ももめがけてスイングした。ベキッ。
「ぎゃっ」骨が折れた? 気を失いそうになる。
男はバットを女に渡して、うずくまっているミユキちゃんの制服を脱がし始めた。
「いやっ」抵抗するミユキちゃんの首を女がバットで押さえ込む。「ぐええ」
スカートを下ろされ、タイツも下着も脱がされた。上着も全部脱がされて、ミユキちゃんの傷だらけの身体があらわになった。
「うおっ、見ろよ、これ。こいつ虐待が趣味なのか?」
「とんだ変態野郎だ」女が唾を吐いた。
「ユカにもこんなことしてんのか? 許せねえな」
「女の敵だね」
男がまたバットを持って僕の方にやって来た。バットを構える。
「こんな変態野郎に子供を作らせたら世の中のためにならないよな。つぶしてやる」僕の股間めがけてバットを振った。ベシャッ。僕の意識がとんだ。
(アキちゃんの回想)
「やだー、また拉致されちゃったのー?」ユカちゃんがあきれて言った。
わたしは心配でたまらない。いつも離れないようにしてたのに、なんで? なんでこうなるの? ユカちゃんのスマホにカレのスマホからメールが送られてきた。カレの拉致された写真が添えられていた。文面は指定の場所にユカちゃんひとりで来いという内容だった。
「ユカちゃんのせいだよー」わたしは八つ当たりをした。
「なんでよー」
「前といっしょじゃん。前もユカちゃんが目的でカレが捕まっちゃったでしょー」
「アタシって罪な女?」
「のんきなこと言わないでよー」わたしは怒鳴った。
「わかったわかった。パニくらないで。お父さんに連絡する」
「はやくー」
ミユキちゃんはじっとメールを見つめていた。
「わたしちょっと、トイレ行きたい」
「え? いいよ。早くねー」
ミユキちゃんはトイレに走って行って、そのまま戻ってこなかった。やがてミユキちゃんからメールが届いた。
『わたしが時間を稼ぐから、十分に準備して助けに来て下さい』と書かれてあった。
折り返したけど、もう電源を切られていた。
場所は空き家だった。このところ空き家が増えている。高齢化で一人暮らしのお年寄りが次々に亡くなっているからだ。ユカちゃんのお父さんの部下がまわりを取り囲んでいる。ユカちゃんはカメラ付きのブローチを身につけた。広角レンズで部屋全体が見えるはずだった。わたしはモニター画面を見て、状況を見て突入する。相手が何人いるかもわからない。ユカちゃんのお父さんの部下も突入する準備をしている。
ペットボトルの水を頭からかけられて意識が戻った。意識が戻ると痛みも戻ってきた。すごく痛い。ミユキちゃんが宙吊りにされてバットでめった打ちにされていた。あざだらけだ。打たれる度にミユキちゃんの身体が振り子のように揺れる。首ががっくりとうなだれている。ペットボトルの水が頭からかけられた。
「ううう…」ミユキちゃんが首を振った。
そこへバットの一撃を食らった。バシイッ。
「ごぼっ」ミユキちゃんが口から血を吐いた。
どのくらい時間が経ったんだろう。
「もう飽きたぜ」男が言った。
「そろそろ死んじゃうんじゃない?」女が言った。
ドアが開いて、ユカちゃんが入って来た。ミユキちゃんの姿を見てびっくりしている。
「な、何やってるの?」
「やっとおでましかよ」女が言った。「お友だちがこんなにひどい目にあわされてるっていうのに、余裕だね」
「なんでこんなことするのよー」ユカちゃんが怒った。
「アンタが気に食わないからだよ。顔とスタイルがよくて人気者で、腹立つんだよ」
「わけわかんない。バカじゃないの」
女の目がひきつった。男からバットを奪うと、ユカちゃんに向かって振り上げた。バンッ。ドアが開いてアキちゃんが飛び込んできた。女を蹴り飛ばし、男も蹴り飛ばした。
「だいじょうぶ?」アキちゃんが僕に聞いた。
僕は病室のベッドの上にいた。まだ身体中が痛い。
「それよりミユキちゃんは?」僕が言った。
「集中治療室。意識不明の重体。ひどいよねー。アイツ遊び半分で殺す気だったんだよー。全身打撲に内臓破裂だよ。骨も折れてて内出血ひどかったんだって」とユカちゃん。
「ユカちゃんの身代わりになったんだよー」アキちゃんが言った。
「アタシが頼んだんじゃないよー」
「なによー、その言い方」
「アタシだって腹立ってるんだよー」
「準備に時間かけすぎたんだよー」
「それアタシのせいじゃないよー」
「カレもひどい目にあったんだよー」
「でも大事なところが潰れてなくてよかったじゃん」
「骨にヒビが入ったんだよー」
「折れてなくてよかったじゃん」
「もういいよ。あの二人は?」僕が聞いた。
「お父さんに任せた。森にでも埋めてもらう」
「いやいや」
「文句言わないで」
ナオトくんに続いて、僕の学校からまた行方不明者が2人。いいのか?




